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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第三章 恋と死刑の代償
33/49

窮地

      4


 昼休憩時、言われた通り最後に部屋を出た。ボス猿たちはレズたちと一緒にすぐに出て行ったので、見られる心配はない。最後尾でミストに呼び止められて、ヤウリィとコーヌに目配せをしてからアタシだけ部屋に戻った。

「食堂まで行って、すぐ戻ってくるから」

 そう言い残したミストが、二分後くらいに帰ってくる。

「今日はあっちでくつろごう」

 看守休憩室のある方向を親指で指していた。

「え、それ大丈夫?」

「大丈夫、ここが一番看守休憩室から近いから、最初に入って最後に出ればバレないよ」

「わかった、信じるよ。ミストのことだもん」

 アタシたちはこっそり部屋を出る。三十メートルほど離れた食堂の前に女看守が立っているから、ミストの体の前側にぴったりくっついて背を向け、隣の部屋まで歩く。右、左、右、左……と頭上でリズミカルに言うミストに合わせて、操縦されたロボットみたいに足を動かし、看守休憩室の扉を開けて中に入った。

 ミストはすぐさまロッカーから何かを取り出し、あっち、と指さしてアタシの背を押して歩いた。扉の上には仮眠室と書かれていた。ミストが扉を開け、一緒に中に入る。足元には沓脱があり、目線を上げると、仮眠室はそこから一段高くなった板張りの床でできていた。大人が三人ほどぶつからずに寝られるくらいの狭い部屋だった。仮眠をとるだけの部屋のようで、角に毛布と薄いマットらしきものが丸まっているほかは何もない。

「靴、持ってきてね」

 靴を脱いでそろえたミストは、板張りの床に上がった。言われた通り、アタシは脱いだ靴を持ってミストについていく。ミストは慣れた手つきでマットを敷き、その上に寝転んだ。

「ここおいで」

「……うん」

 えー! これって添い寝だよね! よもやここでセックスしないよね!

 心臓が活発に跳ねて喜んでいる。看守帽を取り、くしゃくしゃの金髪を露わにして、ますますイケメン度が増すミストが、横になってマットをトントンしている。アタシは顔が熱くなるのを感じながら、「じゃ、じゃあ……」とミストのすぐ横に寝転んだ。爽やかな顔がちょっと上にある。入り口から見えないように、二人の上から毛布をかけてくれた。ミストの息づかいを至近距離で感じる。こ、これはヤバい。

「だ、大丈夫なの? こんなことして」

「大丈夫、ほとんど誰も使わないみたいだから」

「そうなんだ……」

「緊張してる?」

「するよ、こんな状況。……でも、ミスト大好き」

 せっかく用意してくれた状況を無駄にしないためにも、アタシはミストの手を握る。握り返してくれる。あったかい。

 あ、そうだ、と思い出したようにミストが何か手渡してきた。毛布の薄暗い中で見ると、細長い金色の袋だった。開けてみると、クッキーみたいな焦げ茶色のものが入っていた。袋には小さく『カロリー&エネルギー』と印字されている。

「お昼ご飯、ごめんね、今日はこれで許して」

「許すも何もないよ。ありがと」

 お弁当じゃないことを詫びたのだろうが、質素な食事しかできない囚人にとってはこれもご馳走だ。むしろおやつだ。食べると、チョコの味がした。甘い。ミストも同じものを食べている。

 ミストの胸の中で頭を優しく撫でられながら、お互いの好きなところを言い合った。

「ミストの顔が好き」「ネネの意外と照れ屋さんなところが好き」「匂いが好き」「でも積極的なところも好き」「ちょっと悪いところが好き」「可愛い笑顔が好き」「声が好き」「喋り方が好き」「優しいところが好き」「勇気のあるところがかっこよくて好き」

「あとは?」

 アタシが聞くと、ミストは一度視線を下げてから言った。

「……唇の感触が好き」

「ふふ、もう~」

 嬉しさが爆発しそうだった。アタシはミストにちゅ、とキスをする。

「やっぱり柔らかい」

「エッチ」

 口づけを繰り返し、指を絡ませ、足を絡ませ、あ、いける、と思ったアタシはキスのギアを一段階上げた。熱い吐息とチョコの味が混ざり、脳がとろけていく……。あ、本当にヤバい。スイッチ入っちゃうかも……。

 ガチャ。

 扉のレバーの音。とたんに緊張する。誰かが入ってくる気配。アタシは息を止め、首をすくめる。ミストがアタシをきつく抱きしめてくる。胸がつぶれる。

「あれ、ミストさん、いたんですか。具合、悪いんですか?」

「ゴホ、ゴホ……。そうなんだ、ちょっと風邪気味でさ。君もかい?」

「いえ、僕はちょっと眠たかっただけですから。顔赤いですね。熱あるんじゃないですか?」

「実はちょっと微熱があってね。でも、寝たらだいぶマシになると思うんだ」

「そうですか、無茶はしないようにしてくださいね」

「ああ、ありがとう」

 扉のレバーが下がる音がする。あ、危なかった。アタシは止めていた息を吸う。だが、

「あれ、なんか持ってます?」

 時が凍る。

 アタシの呼吸は再び止まる。ヤバい、バレたのか? 見つかったらミストもアタシもただじゃ済まない。ミスト、なんとか誤魔化して……!

「ああ、吐き気もちょっとあってね、一応バケツ抱えてるんだ。もうだいぶ楽になったけど。ゴホ、ゴホ……」

「あ、それは失礼しました。すぐ出ます。何かあれば呼んでください」 

「うん、ありがとう」

 ガチャ、と扉が閉まった音がして、アタシは全身の緊張を解いた。忘れていた息を深く吸って、吐き出した。とっさにバケツが出てくるなんて、ミストは天才的だなぁ、と感心した。

「危なかったね」

 悪い顔でニタリと白い歯を見せるミスト。アタシはそれを見上げて、そういう顔も好き、ともう一度唇を寄せた。

 と、そのときだった。

「何が危ないんですか?」

 戦慄。

 それは、去ったはずの看守の声だった。鼓動が爆発的に速くなる。

 足音が勢いよく近づいて、為す術もなく毛布を剥ぎ取られてしまう。

「——っ、囚人……!」

 見られてしまった。アタシと看守の目が合う。一瞬の硬直の後、看守が隣の部屋の方角を振り向き、他の看守に知らせようとしたのか、走り出そうとする。

「——!」

 アタシは看守の足首に飛びついていた。看守が前のめりに転倒する。冗談じゃない、誰かに知られたらアタシもミストも終わりなのだ。いや、というか、もう知られちゃったんだ。ど、どうしよう……。

 窮地に立たされ、思考が駆け巡る。後ろから遅れてきたミストが看守の「あ——!」と叫ぶ口を手で塞いだ。

 下で看守が暴れるも、アタシとミストでどうにか抑え込む。幸いにも休憩室から他の看守は来ない。

「後ろに引きずって」

 ミストに言われ、アタシは部屋の奥に看守を引きずって移動させる。

「どうするの、ミスト?」

 汗が一気に噴き出してきた。アタシは額を拭いながら聞いた。ミストは答えずに、怖い目つきになって看守に顔を近づけた。口を塞いでいた手を瞬時に首に持ち替え、床に押さえつけるように体重をかけた。後頭部が床にぶつかり、看守の顔はみるみるうちに赤くなっていく。

「誰かに言ったら殺す」

 ミストは、見たことのない冷めた目つきをしていた。

 押さえつけていた力を緩め、看守の咳き込む音が終わるのを待ち、再び首を絞める。

「約束を破れば必ずお前を殺す。いいな」

 何度も何度も首を絞め、看守の目に本物の恐怖が浮かんで抵抗をやめた頃、ミストは看守を解放した。

「だ、大丈夫かな……?」

「あれだけわからせれば、たぶん大丈夫」ミストの声は震えていた。「ごめん、焦ってついあんなことしちゃった。……幻滅した?」

「ううん。してないよ。ちょっと怖かったけど、頼もしかったよ」

 アタシがそう言うと、ミストは安堵の息を吐き出した。

「ありがとう」

 ミストはアタシを抱きしめた。アタシも抱きしめ返して、唇を寄せた。

 その後、休憩室に誰もいなくなったのを確認してから、アタシたちは無事バレずに被服室に戻った。

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