恋ですね、頑張ってください!
12
頭の包帯も取れて、せっかくまた待ち合わせできたのに。
昼休憩を告げられた作業場から、囚人たちが食堂へ向かってぞろぞろと歩いて出て行く。アタシはヤウリィに頼んでヤリ看の監視から逃れようと思っていたのだが、今回はそうもいかなかった。
「1082番、早く食堂へ行け」
前と同じように入り口脇の壁にぴたりと背中を合わせていたのだが、最後に出てきたヤリ看は隣のヤウリィから意識を引きはがし、アタシを睨みつけた。
「早くしろ。行け」
アタシは「はーい」と素直に従う他なかった。ヤリ看の圧を後ろに感じながら、廊下を歩いていく。くそ、ヤリ看め。ボス猿にどんだけ金もらってるんだ。今日の作業中もずっと目をつけられ、こき使われていた。
今頃、ミストは倉庫でアタシを待っているはずだ。見つかるかもしれない危険を冒してでもアタシと会う時間を作ってくれるミストに、申し訳ない。どうにか、隙を突いて倉庫に向かえないか。
歩いていると、食堂の入り口が見えてきた。女看守が立っている。入ったら、もう既定の時間まで出られない。アタシは歩く速度を緩め、なにか打開策はないかと頭を回転させる。
「早く入れ」
追いついたヤリ看が、アタシの背を押してくる。ヤウリィが首を小さく横に振ってアタシのそばを通り過ぎ、食堂に入っていく。踏ん張ってちょっと抵抗してみるが、女看守も不審な表情をしてこっちに来た。もう無理か、と諦めて一歩踏み出そうとしたとき、
「看守長っ!」
廊下の先から、赤い髪を揺らす看守長が歩いてきた。アタシは駆け寄り、
「倉庫に行きたい!」
と小声で言った。すると冷たい眼差しを維持したまま、看守長はヤリ看と女看守に言った。
「この囚人に用があってな、連れて行くぞ」
「昼食が終わった後でもいいじゃないですか。なんで今なんですか」
ヤリ看が手を広げ、抗議する。
「私も忙しい。この後は時間を取ってやれない」
「……看守長、でもそいつは、行動が怪しいんですよ。この前だって」
「急いでいるんだ」
看守長がアタシの背を押し、食堂から遠ざかろうとしてくれる。だが、ヤリ看は食い下がってくる。
「お言葉ですが看守長、あなたは前々から1082番だけに甘すぎる。いくら立場が上だからって、好き勝手やるのはどうかと思いますよ。署長に伝えてもいいんですよ、このこと」
「ほう」
看守長の切れ長な瞳が、すっとさらに細くなる。周囲の温度が下がった気がする。
「ボートさん、その新しい腕時計、つけ心地はどうですか? 最近購入されたようですが」
「……」
ヤリ看(ボートという名前らしい。初めて知った)は目を見開き、なんで知っているんだ、という視線を看守長に向けた。
「臨時収入でもあったみたいですね。まあ、私には関係のないことですけど」
目を伏せたヤリ看は歯噛みした。やっぱりロッドに金を握らされていたのだ。
「……そうですね。……関係のないことです」
そのまま看守帽のつばを下げ、ヤリ看はアタシたちに背中を向けた。お互いに見て見ぬふりをする、ということだろう。ヤリ看が看守休憩室に向かって歩き出すのを見て、
「行くぞ」
冷たい声色で看守長は言った。立ち尽くす女看守を尻目に、アタシは背を押されて反対側へと歩きだす。
「恋ですね、頑張ってください!」
外に出て、監獄の壁とフェンスの間の狭い草地を進んでいる途中で、看守長はキラキラした瞳をアタシに向けてきた。どうやら看守長はミストとアタシの逢瀬までもお見通しらしい。ストーカー並みの調査能力を持つ信者に、アタシはちょっと怖さを感じる。
看守休憩室の窓の下を素早く屈んで駆け抜け、看守長とアタシは難なく倉庫へたどり着いた。
開け放たれた扉から中に入ると、奥の方の暗闇で人影が動いた。こちらに近づいてくる。アタシと看守長も近づいていき、すぐにミストの姿が見えてくる。
「あ、おはようございます看守長、どうしたんですか?」
慌てた様子もなく、看守長が同行していることに気づいたミストがそらとぼける。
「ミストさんこそこんなところで何を?」
「いやぁ、ちょっと壊れたクワを直していましてね」
「そうですか、勤勉ですね。……じゃあ、私はこれで失礼します。帰りは頼みましたよ、ミストさん」
「え? は、はい……」
状況が呑み込めていないらしく瞬きをするミストへ、看守長はアタシを託す。耳元でアタシにだけ聞こえる声で、
「応援してます、ネネ様、ファイト!」
と少女のように言ってから、倉庫を出て行った。




