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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
21/49

死刑執行④

      9


 部屋に入った瞬間、「うわ、くさ……」と呟いていた。袖で鼻を擦る。

 手錠を扉の穴から落とし、手首を触って、手をほぐすように振る。首をコキコキ鳴らして、マジックミラー下の死刑道具の元へ歩いていく。斧を手に取り、立ち上がると、心臓の鼓動に合わせてドクドクと後頭部が痛む。片目をつぶって我慢し、振り向く。元電流椅子に括りつけられた死刑囚、そのぼさぼさ髪の男を見る。首の囚人番号はもちろん赤字だ。

「起こせ」

 しつこいヤリ看の命令、後頭部のズキズキ、そしておそらく犯人である坊主頭にイライラしているアタシは、目隠しして項垂れている男の額めがけて足の裏を叩きこんだ。

「ぅぇ~あぁ……?」

 男は首を必要以上に回し、メトロノームのように左右に振り、言葉にならない声を発している。なんだこいつ、やば、と思う。

「ハピサン。三十二歳。男。女児の誘拐、監禁、レイプ、殺人を長きにわたって行い、死刑囚となる。——死刑、執行」

「はあっ⁉」

 アタシは叫んでいた。スピーカーを見上げ、

「小さい女の子をレイプして殺したの? ありえない! しかも長きにわたってって、いったい何人殺したの⁉」

「……四人だ」

 唖然とした。四人。四人もの少女が、こいつに汚され、殺され、明るい未来を奪われた……。脳内で勝手にそれをイメージしてしまい、アタシの怒りはすぐに頂点へと達する。

「あんた、絶対許さないから」

 目には目を、歯には歯を、という言葉が頭に浮かぶ。斧なんかじゃ生ぬるい、もっといたぶって、もっと後悔させて、少女たちが受けた痛みを、こいつに百倍にして返さなければ……。アタシは斧を放り捨て、今まで使ってこなかった凶器に目を向ける。

 のこぎり、ナイフ、バット、鎌、ボウガン……。大型のものに紛れて、小物類も置いてある。あ、とアタシは声を上げる。歯ブラシよりすこし長い持ち手のついたやすりがあった。手に持って観察する。先端に平らなざらざらした面がある。幅は三センチくらいだった。ちょうどいい、と思った。

 ベロを出し、よだれを垂らして首を振っている異常者に、アタシは近づく。椅子に座らされていて、股はすこし開かれている。ねずみ色の金具でしっかり固定されているため、身動きは全くできない。アタシは狙いを定めて、やすりを思いっきり男の股に突き刺した。

「おえあああぁ——!」

 手ごたえはある。狙い通り、しっかり尻の穴に突き刺さったようだ。臭い息と汚い唾液が飛ぶ中、アタシはそれでも男の顔をしっかりと睨みつけて言った。

「てめえみたいなクズには、これがお似合いだ」

 こいつが少女を犯したように、アタシも食い込んだやすりを前後に動かす。男は汚い獣のような声を喚き散らす。

「簡単に逝けると思うなよ」

 耳のそばで憎しみを込めたセリフを放つ。尻から出た血が椅子の座面を濡らしていく。おら、と根元まで深く突き刺してから、アタシはやすりを手放し、凶器を選びに戻る。

 小型のナイフが四本入っている手帳型の入れ物を手に取り、「いてぇあ、ぎゃあ」と体をよじろうとする男の元へ行く。さて、どこから刺すか、と一本目のナイフを取りだしたとき、アタシは異変に気付く。痛みに喘いでいる男の股間が、ピンと張っていたからだ。

「こいつ……」

「いだぁいぃ、いぃたぁあい」

「なに笑ってんだ、お前……」

「いいぃっ、いいいぃぃっ」

 口の両端からよだれを垂らす男は、笑みを浮かべている。尻の穴が痛くてたまらないはずなのに、まるで喜んでいるように見える。股間の膨らみを見て、アタシは怖気を覚える。

「この狂人が」

 アタシはナイフで前腕を刺す。刺す。刺す。男は下品にベロを出し、ひいとかはあとか言いながら、笑顔を絶やさない。頬がほんのり赤らんできた。

 間違いない。アタシは確信する。こいつは、痛みを気持ちいいと感じる類の狂人だ。

「ふざけんな、てめえ!」

 こちらの激昂する声音に呼応してか、男も耳が拒否したくなるような奇声を発する。

 アタシは斧を手に戻り、男が快感を得られないくらいの痛みを与えるため、怒りのままに何度も斧を振り回した。だが、脳天をかち割る直前まで、男は興奮した様子だった。

 アタシは死んでなお下卑た笑みを浮かべる男の顔面に、筋肉が引きちぎれるほどの全力を出して斧をフルスイングした。刃は男の鼻を割って深く入り、激しく血が噴き出す。顔にそれを浴び、さらにむかついたアタシは、突き刺さったままの斧を手放して助走を取り、斧の刃をめりこませるように思いっきり飛び蹴りした。勢い余って床に固定されていた椅子が傾き、倒れていく。目隠しが外れ、男の見開かれた大きな黒目がじっとアタシを見つめる。椅子が完全に横倒しになり、男の後頭部が床にぶつかって跳ねても、その空洞のような黒目はまだアタシを見ていた。


「次は頑丈な金属でできた柱にする。それなら絶対に壊れまい」

 シャワー後のカウンセリングの際、署長は言った。元々電流による死刑に使っていた椅子をアタシが壊してしまったからだ。

 死刑囚担当看守が迎えに来て、男子棟の廊下を歩いていると、前から看守服に身を包んだ長身の男が歩いてくる。すれ違うと思いきや立ち止まって声をかけてきた。

「君が死刑執行人ですね」

「誰? おじさん」

「副署長です。覚えてないのですか?」

 アタシは首を捻る。……ああ、そういえば初めての死刑のとき、署長とすこしだけ会話していた奴か。

「どうでした、今回の死刑は」

 副署長の目をしばらく見て、まあ話してやってもいいか、と口を開く。

「クソったれ。イカれた野郎だったよ」

「そうですか。……もしや精神に異常のある囚人だったのですか」

 察しがいい。アタシは頷いてみせる。

「他の奴らもそうだけど、反省もクソもないよ。まあ無期刑囚のアタシが言えたことじゃないけどね」

「しかし、だからこそ死刑にしなければならないのです。あなたはそれを看守の代わりにやってくださっている、素晴らしいことです」

 おお、死刑を褒められたのは初めてだ。ちょっと嬉しいかも。

 しかし副署長はアタシの目をじっと見て、首を横に小さく振る。

「あまり浸かりすぎるのはよくないかもしれない。くれぐれも気をつけて下さいね。では」

 死刑囚担当看守に目礼をし、副署長は歩き去っていった。アタシたちも廊下を進む。

浸かるって一体どういう意味だろう、と考える間もなく、アタシは忠告の意味を理解していた。ミストにも言われたっけな、誰かを殺したくなっていないかって。

 いや、それよりも——。死んだ後の狂人男のゾッとする黒目が脳裏にこびりついて離れない。あれは、どういう目だろう。チェルニマールとジェニーも、呪詛の言葉を吐いたとき、目隠しの下であんな目をしていたのだろうか。アタシは想像して、ぶるりと震えた。

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