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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
20/49

自分の手で復讐しないと

      7


 消毒液の匂いが鼻に入り、目を開ける。白い天井があった。

 後頭部がズキズキする。首を傾けると、ここは医務室で、ベッドに寝かされていることがわかった。額に違和感を覚えて触れると、包帯が巻かれているようだった。

「大丈夫かい、ネネ」

 首を傾けた反対側から、ミストの声がした。素直に驚き、首を向けると、椅子に座っているミストが心配そうな目でアタシを見ていた。

「ごめんな、俺が誘ったばっかりに。まさかこうなるとは思わなかった」

「いいよ、ミストのせいじゃない、アタシの問題だよ。……前から色々あってね、あいつらとは」

「そうか。……頭の痛みはどうだい?」

「それほどでもないよ、全然平気。アタシ、体は強いからさ。……あ、それより、話すチャンスだよ!」

「ふっ、めげないね、ネネは」

「まあね」

 アタシは、前に頼まれた、バレにくい逢瀬の場所を調べておいたので、それを言った。

「前言ってた、アタシたちが会う場所なんだけど、調べといたよ。備品庫、図書館脇のトイレはタイミングによっては結構見つからないと思う。あとあの倉庫もね」

「備品庫、図書館のトイレ、倉庫か……なるほどね。ま、どれも隙を見つけるのが難しいけど、そこは俺の腕次第かな。調べてくれてありがとう」

「隙って、看守のセリフじゃないね」

 アタシが笑うと、ミストも笑う。そこですこし間が空く。

 ミストの様子を見ると、何か話したいことがあるように思えたので、じっと目を見つめて待った。ミストはすこしためらった後、聞いてきた。

「俺、聞いてみたいことがあったんだ。ネネ、死刑の影響って、出てないか? たとえば、誰でもいいから殺したいと思うときとか、ないか?」

「死刑の影響?」

 とぼけた声を出しながら、内心ギクッ、としていた。ミストは、アタシが死刑で快楽を得ていることを知ってるのかな?

 死刑の影響についての心当たりはいくつかあったが、言わなくてもいいことだ。

「殺したいとか、ないよ。あるとしたら今、ボス猿かな、ちょっとだけ」と答える。「……でもヤらないよ?」と付け加える。殺したら死刑囚になって、いたぶって処刑される。それはもちろん嫌だ。

「死刑の影響なんて、なんで気になるの?」

「ほら、死刑って、今までは直接的にやるものじゃなかっただろ? しかも結構な頻度でやってるから、ネネの心が悪い方に行くんじゃないかって心配なんだよ」

 直接的、というのは、電流や首吊りではなく、凶器を使って死刑を執行するという意味だろう。心が悪い方に、というのは、

「つまり……殺人鬼的な?」

「いやそこまでは思ってないけど……」

 ミストの否定する速度がすこしばかり早い気がする。まあ、そう思われてしまうのも無理はないか。

「大丈夫、アタシはアタシだよ。殺人鬼にはならないよ」

 真偽を確かめるかのようにアタシの目をまっすぐにじっと見てから、ミストは頷いた。

「なら、テストしてみてもいいかい? 本音で答えなきゃだめだよ」

「うん、わかった」

「じゃあ、誰かを殺したら欲しいものが絶対に手に入る、としたら引き受ける?」

「殺したら死刑だから、絶対やらない」

「なるほど。じゃあ、一番大事な人の命が奪われたら、どうする?」

「そんなの復讐するに決まってる」

 即答だった。一番大事な人が殺されたとなれば、話は変わってくる。

「殺したら死刑になるのに?」

「そんなの関係ない」

「なら、誰かが復讐相手を代わりに殺してくれて、自分は罪を被らない方法があったとしたら?」

「はあ? え、アタシの一番大事な人が殺されたのに、復讐を他人に任せるかってこと?」

「……うん」

「それは意味わかんない。だってさ、例えばアタシが結婚してて、旦那が殺されたら、死刑になってでも自分の手で復讐しないと気が済まないと思うもん。一番大事な人を殺されたのに、犯人はのうのうと生きてるわけでしょ、許せないし、耐えられないよ」

「そう、だよな……」

 ミストは何かしら考えているように、視線を彷徨わせる。

「……おっけー、ありがとう。テストは終わりだ」

 指で輪っかを作り頬を持ち上げたミストは、それから腕を組み、眉間にしわを寄せた。宙を睨み、うーんと唸り、やがて、

「よし、大丈夫だ、ネネの心は問題ない」

 と結論を出した。

「テキトー」

 アタシはじとっとした目を意識して作り、ミストに向ける。そして二人して笑う。

 黒髪の常勤医の女性がやってきて、アタシの様子を観察したり、軽い質問をしたりして、「大丈夫そうね、でも今日の作業は一応休みなさい」

 と言ってミストの方を軽く見る。

「見ていてくれてありがとうございました。もう戻って結構ですよ」

「わかりました。……あ、でも、もう少し事情を詳しく聞きたいので、すこし残ってもいいですか?」

 女医はええ、と言って奥の部屋に戻っていく。アタシはニヒヒ、と笑って思わずミストの手を取る。あったかい。ゴツゴツしてる。ミストもおお、と驚きながらも笑みをこぼす。

「あ、ミストの好きなものって何?」「あと、休日何してるの?」「好きなタイプってどんなの?」

 チャンス到来。アタシはミストのことを知りたくて、思いつく限り質問した。それにテンポよく答えてくれるミスト。怪我の功名ってやつ? 前よりも確実に距離が縮まった気がした。だってずっと手を握ってくれていたから。


      8


「1082番、あれを持ってこい」

「1082番、もっと丁寧にやれ」

「1082番、人手が足りない、向こうを手伝え」

 1082番、1082番、1082番、1082番……。

 ああ~、もう! ただでさえ頭痛いのに。

 翌日の作業中、頭に包帯を巻かれたままのアタシは、ヤリ看からの執拗な命令に振り回されていた。あまりにも露骨すぎるため、周囲の囚人たちもヤリ看を胡乱気な目つきで見ていた。中にはアタシに同情するような視線もある。

 思い当たることはある。ボス猿——ロッドの仕業だ。

 昨日医務室から戻ったアタシを心配して事情を聞いてくれたコーヌとヤウリィも、今日のこれもロッドの仕業に違いない、と言っていた。

 ロッドは、ミストと距離を縮めるアタシに勘づいたのだろう。金かなんかを握らせて、ヤリ看にアタシを徹底的に監視させ、虐めさせているのだ。

 ——くそ、ボス猿め。アタシは舌打ちし、不自然にならないように窓の外を見る。偶然か意図してかはわからないが、ロッドは畑にスコップを突き刺し、こちらを見て笑いながら、ミストと仲良さそうに喋っていた。

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