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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第三章 恋と死刑の代償
34/49

ちゅ。

      5


「作業中ずっとニヤニヤしてて気持ち悪かった」

「え~、そんなことないよ~」

「ほら、今もニヤニヤしてる」

「してないってば~」

 右手でバターが乗ったじゃがいもの頭頂部をかじり、左手でパンにかぶりつく。幸せ!おいしい! バターがもう少し多くてほくほくだったら最高なのになぁ。

 午後の作業が終わり、今は夕食の時間だ。今日の夕飯はじゃがバター、パン、ベーコンと玉ねぎのスープだ。最高! 今までで一番おいしい夕飯だ。

「ネっちゃん、え? まさかね」

 もぐもぐしてリスみたいなコーヌが、アタシの顔色を観察して勝手に想像している。

「それはない。だって看守の休憩室。さすがに無理。なはず……」

 珍しくヤウリィの言葉に自信がない。両隣から聞きたい聞きたい! という視線が飛んできて、アタシはとってもいい気分に浸っている。

「まあまあ、あとでゆっくり話すからさ」

 鼻歌交じりにそう返す。ヤれてはいないけど、ヤれた雰囲気を出しておこう。

「このこの~っ、調子いいんだから~」

「調子乗ってる」

 コーヌは肩をつついてきて、ヤウリィはぶすっと唇を突き出しながらもぐもぐしている。

 楽しく食事しているところに、一人の女が寄ってきた。見覚えのある顔だった。囚人番号が青字で彫られていた。無期刑囚だ。

「ねえ、あんたなんでやめたの、死刑執行」

 肩を怒らせ、テーブルについた指は白くなっている。圧を感じる。

 たしかにアタシは最近死刑執行をしていない。でもいきなり食事の席でそんなことを言われても、どう答えるべきかわからない。黙っていると、

「あんたがやらなくなったから、他の無期刑囚がやりたくもない死刑執行をやらされてるんだよ、私だってそうだ。あんな、あんなひどいこと……」

 怒っていたのかと思うと、最後の方はしぼむように小さい声になっていった。

 死刑執行は志願者がいないと、無期刑囚の中からランダムで署長に選ばれる仕組みだったことを思い出す。

 そうか、嫌なんだ。死刑執行が嫌で、アタシに責任を押しつけに来たのだ。でも、彼女の文句はただの八つ当たりに過ぎない。アタシは正当な意見をぶつける。

「アタシがやらないのはアタシの勝手だと思うな。元々全員で負担するものだったんだから、アタシに文句つけるのは違うと思うよ?」

 気持ちは理解できるけど、こちらが攻められる筋合いはない。

「……っ、わかってる、そんなこと。……でも、あんた、今まで好き好んで執行してたでしょ。ねえ、なんでやめたの? 理由だけ教えてよ」

 前のめりになって顔を近づけた女は、必死な目で訴えてくる。アタシは、いくつかの理由が頭に浮かぶが、見ず知らずの他人に教えることでもないよなぁ、と思い、

「そんな特別な理由なんてないよ、死刑やってるならわかってくれると思う」

 相手の想像に委ねることにした。女は黙り、何かを読み取ろうとアタシの両目を交互に見る。アタシは視線を切り、スープを飲んでから言った。

「これはアタシら無期刑囚の受ける罰なんだよ。逃れようがないことなんだよ、きっと」

 そう言うと、女はアタシの顔をじっと見つめ、アタシがそれ以上言葉を紡がないことを察したのか、諦めたように身を引いた。

「……食事中に、悪かった。邪魔したよ」

 相当精神に影響があるみたいだ。女は高熱でもあるみたいに、ふらふらと歩き去っていった。

「本当のところは?」

「知りたいようには見えないなぁ」

 さして興味があるようには思えないヤウリィが、アタシがはぐらかしたことを見破ってつついてきた。アタシは珍しく手を合わせてごちそうさま、と言ってから、簡単に説明した。

「ざっくり言えば、もう必要ないからかな。アタシには今、ミストがいるから」


 房に帰ってコーヌとヤウリィにミストとの仮眠室でのことを話した。もちろん看守に見つかったことは伏せておいた。

 どっちの反応も良かったから話し甲斐があってまた嬉しくなっちゃった! まだまだこの話題はしがめそうだ……ククク。

 その後ヤウリィは性を求めて旅に出て、アタシはコーヌと二人きりでベッドの上でお喋りの続きをしていた。

「ねえ。——しよ?」

 体育座り、小首を傾げたコーヌが、潤んだ黒い瞳で上目遣いに覗いてくる。普段のアタシなら即答、興奮のままに押し倒してしまうところなのだが、今日はぐっと堪えた。

「ごめん。今日は、お喋りだけにしよ」

「えー。……じゃあ、横になってお喋りしようよ」

 頬を膨らませて不満げな顔をしたコーヌが、いつになくあざとい表情をして提案してきた。

「うん、それなら、いいよ」

 なんか今日のコーヌはひと味違うぞ。そう感じながらも、アタシはコーヌと向かい合わせになって横になった。コーヌの女の匂いがふわりと鼻腔に入ってくる。アタシの目をじっと見つめて、時折唇をチラ見しては物欲しそうな顔をする。ダメだぞアタシ。誘惑に負けるな。

 ミストとのセックスで最高に気持ちよくなりたいから、今アタシは、前にヤウリィが言ってた焦らし、ならぬ我慢、をしているのだ。欲望をすぐに解放せずに、焦らして溜めて我慢して、その日が来たら全解放する。より気持ちよくなるために、アタシは色々と我慢するんだ。

 ちゅ。

 あ。コーヌにキスされちゃった。ヤバいかも、なんか今日のコーヌはマジで抗えない魅力を放っている気がする。アタシはコーヌの灰髪をいつの間にか撫でていた。そのまま引き寄せられていく。心臓がうるさくなり始める。鼻と鼻が触れ合い、愛しい吐息を感じ、唇と唇が互いの温もりを——、

 コンコン。

 その音ではっとしたアタシは唇を離し、上体を起こす。房の入り口には看守長がいた。伸びてくるコーヌの手をすり抜け、アタシはベッドから降りた。

「ネネ様、手紙が届きました」

 器用なことに、看守長はいつもの冷酷そうな表情のまま、アタシの役に立って嬉しさ爆発! の声色で接してきた。すごい。本人はこの特技に気づいているのだろうか。

「え、手紙って言った⁉」

 看守長は本を大量に乗せたカートの中から一冊取り出し、アタシに手渡してくる。受け取り、本の隙間から飛び出た白い角を抜き取る。二つ折りになった紙を開くと、中にはぎっしりと文字が詰まっていた。しかも丸っこい文字だ。

「これ、本当に返事来たの? 看守長が書いたわけじゃないよね⁉」

「はい。言われた通り、とびきり可愛い娘に手紙を渡して、返事をもらってきました」

「マジっ⁉」

 アタシは嬉しさのあまり、飛び跳ねていた。人目をはばからずに看守長の手を握ってしまっていた。

「ありがと!」

「い、いえ……そんな、大したことじゃ……」

 ブツブツ呟き、髪と同化するくらい赤面した看守長に、

「ほんとにありがと。愛してる」

 と言った。抱きつきたいくらいだった。『あ』の形に口を開けて放心してしまった看守長の顔の前で手を振り、呼びかける。

「看守長? 看守長?」

 数秒後、看守長は気を取り直すように息をふぅと吐き、いつもの引き締まった顔に戻って、「では」とカートを押していった。

「返事きた~!」

 手紙の返事が来ることがこんなに嬉しいことだなんて、初めて知った。アタシは夢中になって丸っこい文字を読む。

「手紙かなにか知らないけど、その顔はネっちゃん、浮気だよ」

「へへーん。これはコーヌにだって見せてあげませーん」

 唇を尖らせてジト目を向けてくるコーヌに、アタシはふざけて言い返す。

「……。ふーん、そっか」

 一瞬、真面目に傷ついたかと思った。

 でもそれは杞憂だった。ベッドから降りてきたコーヌは、アタシの脇腹を全力でコチョコチョしてきた。

「アハハハ! やめて、やめてってコーヌっ」

 息が止まるくらいくすぐられた。攻撃が止むと、息を乱しながらコーヌの表情を窺う。さっきの影はもうなく、屈託のない笑みを浮かべていたので安心した。

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