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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
28/49

キス

     15


 休日は、図書館が開放される。本を読まないアタシは普段は滅多に来ないのだが、今日はコーヌを連れて図書館に来ていた。ここ数日はミストと話ができていないため、すこしの時間でも、二人きりで話す時間が欲しいのだ。ミストは今、図書館の入り口で見張り番をしている。看守たちは、刑務作業がない休日でも何人かは出勤するのだ。

 ……来た!

 見張りをしていたミストの元に、ヤリ看が交代しに来た。二人は一言二言交わし、ミストは入り口横の廊下へと消えていった。

 頼んだよ、コーヌ。

 私語禁止なので、向かいに座るコーヌに目配せしてアタシは席を立つ。頷いたコーヌを尻目に、アタシは入り口に向かって歩いていく。ヤリ看の前に辿り着き、

「どうした」

「トイレ」

「ふん、そうか」

 短いやり取りをし、アタシはミストが歩いていった方向に向かう。廊下の右側にある看守用トイレに電気がついていることを確認し、向かいの囚人用女子トイレの扉を開ける。やっぱり、長い見張りの後はトイレに行くと思った。閉じるとき横目でヤリ看を見ると、アタシを警戒してじっと見ていた。ミストとの関係はまだバレていないだろうが、目をつけられている状況は面倒くさい。

 女子トイレに入ってちょっとすると、ここまで届くコーヌの「あーっ!」というわざとらしい声がする。続いて本がバラバラと落ちる音がかすかに聞こえる。そろりと扉を開けると、ヤリ看の姿はなくなっていた。ナイスコーヌ、ありがとう。アタシはドアを開けて廊下を横切り、向かいの職員用の男子トイレに躊躇なく侵入する。と、ハンカチを口にくわえたミストが、手を洗いながら目を丸くしていた。

「来ちゃった」

 強引に手を取って個室に入り、鍵を閉めてミストを便座に座らせる。芳香剤の匂いがすこしするくらいで、臭くはない。綺麗に掃除してあるようでよかった。

「びっくりしたよ、よく来れたね」

「腕の見せ所だよ」

 腕を曲げて力こぶを軽く叩くと、ミストも悪い顔で笑って親指を立てた。その親指がアタシのお腹に触れそうになるくらいには狭い。

「あ、今日はね、聞きたいことがあるんだ。ミストが担当する作業場、つぎはどこになるかわかる?」

「わかるよ、被服室だ」

 被服室、といえば、針と糸で体育帽子や雑巾を縫ったり、ミシンでちょっとした服を作ったりする場所だ。

「メンバーはわかる?」

 ミストは嬉しそうに頷く。

「偶然かわからないけど、ネネとお友達もいる。良かったよ」

「ほんと⁉ えー、嬉しいなぁ! ……あ、ロッドとかはいる?」

「いなかったと思うな」

 よし! 軽くガッツポーズが出た。頭の片隅に、頬を赤く染めた看守長の顔が浮かぶ。もしかしたら作業割り当ての配置を決めているのは看守長だったりして。

 そこで会話が途切れ、なにか他に話題とか聞きたいこととかなかったっけ、とアタシは脳内を検索する。話そうと思っていたことが、個室という狭い空間のせいで緊張しているのか、ど忘れしてしまった。座っているミストが、アタシの顔を見上げているような気がして視線を下げる。ミストが言った。

「なんか、緊張するね。近いからかな」

「そ、そうだね……」

 近いと言葉にされると余計に緊張して、どもってしまう。ミストは看守帽を脱ぎ、決心を固めたように息をふぅと吐く。それから自らの太ももをトントンと軽く叩いて、

「ここ、座るかい?」

 と提案してきた。アタシは「うん……」と頷き、反転して(正面からまたがるのはさすがに無理だった!)ミストの太ももの上に座った。前に倉庫でやったように、今度はミストが自らアタシのお腹に腕を回してくる。

「……ミストからされると、だいぶ照れるね」

「そうかい?」

 耳元で爽やかな声がすると、トクン、と心がときめく。もう、好き! 心臓のドキドキがさらに速まる。アタシはろくに喋ることもできない。お腹を優しく包んでくれている手に、自分の手を重ねて、恥ずかしくなって笑ってしまう。するとミストがお腹をさすってきた。その感触がなんだか可笑しくて、アタシは「もう!」と嬉しい声を出してその手を止めようとつかむ。でも動かしてくる。ミストも笑っている。

 そんなイチャイチャを繰り返し、ちょっと疲れた後、アタシは勇気を出して、振り返る。すぐ近くにミストの整った顔がある。金色のまつ毛に縁どられた青い瞳が、間近にある。アタシはミストの唇を無意識に見て、それから、言った。

「ねえ、ミスト、キスしていい?」

 アタシとミストは二秒くらい見つめ合った。

 その間がとても長く感じ、アタシは、あれ、言わずにやっちゃえばよかったか、と不安になる。

 しかしそれは杞憂だった。ミストは目を逸らし、すこし躊躇った後、コク、とうなずいた。

 目を閉じ、顔を寄せ、口づけする。

 唇を離して目を開けると、アタシは急に恥ずかしくなってきて、ミストの微笑む顔から目を逸らした。たぶん今アタシは顔が真っ赤だ。耳があっつい。ドキドキも速い。

「正直、俺、ずっと考えてたんだ」

 ミストは目を伏せ、ゆっくりと語り出した。

「俺は看守で、ネネは囚人だ。しかも、無期刑囚。……将来、塀の外でデートすることすらできない。監獄の中だけの関係になって、いいのかって悩んでた。……だから今、キスするのを迷った。ごめんね」

「ううん。全然気にしてないよ」

 アタシは本心からそう言い、首を振る。ミストはそっか、と微笑を浮かべ、アタシの目を正面から見て、真面目な顔つきで言った。

「俺さ、ネネのこと、好きだよ。大切にしたい」

 爽やかな笑みだった。アタシは整った顔と、『大切にしたい』の一言にやられた。

「嬉しい! アタシもミストのこと、大好きだよ!」

 アタシは抱きつき、鼻を突き合わせ、ミストの綺麗な瞳を間近で見つめてから、もう一度キスをした。

 ——ああ、やっぱりアタシ、ミストと、したい! もっと、知りたい! もっと、好きになりたい! それでもっと、好きになってほしい! 両想いになって、最高の状態でヤりたい! 

 幸せいっぱいの欲望が頭を満たす中、突如、ノブを回す音が聞こえた。男子トイレに誰かが足を踏み入れた気配がする。

「おい、うんこしてんのか、遅いぞ」

 ヤリ看の野太い声がした。ミストがはっと目を見開き、唇の前に指を一本立てる。アタシは頷き、じっとする。

「すいませんボートさん、ちょっとお腹の調子が悪くて……」

「本当か? なんか女くさくないか……。っ、まさか……!」

 ヤリ看がアタシの存在に勘づいたのか、あろうことか個室の扉の上に手をかけてきた。ヤリ看の爪が白くなる。上から覗くつもりなのだ! アタシは素早く立ち上がり、ミストを見上げる。ミストは鍵に手をかけ、アタシを見て顔を入り口の方に振った。開けるから急いで行け、とアタシは受け取った。ヤリ看の腕が扉の内側に入ってきて、看守帽が一瞬見えたとき、ミストは思いっきり扉を開け放った。

「うあっ」

 ド、という鈍い音がした。おそらくヤリ看が尻もちをついたのだろう。幸い、入り口とは逆方向に吹っ飛んでいたので、アタシは個室を急いで飛び出した。

「すみませんボートさん! 大丈夫ですか!」

 扉を全開にしてわざと大きな声を出してくれているミストに感謝しつつ、アタシは男子トイレを脱出した。

 ——しかし出たところで運悪く、ボス猿の手下のオールバック三白眼女と鉢合わせした。男子トイレに入っていたことがバレてしまった。ミストとヤリ看の声が中から薄っすらと聞こえてくる。アタシは驚いて立ち止まる彼女を知らんぷりして、図書館に走って戻った。

 読書していたコーヌにウインクしてから席に着いたアタシは、さっき描いた青写真に、ミストの言葉を重ねて考えてみる。そう、ミストの言った通り、囚人と看守という立場のままでは、どれだけ好きでも、叶わないこともある。ため息をつく。

 いや、違う、とアタシはすぐさま首を振る。今は、そんな先のことなんて考えなくていいんだ。とにかくミストともっと全力で恋しよう。もっと好きを高めて、ラブラブになるんだ。その先に、求めるものがあると信じて。

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