負け犬の遠吠え
6
翌日。被服室にて。
「よし、お昼休憩に入ろう」
ブザーが鳴り、ミストが腕時計を見てから部屋のみんなに言った。
ミシンのスイッチを止めたり、針と糸を手放したりして、全員作業を中断して立ち上がる。ぞろぞろと被服室から出て行く囚人たち。中腰のアタシは、もう少しでキリのいい所だから、と周りに見せつけるように急いで針を動かしていた。ヤウリィとコーヌに「先行ってて」と言い、アタシは最後まで被服室に残った。
「ネネ、連続では、さすがに怪しまれるよ。行ったほうがいい」
「え~、ミストのケチ~。……でもじゃあ、これだけ」
「ん?」
アタシは近づいて、不意打ちのキスをする。ミストの湖のような青色の瞳が丸くなる。
「仕方ないな」
ミストはアタシの頬を両手で挟んで、キスしてきた。そのときちょうど、視界の端に何かが滑り込んできた。
「ミスト、何やってんの、そんな奴と……。——ミストっ!」
大声で吠えたのは、浮気現場を目撃してしまった女のような顔をしたロッドだった。
「あ、ロッド……」
呟いたミストが、言い訳を考えているのか、一瞬間が空く。その隙に、アタシはとっさに挑発のセリフを吐いていた。ミストは悪くない。
「なあに? 嫉妬してるの? おばさん」
「うるせー、黙ってろ……!」
「黙る筋合いないよ、だってもうアタシだけのミストだもん」
アタシはミストの腕に抱きつき、頬をすりつける。ロッドに笑みを向けながら。
「ネネ、ちょっと」
「いいでしょ、ミスト、いつもやってるんだし」
言いながら、ロッドの表情を観察する。嫉妬に燃える目をしていた。こめかみが膨れる。
「……ロッド、すまない」
これは正式にロッドからの求愛をふったということだろうか。ミストは申し訳なさそうに唇を噛んでいた。
「なにがすまないだよミスト、そんな奴と!」
「負け犬の遠吠えは無様だよおばさん、早くどっか行って、しっし」
相手を苛立たせるようにアタシは言い、虫を追い出すように手を振った。ロッドはアタシを無視し、ミストにすがるような視線を向けた。見上げると、ミストは口を固く閉ざしたまま黙ってロッドを見ていた。
「なんで何も言わないんだよミスト……! もういい、死ねよ!」
怒りに拳を震わすロッドは、言葉とは裏腹に背を向けて部屋を出て行った。ドン、ドン、と廊下に当たり散らす音が遠ざかっていく。
ようやく邪魔が消えた。アタシはいい気分になり、ニヤリと笑う。
しかし逆に、恋心を折られたショックでミストをクビにするため、ロッドがミストとアタシのことを看守にチクる可能性も十分あった。
だからそれを防ぐために、ミストは午後の作業中、ロッドに何度も話しかけたり、謝ったりしていた。が、ロッドは会話をすべて無視した。
もしチクられて他の看守に怪しまれたら、たとえ全力で否定したとしても、ミストは身動きが取りづらくなる。つまり、アタシと会えなくなるってことだ。
怪しまれるって言われたのに。アタシがキスしたからだ……。




