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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
23/49

死刑執行⑤

     11


「ただいまより、昨日獄中殺人を犯した女の死刑を執行する。繰り返す——」

 死刑場にいるアタシの目の前には、カラフルな蝶の入れ墨の入った坊主頭がいた。必死にぎゃあぎゃあと喚いている。鼻と口と眉につけたピアスが、喚くたびに反射してきらきら光る。

 黒髪お下げの娘はあの後助からなかった。ヤウリィから聞いた話だと、手製のナイフで腹を刺され、出血多量のショックで死んだらしい。話してくれたヤウリィの目は、怒りに燃えていた。聞くと、ヤウリィとあの娘はちょっと前まで肉体関係にあったらしい。それで食堂のときもあんなに怒ってたのか、と納得した。

 拘束具は新調されていた。椅子だと処刑しづらいだろうという署長の計らいにより、女子棟の電流椅子は壊れていないにもかかわらず、男子棟と同じ工事を行ってくれた。 

 坊主頭は、立ったまま両手を横に伸ばして、十字架の形をした金属に固定されている。手首、肘、首、腹、骨盤の下、膝上、足首がねずみ色の拘束具によって締められている。

「キャッジ。女。二十四歳。酒屋で暴れ、駆けつけた警察官を殴り、一般囚となる。そして昨日、獄中殺人を犯し、死刑囚となる。——死刑、執行」

 ブツ、と獄内全体へと向けたマイクが切られ、死刑場にのみ聞こえるアナウンスに切り替えられる。「始めろ」と言われる。

「さ、どう料理しようかなぁ。キャッジっていうんだねぇ、あんた」

「何が料理だ! ふざけんな! 今すぐ出せ!」

 坊主頭が目隠しをしたまま唾を飛ばす。

「あれえ、やっぱり怖いんだね、声震えてるよ?」

 斧を担いだアタシは、十字架に固定された坊主頭の周りをぐるぐる歩く。

 吠え声や威勢と裏腹に冷や汗ダラダラのキャッジは、恐怖で息が荒くなっている。ゆっくりと周りを歩くアタシを、見えないはずなのに目で追っている。滑稽だ。

「ヤウリィに頼まれたんだ、私の代わりに坊主を殺してくれって。あれ、相当キレてたよ。ヤウリィが死刑執行人じゃなくてよかったね。キャハ!」

「……何の話だ」

 ハア、ハア、とキャッジは息を荒げ、額を汗で濡らしていく。

「あんたが殺した黒髪お下げちゃんは、ヤウリィが可愛がってたんだよ」

 アタシはニヤニヤが止まらない。

「ズタズタにして、血まみれにして、あの子と同じように、いや、それ以上に腹に刃物をメッタ刺しにして、とことんいたぶってから、残酷に殺してって。——そう、ヤウリィに言われたよ」

「ひっ」

 想像したのだろうか、威勢の鎧は剥がれ落ち、小心者の中身が出てきてか弱い悲鳴を上げた。

「じゃあ始めるよ」

 アタシは立ち止まり、わざと耳元で囁いた。坊主頭が小刻みに震えた。

「やめ、やめ、やめろ、やめろ……」

 口がわなわなと動き、ろくに喋れもしないようだ。アタシはこらえきれず、声を出して笑ってしまう。なんでこんなに楽しいんだろう。アタシはそう思いながら、もっと楽しむ方法を閃く。天才。

「わかる? これ、斧なんだけど」

 アタシは斧の刃をキャッジの頬に当てて優しく引く。

「アタシの質問に答えてくれたらぁ、苦しめずに一発で終わらせてあげる。どうする?」

 斧を頬から外すと、切り口から血が浮き出てくる。キャッジの頬を滑るように伝う。

「う、うるせぇ、……馬鹿にすんな……」

 震える声。まだ虚勢を張れるのか。これは面白い。

「うーん。じゃあ質問ね。キャッジちゃんはぁ~、どうしてあのお下げちゃんを殺しちゃったの?」

「……」

 口を真一文字に結んでいる。

「へえ、答えないんだ、じゃ、あ~っ」

 アタシは手を伸ばし、キャッジの小指を掴む。

「おい、やめろっ!」

「キャハハッ」

 怯える声が面白すぎて笑い声が出てしまう。恐怖に彩られた表情を見下ろしながら、アタシは両手で小指を掴み、曲がらない方向に勢いよく力を込めた。メキッ。

「あああああああ!」

 キャッジの悲鳴に反応して、アタシの体がゾクゾク、と震える。

「き、気持ちいい……。——あ、裂けてる、すご~い。指ってこんなに気持ちいいんだね、もっと早くヤっとけばよかったよ」

「あ、やめろ、やめ」

「え~? じゃあ、次の質問ね。うーん」

 アタシは裂けた小指から手を放し、逃げようとする薬指を捕まえる。

「そうだなー、ちょっとキャッジが良すぎて、興味沸いてきちゃったからぁ、家族のこと教えてよ。何人家族なの?」

「よ、四人だ」

 アタシはまた下品に笑ってしまう。

「もう答えちゃうのキャッジ、最高だよあんたっ!」

 言いながら、アタシは薬指をぼきりと、今度は横に折ってみる。あああっ、と短い悲鳴。

「ごめんごめん、答えてくれたのについ折っちゃったよ。……そっか、四人家族なんだ。お父さんとお母さんと、弟? それとも妹? あ、お兄ちゃんかお姉ちゃんかな?」

 目隠しの下から涙が流れていた。息を細かく吐きながら、泣いている。

「……くそが、もう、喋らねえ……。くそが……」

 あ、しまった、とアタシは後悔した。キャッジの信頼を裏切ってしまった。もっと楽しめたかもしれないのに。

 アタシは嘆息し、床から斧を拾い、肩に担ぐ。斧を持った両腕を伸ばし、片足立ちになって、体を捻じる。ニヤリと笑い、

「すぐ逝っちゃダメだからね、キャッジちゃん」

 遠心力をフルに用い、すねに思いっきり斧の刃をぶつけた。

「ぎゃあああああ——!」

 ぐっさり。奥に入り込んだ感触が、心地いい。鼻と頬に鮮血がはねてくる。それをぺろりと舐めとり、舌の上で味わう。白黒のすねが、みるみるうちに赤く染まっていく。

「ねえキャッジちゃん、その綺麗な蝶の入れ墨ってさぁ、なんで入れたの? キャハッ!」

 ああ、ああ、ああ、ああ——、と断続的に叫ぶキャッジにアタシの声は届いていない様子だったので、アタシは斧を引き抜き、「いやああっ!」今度は横に伸びた腕を狙って、舞を踊るように斜めに一回転してから斧を叩きこむ。

「があああっ——!」

 ガキン、と斧と金属がぶつかる音が鳴り、骨を断った気持ちいい感触が手のひらに伝わる。手首の拘束具に寄りかかるように右手が傾き、前腕から独立する。手首を切断したのだ。溢れ出る血液がぼたぼたと床にこぼれていく。

「……もう、こ、ころ、し……くれ……」

「大丈夫? すごい血だらけだよ?」

 アタシは今、キャッジはどんな目をしているんだろう、と好奇心が湧き、目隠しをはぎ取ってみた。

「——!」

 すると、あんなにおらついて威勢のよかった不良娘のつり目が、まるで神に向かって豊作を願う貧民のような目つきになっていた。眉は八の字になり、必死に訴える目とまつ毛はびしょ濡れになっている。ゾクゾクする快感が、体中を痺れさせる。

 気づけば、クックックックッ……と音の出ない笑いが口から漏れていた。キャッジの表情を見て、これまでのどんな死刑よりも楽しい理由がわかった気がしたからだ。

「わかったよキャッジ。もう、逝かせてあげるから」

 アタシはヤウリィの恨みを晴らすため、マジックミラーの下のナイフセットを手に取り、泣き顔のキャッジの前に立った。そして、ナイフを腹に何度も刺した。血塊をこぼし、白目を剥いたキャッジの頭をポンポンと叩き、アタシはしゃがみ込む。さっき斧を入れたすねの下の、血まみれの足首にナイフを当てる。

「冗談だって~、まだ逝かせないよ? キャハハ!」

 のこぎりで切るように前後に動かし、鋭い痛みを与える。

「ああああ——! ああああ——! ああああ——!」

 動かす度に泣く。これは面白い。

 やがて血を流しすぎたのか、悲鳴が弱まってきた。反応も薄い。アタシは命の灯火が消えかかっていることを感じ取り、手を止め、赤く染まった斧を床から拾う。

「こんなに楽しい死刑は初めてだったよ、キャッジ。ありがと、じゃあねっ」

 斧を振りかぶり、力尽きて項垂れているキャッジの脳天——あ、ちょうちょ可愛い——に、力いっぱい斧を振り下ろした。「——逝け」


 その晩、アタシはヤウリィに報告した。黒髪お下げちゃんの仇を討ったことを。

 ヤウリィは、あの娘と過ごした日々を思い出しているのか、しばらく沈黙してから、

「ありがとう」

 と言った。処刑することで救われる人もいるんだ、と思った。

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