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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
19/49

後頭部にガン

      6


 朝、アタシたちは作業場で、焦げた壁や床や天井を剥がし終え、新しいそれらを取り付ける作業をしていた。すると、さっき新調したばかりの窓をコンコンと叩く音がした。外からミストがノックしている。ヤリ看が窓を開けると、ミストの声が一部聞こえてきた。

「こっちに一人貸してくれませんか、力のある子がいいんですけど」

 ヤリ看とミストが何やら会話し、事情を呑み込んだらしいヤリ看が部屋の中を見渡した。チャンスか——? と思ったアタシが窓枠に腕を乗せるミストを見ると、イケメンすぎるウインクが飛んできた。ミストは、アタシに来て欲しいのだ。やるじゃん。アタシは腕をぐるんぐるん回してヤリ看のほうに歩いていった。

「やる気あるみたいだな、1082番。行ってこい」

 農作業チームの所へ向かう途中、ミストと並んで歩きながら、すこしだけ会話した。

「ありがとう、来てくれて」

「ううん、こちらこそ、ありがとね」

 監獄の裏手、フェンスと外壁に挟まれた細い道。殺風景な一本道で、地面の短い草をサクサクと鳴らして歩いているだけなのに、まるでデートしているような気分になる。

「あとで話そう。二人きりでね」

「ふふ、悪い顔」

 とっておきの悪戯を思いついた子供みたいな表情のミストに、アタシは笑って指摘する。するとミストはなにが? ととぼけるように口笛を吹いて誤魔化す。そんなおちゃらけた一面もあるんだ、とアタシは嬉しくなる。

 倉庫を通り過ぎてすこし歩くと、左手に焦げ茶の景色が広がり、うっすらと土の匂いがしてくる。緑の葉っぱが縦に何列も植わっていて(大根とか人参とか?)、支柱につるが巻きついている箇所もある。豆、かな。その大きな畑の向こうには透明なビニールハウスがあり、そこで白黒の囚人たちが動いていた。

「ビニールが劣化して、ところどころ穴が空いているんだ。それを塞ぐ作業をお願いしたい」

「力仕事じゃないの?」

「ああ、あれは口実だよ、ネネを呼ぶための」

「……やるじゃんミスト、さすがだね」

 もわっとしたハウス内に入る。そこにはきゅうりやトマト、なすや大葉、ピーマンやいちごなど、様々な野菜や果物がなっていた。

 破けた箇所を探し歩き、奥の方に行くと、嫌な顔ぶれに遭遇する。ボス猿連合だった。スコップを杖代わりにしたり地面に胡坐をかいたりして、楽し気に喋っていた。サボっているのだ。新鮮そうな真っ赤なトマトにかぶりついていたロッドがアタシに気づいて顔を向けた。

「あんた、なんでここにいる?」

「さあね」

 アタシがはぐらかすと、

「……ミストに取り入ったんだね」

 ロッドは食べかけのトマトをアタシのつま先の前に投げ捨て、続ける。

「ミストのことは諦めなと警告したはずだがな」

「あんたの警告をいちいち聞く義務はないと思うけど。関係ないでしょ、……おばさんには」

「あ? 今なんて言った? もう一回言ってみろよ」

 しまった、余計な一言、聞こえちゃったか。はあー、と盛大にため息をつき、アタシは首を振る。

「ごめんごめん、気にしないで、あんたとはなるべく関わりたくないんだ。じゃあね」

 背を向けると、

「そういうわけにもいかねえよ。口で言っても分からない奴には、体で教えないといけないからさ」

 振り向くと、ロッドが殴り掛かってきていた。

 アタシはギリギリ拳を躱し、お返しに腹に一発深いのをぶち込む。ぐえ、と唾液をこぼしたロッドはうずくまる。

 そこからは、乱戦だった。

 喧嘩っ早い坊主頭が突っ込んできて頬を殴られる。負けじと殴り返す。オールバック三白眼女に腹を蹴られる。蹴り返し吹っ飛ばす。男みたいなガタイの女のタックルに押し倒される。上下を入れ替え、馬乗りになってタコ殴りにする……。

 四対一の戦いはかなり消耗したが、なんとか返り討ちにした。ロッド以外のしてやった。ロッドはしぶとく、腹を押さえながらも立ち上がってくる。あとはこいつだけ、と拳を振るおうとした瞬間、後頭部にガン、と衝撃が来た。

「あ……」

 目の前に火花が散り、急に頭がずっしりと重く感じ、アタシは前に倒れていた。乾いた地面に顔面から落ちる。まぶたが極限まで眠いときのようにだんだん下りてくる。耳も遠くなっていく。キャッジ、よくやった。へ、ざまあみやがれ。そんな声が、最後に聞こえ——。

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