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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第三章 恋と死刑の代償
36/49

即死

      7


 ミストがクビになったらどうしよう。いや、看守たちには見られていないんだ、ミストが認めなければクビにはならないはず。それに、ロッドが看守にチクると決まったわけじゃない。そうだ、アタシへの嫌がらせをもっと激しくしてくる程度だろう。ミストがどうこうなったりはしない……。しない、よね……。

 アタシはベッドの上で一人考えていた。夕飯後の房での点呼が終わり、今は他の房の点呼が終わるまで待っている時間だ。

 夕飯のとき、ヤウリィもコーヌもアタシの不安を紛らわせようとしてくれたけど、それで不安が無くなったわけじゃなかった。

 自由時間の開始を告げる音楽が鳴った。アタシはベッドに寝転がったまま考え続けていた。ロッドの房に行ってミストのことをチクったかどうか探りに行くか? いやそれよりも、看守長にミストのことを守ってくれって言ったほうがいいか。ああそうだ、そうしよう、とりあえず看守長に言うしかない。アタシに嫌がらせをしてくるのは耐えるしかないけど、ミストがどうにかなっちゃうのだけは防がないと。絶対に。

 ふいに視界に影が差し、コーヌが来たのだろうと顔を向けると、接点のない体格のいい女が二人いた。

「——誰?」

 驚いている間に、侵入してきた女二人はアタシの腕をつかんでいた。もしや、ロッドに雇われた刺客か⁉ アタシはベッド外に引きずり出された。

「ネネ?」

 それに気づいたのか、ベッドの上段からヤウリィが顔を出して聞いてくる。

「なんでもない、そこにいて!」

 アタシは腕をひっつかまれたまま通路に連れ出される。しかし女たちに両脇をがっちり固められる前に振り払い、蹴散らした。左右に首を振って即座に状況を把握する。通路には他にも重量級の女が二人もいた。右の金髪のでぶの奥にはロッドと手下たちの姿が見えた。こっちを睨みつけながら近づいてくる。ただならぬ気配を感じる。

 ロッドに文句を言う間もなく、左から女が拳を突き出してくる。避けるともう一人に右側からタックルされ、狭い通路ゆえにアタシは簡単に倒されてしまう。背後から間髪入れず羽交い絞めにされて立たされ、アタシはロッドと相対する。くそ、こいつら力強すぎる!

 図体のでかい女たちはアタシを看守室から隠すように肉壁になり、手すりのそばに立った。

「お前、なにする気だ、ロッド!」

 アタシの声は認めたくないがうわずっていた。もがくが、背後の女はビクともしない。

「なにって、あたしを怒らせた罪を償ってもらうのさ」

 怒りを通り越して狂ったような目を向けてくるロッドが、ポケットからきらりと光るモノを取り出した。柄が短いナイフだった。アタシは息を呑んだ。こいつ、アタシを殺る気か⁉

「目障りなんだよ、消えろ!」

 マジでヤバい! ロッドが刃の先端を向けてアタシの腹めがけて突っ込んできた。アタシは身をよじるも抜け出せない。ナイフが囚人服の白い部分に吸い込まれて行く。

 あ、終わった。

 最後の瞬間、アタシは体から力を抜いていた。赤い染みが見えた。

 だがそれは、アタシの腹からではなかった。眼前に迫ったロッドの胸からだった。

「うあああああっ!」

 アタシの右後ろから現れた灰髪がナイフを突き刺し、そのままがむしゃらな声を上げてロッドを押し、肉壁のすぐ脇の手すりに押しつけた。一瞬の出来事だった。肉壁の一人が手を伸ばして捕まえようとするが、ロッドの体はするりと落下していった。ド、という鈍い音がした。

 アタシは弱まった拘束から抜け出し、手すりに覆いかぶさるようにして一階を見下ろした。茶色い髪の下から血液がじわ、と広がっていた。首がおかしな方向に曲がっている。アタシは振り返り、血に染まるナイフを持つコーヌの肩を掴む。

「コーヌお前、なんてこと……。殺したら、ダメだって!」

「ぁ……」

 呆然とするコーヌから視線を切り、アタシはまだ生きている可能性に懸けて一階に飛び降りる。

 大量の血液が、頭と胸の下から溢れ出している。ひっくり返すと、もう目から光が消えていた。即死だ。深く刺さったナイフの柄が、胸に突き立っていた。

 誰かが叫び、看守たちが入ってくる。警報が鳴り響き、看守長の「全員すみやかに房に戻れ!」という怒声がスピーカーを通して耳に届く。慌ただしい足音や悲鳴も聞こえる。

 男の看守が目の前に現れ、ロッドが死んでいることを確認した。そばにいたアタシの肩を強く掴んで言った。

「お前がやったのか!」

 ……。アタシは呆然として、何も答えられなかった。ただロッドのピクリとも動かない死に顔をぼんやり見つめていた。さらに肩を揺すられるが、

「いや、違うだろう」

 看守長の冷静な声がして顔を上げると、彼女は二階を見上げていた。その視線の先にはナイフを握ったまま立ち尽くすコーヌがいた。手が震えている。

「そのまま動くな」

 そう言って看守長は階段に向かって足早に歩いていく。他の看守たちと医務室の女医がやってきて、アタシはどかされた。目の前でロッドが担架に乗せられる様子を眺め、それから、奥から階段を下りてくる看守長とコーヌに気づいた。アタシは走り出していた。

「コーヌはアタシを守ろうとしただけだ! 殺そうとしてきたのはボス猿だ! 正当防衛だ!」

「……監獄内では正当防衛などない。諦めろ」

「そんな、看守長!」

 アタシは看守長の腕に手をかけて揺らすが、看守長は小さく「すまない、これは無理だ」と寂しそうに言うだけだった。そんな……。

 後ろから来た男看守の手でアタシは強引に引きはがされ、羽交い絞めにされた。それでももがいて手を伸ばし続けた。看守長とコーヌの遠ざかっていく背中に向かって、

「コーヌ! コーヌ! コーヌ——!」

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