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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第三章 恋と死刑の代償
31/49

邪魔には邪魔を

      2


 苛立ちを抱えながらも、作業場へ向かうため一階に降りる。一般房棟を出てすぐの壁に、各作業場と、そこに配置される囚人番号が書かれた大きな紙が張り出されていた。それを見て、アタシとヤウリィとコーヌは共に歩いていく。

 ミストに言われた通り、アタシのつぎの作業場は被服室だった。隣には看守休憩室があり、その奥には前に作業していた部屋——今は女子専用看守休憩室になっている——がある。

 廊下を歩いていくと、被服室の前にミストが立っていた。微笑を浮かべ、アタシと目を合わせて眉を上げる。

「やあ」

「おはよ」

 挨拶だけで怒りはどこかへ消えていった。アタシは途端にウキウキしてきた。

被服室には、六人が座っても十分な広さの作業机が四つある。それぞれの机の上にミシンが置いてある。アタシたちは前方の壁に張り出されている紙に従って、窓際後方の机に移動した。

「久々だねっ」

 コーヌがそわそわ、わくわくしているような瞳で被服室を見渡す。廊下側にある収納棚には、いくつも裁縫セットが入っている。

 中には針が入っている……。アタシはつい想像してしまう。指にチクリと刺さった針、どうしたんだいと駆け寄ってくれるミスト、血が出たのと言うと、どれ見せてごらん、と指を取り、絆創膏を巻いてくれる……。

「ネネ、よだれ垂れてる」

 ヤウリィの言葉で現実に引き戻されたアタシは、よだれをしまい、肩で拭く。いけないいけない、つい乙女チックな妄想をしてしまった。でも、絆創膏を巻いてくれるよりは舐め舐めしてくれるほうが嬉しいかも。

 囚人たちがぞろぞろと入ってきて、ほとんどの席が埋まる。ミストがバインダー片手に、首の囚人番号を確認しながら各机を回っていく。その途中に、部屋の入口から嫌な顔ぶれが入ってきた。

「やっぱ来たか」

 ボス猿たちだった。ロッド、オールバック三白眼くしゃみ野郎、男みたいなガタイの女。

やっぱり作業場を変更してきた。あいつも本気でミストを自分のものにしたいんだろう。もちろん邪魔なアタシを見張るというのも兼ねているだろうが。うえ、とコーヌが露骨に嫌な顔をする。ボス猿はアタシたちの机に座っていた他の三人を「どけ」の一言で強引に移動させ、席に着いた。アタシたちと向かい合う形になった。

「なんでここに来たの、おばさん」

「お前を監視するためだ。ビッチ野郎」

 ロッドの挑発のセリフにアタシはイラついて舌打ちするが、いい返しを思いついたのでできるだけ皮肉な笑みを浮かべて言った。

「年寄りがアタシの動きを監視できるの? ——どう、見えそう?」

 シュッシュッ、と言ってボクサーが拳を避けるように顔を素早く左右に揺らす。ぷっ、とコーヌとヤウリィが吹き出す。逆にボス猿たちの顔が怒りに染まっていく。

「お前……!」

 耐え切れず台を叩いた短気なおばさんが、アタシに向かって手を伸ばそうとする。が、

「どうかした?」

 ミストがいいタイミングで近くに来てくれた。ロッドの腕はピタッと止まり、ミストの方を向いて、

「……なんでもないよ」

 と明るい声を出し、それから大人しく着席した。額に青筋が浮かんでいる。アタシはなんとか笑いをこらえた。

 ロッドに睨まれているのを感じながら、アタシは作業の説明に耳を傾けた。

 作業内容は、体育帽子や雑巾をひたすら縫うことだった。ミシンが上手く使える者はエプロンや簡単な衣服も縫う。

 前回の作業と違って、ミストに会いに行く必要はないし、ミストの爽やかフェイスを作業しながらいくらでも見ることができる。それは嬉しいことだが、問題はイチャイチャができないことだった。

わざと指から血を出してミストを呼ぶと、絆創膏を貼ってくれようとするが、ボス猿が「あたしがやるよ」といって強引に変わってきた。腹痛を訴えて医務室に一緒に行こうとすればオールバック三白眼女も頭痛を訴えてついてきた。

 昼休憩、作業終了時、移動時間でもアタシを徹底的にマークしてきた。ミストが近くにいないときでも聞き耳を立てられる位置にボス猿たちが陣取ってきたので、アタシは始終イライラしっぱなしだった。


 夕食を終え、食堂から一般房棟に戻ってくると、アタシは立ち止まって後ろを振り返った。すぐ後ろにはボス猿たちが何食わぬ顔で立っていた。アタシはロッドに詰め寄り、顔を近づける。

「いい加減にしてよおばさん。もうウンザリなんだよ」

「なにが?」

「ふざけんなよ。あんたらがアタシとミストの仲を邪魔してくることに決まってるでしょ」

「あ?」

 ロッドは左右に控える部下たちに、「おい、こいつが何言ってるか分かるか?」とへらへらして聞いた。わかりません、という答えが二つ返ってくる。

「だそうだ。あたしも心当たりがない。言いがかりはよしてくれ。あと、近い、離れろ」

 アタシは胸を小突かれ、後ろによろめく。コーヌとヤウリィが腕を支えてくれる。舌打ちをし、体勢を立て直す。ロッドを睨みつける。前に一歩踏み出そうとすると、看守室から出てくる看守長の姿が見えた。

「揉め事か?」

 冷たい声と目で看守長が問うてきた。

アタシは看守長に向かってツインテールを揺らして否定する。ボス猿たちもまた首を横に振る。

「行け」

 看守長があごを動かす。ボス猿とすれ違いざま、気味悪い笑みで言われた。

「お友達にも気をつけとけよ」

 アタシは首だけ振り返り、舌打ちした。ロッドは脅しだけで実際に何かしてくることはない、と思うが、もしもヤウリィとコーヌに手を出したなら、そのときは絶対に許しはしない。

「コーヌ。ボス猿たちに、何かされてない?」

 三人でアタシの房に入ると、どうも浮かない顔をしているように見えるコーヌに聞いた。

「うん、大丈夫だよ」

「……本当に?」

「本当だってばぁ、もう、ネっちゃんたら心配性だなぁ」

 念を押すように確認すると、茶化すようにそう言われた。ヤウリィにも聞こうとすると、私も大丈夫、と返ってきた。それより、とヤウリィは続ける。

「お猿さんたちが邪魔。せっかくもう少しで私の安全なセックス三昧の日々がやって来るっていうのに」

「えええ?」

「——。——? ——! セックス!」

「コーヌ、そこの淫魔をちょっと落ち着かせてくれ」

 興奮してジェスチャーまでしだしたヤウリィを、コーヌに止めさせる。それを見ながら、アタシは考える。ヤウリィの言う通り、もう少しでミストとヤれるかもしれないのに、本当の本当にボス猿たちが邪魔だ。せっかく同じ作業場になった意味がない。どうにかしないと。

「ほんとっ、ムカつくよね、あいつら。お邪魔虫なんだからっ」

 ヤウリィを鎮めたコーヌが、可愛い顔をしかめて言う。

 うーむ。ボス猿たちを被服室から異動させるには……。だめだ、思いつかない。だったら、せめてミストとのイチャイチャを邪魔させないようにするには……。

「お邪魔虫ったらお邪魔虫、お邪魔虫ったらお邪魔虫、邪魔邪魔邪魔邪魔、お邪魔虫」

 コーヌが聞き覚えのある歌を歌う。子どもの頃流行っていたアニメの曲だ。

 邪魔、邪魔、とアタシも口ずさんでみると、あ、と閃いた。

「そっか、邪魔してくるのを、邪魔すればいいんだ」

「……なるほど」

 元の冷静なヤウリィが帰ってきてくれた。アタシの考えに思い当たったようだった。

「けれど、素直に応じてくれるかどうか」

「そうだね、……嫌な予感がするね」

「なになにっ⁉ どーゆーことっ、二人とも!」

「ボス猿たちと敵対するレズ軍団の頭——アンシュに妨害を頼みに行くってこと」

 目には目を、歯には歯を、邪魔には邪魔を、というわけだ。

「さすがネっちゃん! 天才だねっ」

 濡れた瞳をキラキラさせるコーヌが、アタシを見上げてくる。頭を撫でてやる。

「じゃあ、行ってくるね」

「私も行く?」「ボクも一緒に行こっか?」

「大丈夫、これはアタシの問題だから」

 同行してくれようとする二人に礼を言い、房を出た。これからレズたちの元へ向かう。

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