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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第三章 恋と死刑の代償
30/49

嫌がらせ

      1


 ミストとキスした日の夜。アタシは房のベッドでうつぶせになり、手紙を書いていた。鉛筆でカリカリ書いていると、上段にいるヤウリィに言われた。

「ネネ、なにか書いてる?」

「んー? まあねー」

 なんとなくはぐらかすと、ヤウリィは一ミリもふざけていない声音で聞いてきた。

「キスの感想?」

 さっきミストとキスしたことを報告したから、ヤウリィの頭は今それ一色なのだろう。アタシは笑って答えた。

「違うよ、秘密」

 さっきまでのヤウリィの興奮はだいぶ落ち着いていた。アタシが昼間ミストとトイレでキスをしたと話すと、「え⁉」とか「トイレ⁉ で、その後は⁉」とか過去一必死な表情で質問攻めにされた。一緒にいたコーヌは、自分のことのように喜んでいた。「コーヌは嫉妬しない?」とヤウリィが聞くと、「ちょっとはするけどさ、でも、ネっちゃんが幸せでいられるんだったら、ボクはそれでいいんだ。あとちょっとでお別れだしね」と寂しさを孕んだ笑みを浮かべるものだから、アタシは思わず「コーヌぅ~」と抱きついていた。

 その後コーヌが「テレビ見てくる!」と言って出て行き、アタシはひっそりと手紙を書き始めた。なんとなくこの手紙のことはコーヌにもヤウリィにも秘密にしておく。

 消灯三十分前の音楽が鳴り、閉房点検が開始された。房の檻を閉めに来た看守長に、アタシは手紙をこっそり手渡した。檻越しに口を寄せ、小声で言った。

「前言ったこと、ちゃんと覚えてるよね?」

「はい」

「頼むよ、看守長」

「かしこまりましたネネ様」

 アタシが笑顔でウインクすると、看守長は嬉しそうに頬を染める。では、と言って隣の房に歩き出すと同時に、すっと真顔に戻った。面白い。「——番、部屋が汚いぞ」と冷たい声が聞こえてくる。


 翌朝、パンとスープを乗せたトレーを持って席に着き、いざ食べ始めようとしたとき、通路側からくしゃみが飛んできた。顔を上げると、トレーを持ったオールバック三白眼女の顔がこちらを向いていた。アタシとヤウリィの朝食がつばだらけになった。

「あ、わりぃ」

 すこしも悪いと思っていない態度の女が、それだけ言って顔を前に向けた。女のトレーにパンはなかった。もう食べ終わったのか、返却口の方向に歩き出そうとする。

「ごめんじゃないでしょう」

 ヤウリィが静かに睨みつけていた。アタシも瞬時に怒りが沸き、机に勢いよく手をついて立ち上がる。

「おい! どういうつもりだよ!」

「……どういうつもりもなにも、わざとじゃねえから。謝ってんだろ」

 どこからどう見ても謝っているとは思えない態度の女は、むしろ自分が絡まれたかのようにしかめ面をし、すぐに歩き去っていく。アタシは椅子をどかして追っかけようとするが、ヤウリィに腕を掴まれた。振り向くと、むっとした顔をしていた。

「ネネ、よしなさい。腹立たしいけれど、どうにもできない。戦って勝っても朝食は取り換えてはもらえない」

「でもさぁ!」

「私もとても腹立たしいけれど。……食べられないことはない。次からは防げばいい」

「いや……防ぐたってさぁ」

 いきなり飛んでくるくしゃみなんて、どうにもできないでしょ。マジで腹立つ。

でも、ヤウリィの言う通り、余分な朝食は用意されていない。怒りをぶつけても、ただ看守に取り押さえられるのがオチだ。くそ。

 アタシはため息をつき、舌打ちをして、食堂から出て行くオールバック女の背を睨みつけた。もう一度息を吐き、なんとか怒りを鎮める。 

「……わかったよ」

 アタシは諦め、椅子を引いてどっかと座る。

「ネっちゃん、ボクのと交換してあげる」

 するとコーヌが、自身のパンをアタシの前に差し出してきた。顔を見ると、怒っている真剣な目つきだった。可愛いなこいつ、と軽く笑ってアタシは首を振り、コーヌの髪をわしゃわしゃ撫でた。

「ありがと。気持ちだけもらっておくよ」

 仕方なく袖でパンの表面を拭いて、かぶりつく。——ボス猿の差し金だ、クソ。昨日男子トイレから出てきたところを見られたからだ。横でパンを丁寧に拭いているヤウリィに謝る。

「ごめん、アタシのせいで」

「昨日、あの娘に見られたから?」

「うん」

「ネネは何も悪くない。醜い嫉妬をするお猿さんが悪い」

「……そうだね」

「そうだよ、ネっちゃんは何も悪くないよ!」

 隣から目くじらを立てたコーヌが顔を寄せてくる。

「もう、うざいな、あいつらっ」

 珍しく汚い言葉を使ったコーヌは、パンにかじりつき、野蛮に喰いちぎって食べた。

 食堂から自分の房に戻ってくると、ベッド脇の床になにかが散らばっていた。

「なんだろう、これ」

 アタシはしゃがみ込み、散らばった白いものを一つつまむ。ストローを小さく輪切りにしたようなものだった。これは、枕の中身?

「ネっちゃん、枕が!」

 気づくと同時、背中でコーヌが言った。振り向くとベッドの下段を指さしていた。びりびりに破られているアタシの枕がそこにあった。用が済んで投げ捨てられたのか、壁際でぐちゃっと潰れている。布団の上にも中身がこぼれ出ていた。

「相当お気に召さなかったよう。もしかするとキスの話も盗み聞きされていたのかも」

 あごに手を添えたヤウリィが、床を見下ろしていた。アタシは猛烈に腹が立った。

「クソ猿が……!」

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