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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
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噛み千切ったらどんな反応するんだろう

「時間もあまりないし、話そうか。……俺、署長を目指してるって言ったよね。だから、まあ取り入るわけじゃないけど、署長のことを少しでも知っておきたいんだ」

「署長かぁ……。あんまり詳しくないけど」

「わかることだけでいいよ。それで、朝は、いつも花の世話してるの?」

「あ、うん。毎朝の日課みたいな感じかな。いつも、刑務作業が始まるのとほぼ同時くらいに倉庫に入ってくらしいよ」

「毎朝の日課、ね」

「うん。あの顔でお花好きとか、面白いよね」

 そうだね、とミストは朗らかに笑う。

「花壇見てみたけど、土が全く散らばってないんだ。たぶんすごい几帳面なんだろうな」

 ミストは感心したように何度か頷く。

「でもさ、花を好きな署長が死刑の様子見てるって不思議じゃないか? 死刑のときはどんな感じなの?」

「え、うーん……。姿は見えないけど、たぶんちゃんと全部見てると思うよ、最後まで。死刑囚が憎いのか、グロが好きなのかはわかんないけど」

 アタシは脳内で、死刑の様子を眺めて悦に入っている署長の顔を想像して笑ってしまう。ミストが言う。

「署長はたぶん、死刑囚のことなんかモノとしか思ってないよ。憎いとか、そんなんじゃない」

 怒り? が混ざったように聞こえ、アタシは気づく。囚人も一人の人間として見ているミストは、死刑囚執行制度に反対なのかもしれない。

「ミストは、死刑に反対なの?」

 ミストは緩く首を横に振った。

「ああ、別に、そういうわけじゃないんだ。死刑自体は、必要だと思ってるよ」

 だって、とミストは続ける。

「殺人犯を生かしておいても、意味ないしね。人の命を奪った奴には、同等の報いを受けさせなきゃいけないと俺は思ってる」

「そっか。そうだよね」

「法がちゃんと悪を裁かないと、個人的な復讐をする輩が出てきちゃうからね」

「個人的な復讐かぁ……。そうだね、そしたら、その人も殺人犯になっちゃうもんね。それはなんていうか、よくないよね」

「そう。しかも殺人に厳しいこの国じゃ、その人の家族まで社会的に抹殺されちゃうからね」

「ね」

 殺人に厳しいこの国では、殺人犯の家族は同類とみなされ、職を失い、忌み嫌われ、石を投げられるのだ。正当防衛によって殺人を犯した無期刑囚の家族はまだ許されるが、故意に人を殺し死刑囚になった人の家族は、国外に逃げるしか生き延びる手段はない。

 ミストは、空気を変えるように、ふざけたような顔をして言った。

「だから、もし俺が殺人鬼で、ネネの首をこうやってスパッ、と切りたいと思ってても、俺にも大切な両親がいるから手を出せないってことさ」

「びっくりした——!」

 スパッ、の部分を強調して、手刀を横に振りながら言われた。アタシは驚き、ミストの目を見つめる。にやりと笑って、冗談だよ、と言うので、アタシもだよね、と笑い返す。

 とそこで、入り口の方から話し声が聞こえてきた。おそらくヤリ看と女看守だろう。アタシはギリギリまで壁に体を寄せ、ミストを手招きする。しゃがみながら一歩距離を詰めようと床に手を着いたミストが、

「——っ」

 と息を吸った。いて、とほぼ口パクで口を動かすミストは、自身の人差し指を見る。床に落ちている何かで切ったのだろう、血が流れていた。

「なんか物音しなかったか今」

「え? どこから?」

 ヤリ看が気づいたのか、女看守に言う。ミストの瞳が丸くなり、アタシと目が合う。互いに息をひそめる。

「こっちから聞こえた気がするけどな」

 部屋に足を踏み入れる音。歩く気配。アタシはつばを飲み込みたい衝動を抑え、必死に気配を消す。ミストもまばたき一つしない。

「ここ……だろ!」

 思わず肩をすくめる。が、その声はすこし離れた場所から聞こえていた。

「鳥でも来てたの?」

 女看守ののんきな声が、窓の方に移動する。どうやら窓の外を疑ったらしい。

「なにもいないじゃない」

「気のせいか」

 窓から離れた二人の話し声は、やがて部屋から遠ざかっていった。ミストとアタシは同時に長い息を吐きだす。張りつめた空気が弛緩していくのを感じる。

「危なかった……」

 ミストがあぐらをかき、宙を見上げる。

「あ、それ、大丈夫⁉」

 ミストの怪我を思い出したアタシは、手を強引にとり、とっさに指を口に含んでいた。血の味が舌の上に広がる。指はちょっとしょっぱかった。ミストは「えっ」と口をぽっかりと開けている。やにわにゾクゾクの予感がして、アタシは気づけば指に歯を立てていた。そのまま噛み千切ったらどんな反応するんだろうか、と想像していた。

「——あ、ごめん、つい……」

 何考えてるのアタシ! 指を解放し、ミストの反応を伺う。幸い、口をぽかんと開けていただけだった。ああ、ありがとう、とアタシを見つめ、それから部屋の入り口を見て立ち上がる。

「絆創膏貼ってくるから。また今度ね」

「……うん」

 唾液がついて濡れた指を見て、アタシはなんだか恥ずかしくなる。

「ネネ、次もこうやって会える場所、探してほしいんだ。俺もできるだけ探すからさ。……できれば安全にね」

 悪戯な笑みを浮かべたミストは、看守帽をきちんとかぶり直し、アタシの頭をポンと触ってから歩いていった。

 ミストが去った後、アタシはふえ~、と全身の力を抜く。死刑で得られるのが感じちゃいけないマイナスの快感なら、恋愛は幸福という超プラスの快感だ。心臓のときめきが、痛いくらいに「好きだ~!」と叫んでいた。

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