腐るように死んでいくだけ
1
『あんたなにしとったんこの一年⁉』
アタシは今、休日の夜のみ解放される談話室で、テレビを眺めていた。ドラマの再放送のようだった。
周囲にはアタシと同じく白黒の囚人服を着た女が大勢いる。パイプ椅子に座って大人しく画面を見ている。娯楽の少ない監獄内では、テレビ視聴はかなり人気なのだ。
アタシはなんとなく、今のセリフを自分にも問うていた。この一年、いや、獄入りしてからの五年間、何をしていたのか。
「……」
記憶を探り、脳内に呼び起こす。
飯。刑務作業。たまにセックス。
あとは……。あれ?
アタシは戦慄した。たった、それだけだった。
脳内で五年分の記憶を呼び起こすと、たった数秒で終わってしまった。肌が粟立つ。アタシは腕をさすり、ゾワゾワする鳥肌を収めようとする。
「ネっちゃん?」
トントン、と肩を叩かれ、アタシは我に返った。見ると、周りの女たちがぞろぞろと歩いて部屋から出て行くところだった。テレビはもう消えていた。
「ネっちゃん、ほら、帰るよ!」
隣のコーヌが、立ち上がってアタシの腕を「んーっ」と引っ張り上げた。小柄で、力も弱い。ボーイッシュな灰色の髪の下に童顔が赤らんでいる。子供みたいなその行動につい笑ってしまう。
「ごめんごめん」
アタシは立ち上がり、コーヌの灰髪を撫でてやる。動かす手に抵抗してくるこのゴワゴワした毛の感触が好きだ。
談話室を出ると、無機質な廊下が現れる。アタシたちはこれから、一般房棟に戻るのだ。
一般房棟には、一般囚と無期刑囚が収容されている。無期刑囚とは死ぬまで監獄で過ごす刑を受けた囚人のことだ。アタシもそう。
横を歩くコーヌがアタシの肩に頬をぴたりとくっつけ、腕を絡ませてくる。可愛いな、と思って見下ろすと、子犬みたいな濡れた黒い瞳で見上げ返してくる。
「で、ネっちゃんっ、テレビは生き甲斐になりそう?」
「うーん。……どうかな?」
「そっか~。まあっ、急には見つからないよねっ!」
「うん。まあ、ゆっくり探すよ」
アタシが生き甲斐を探しているのは、数日前に同房の無期刑囚の婆ちゃんが死んだからだ。『ネネ、あんたは生き甲斐を見つけるんだよ』と後悔するように最期にそう言った。
その時アタシは恐怖を覚えた。……そうだ、アタシも、いつかこんな風に死んじゃうんだ。何もせず、ただ、寿命が尽きていくだけ。この狭い、退屈な世界で。
婆ちゃんの言った通り、せめてなにか楽しいこと——生き甲斐——を見つけなければ、腐るように死んでいくだけだ。婆ちゃんの後悔の顔を思い出すたび、アタシのその気持ちは強くなっていった。
一般房棟に入ると、開けた空間がアタシたちの前に広がる。囚人たちの話し声や笑い声がいつも通り聞こえてくる。背後で看守が檻を閉める音がした。
檻のついた狭い房が、左右に十五個ずつ並んでいる。一階は左右合わせて六十人、空きのある二階には四十人ほどが収容されている。
アタシもコーヌも自分の房は左側の二階にあるので、出入口の脇にある階段を昇っていく。二階の通路に出ると、アタシは手すり側を歩く。万が一にもコーヌが落ちたら困るからだ。
三つ隣の房に住むコーヌを送り届け、アタシは自分の房に戻った。
「ただいま」
婆ちゃんはもういないのに、一人だと寂しくて言ってしまう。
アタシは洗面台の前に立ち、鏡の中の自分を見ながら歯を磨き始める。
艶のあるピンクの髪の毛は両サイドの高めの位置で縛っており、肩の数センチ上の毛先は癖で外側に跳ねている。顔のパーツも整っており、自分で見ても結構可愛いと思う。肌の手入れなんて一切していないのに、若々しくて綺麗だ。十九歳だから当然か。
……でも、これがなあ。
歯磨きする手を止め、首の入れ墨を見やる。『1082』と、濃い青字で彫られている。囚人は全て、首に囚人番号を入れられるのだ。一般囚は黒字で書かれ、釈放時には綺麗に消えるようになっているらしいが、無期刑囚は違う。一生外に出ることはないので、消えない入れ墨でくっきりと刻みつけられてしまっている。
アタシはただ、襲ってきた強盗を返り討ちにしただけなのに。
殺人に厳しいこの国では、正当防衛で人を殺した少女でさえも無期刑囚にされてしまうのだ。
歯磨きと洗顔を終えたアタシは、婆ちゃんが前まで使っていた下段のベッドに寝転がった。なんとなく首の入れ墨をなぞりながら、
「生き甲斐なんて、こんなとこにあるの? 婆ちゃん」
そう呟いて、閉房点検を待った。




