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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
16/49

初めての待ち合わせ

      4


 シャワーを浴び、新しい靴と綺麗な囚人服に着替え、マジックミラーの中で署長によるカウンセリングを受けたアタシは、作業部屋に戻ってきていた。

 ぐう、と隣でコーヌの腹時計が鳴り、そろそろミストとの約束の昼食の時間だと気づく。ほんのり赤面したコーヌは、灰色の頭を恥ずかしそうにかいている。

 壁を剥がしながら、アタシは隣のヤウリィに囁く。

「ヤウリィ、さっきはマジでごめん! それでぇ、頼みがあるんだけどぉ」

「厚かましい」

 視線を合わさないヤウリィが不機嫌なのは口だけで、本当はさほど怒っていないと分かっているから、お願い、とできるだけ可愛く媚びを売るように言う。

「ミストに提案されたんだけど、昼休憩のときここに残って待ち合わせするって約束したんだ」

「え? 本当?」

「びっくりだよね、あっちから提案してくるなんてさ」

「罠?」

「いや、そんな感じはしなかったなぁ」

「……そう。ネネが言うのなら信じる」

 アタシは背後のヤリ看をちらと盗み見た後、ヤウリィ様に向かって胸の前で手を合わせる。

「だからさ、お願い。ヤリ看をなんとか誤魔化しといてくれない? ヤウリィの色気で」

 ちょっと渋った後、ヤウリィは艶めかしい唇を突き出してアタシを見つめた。

「わかった。やる。……夜、絶対話聞かせて」


 ほどなくして、ヤリ看が「作業中断。昼休憩に入る」と告げた。

 看守は、囚人が全員部屋から出たのを確認してから最後に部屋を出る。囚人が脱走したりうろちょろできないよう、各所に床から天井までの鍵付きの柵が設置されているので、逆に移動時の見張りは緩い。昼食後は既定の時刻まで食堂から出られないように看守が入り口に立っているので、一度食堂に入ると抜け出せない。でも看守の目を欺いて作業場に残ることはできる。と思う。やったことはない。

 ぞろぞろと出て行く囚人に混じり、アタシも部屋を出る。廊下を歩いていく女たちの背中を見ながら、アタシは入り口横の壁に限界まで背中をくっつけてつま先立ちしておく。後から出てきた他の囚人たちに気づかれるが、口の前に指を立ててウインクしておく。ニヤニヤした顔で女たちは歩いていく。背後の部屋からヤリ看とヤウリィの話し声が近づいてくる。

「今日も綺麗だな、その髪。きっと内面の美しさが滲み出てるんだろうな」

「そんなことない。看守さん、お世辞がうまい」

「お世辞じゃないさ」

 ヤウリィのうっとりした声(演技だ)と二人の足音が近づいてきて、入り口から体が出て、アタシの真横三十センチを通る。

「お前、なにやってる」

 と普通なら言われるところだが、ヤリ看の顔はヤウリィの方を向いていた。……セーフ。冷や汗がこめかみを伝う。ヤリ看はヤウリィの妖艶な微笑に釘づけなのだ。そのまま二人は歩いていく。

「看守さんも素敵」

「お、おう、ありがとう。……ああ、君とご飯でも食べに行きたいよ。囚人じゃなければ」

「出所したら行きましょ」

「……ハハ、口が上手いな」

「本気だけれど。……照れてる?」

 弄ぶヤウリィと本気のヤリ看の会話が遠ざかっていくのを尻目に、アタシはそろりと部屋に戻る。

 しんとなった部屋を見渡してみる。無造作に転がる工具や銀色の脚立や剥がした壁紙、そして部屋の角には黒いゴミ袋の山があった。一応隠れられそうだった。隣が看守の休憩室だから、誰かが入ってきてもおかしくはない。見つかったらどう誤魔化そう、と考えながらゴミ袋で壁を作ってから隠れる。

 看守休憩室の扉が開閉する音や、話し声が壁を通して耳に入る。

 ——もしミストがアタシを嵌めて、ここに隠れていることを他の看守に知らせたら? アタシは不安になる。部屋に残っているだけだから、脱獄未遂とみなされて即死刑囚、とはさすがにならないと思うけど、懲罰房行きは確定だ……。

 不安とドキドキの混じった気持ちになっていると、スタ、スタ、スタ、スタ、と足音が聞こえてきた。いっそう息をひそめ、足音を聞く。その足音は躊躇いもせずに作業場に入ってきたように思える。近づいてくる。すぐ近くで、足音が止まる。

「やあ。いい隠れ家だね」

 ミストだった。白い歯を見せ、軽く手を上げている。よかった。アタシは心臓を落ち着かせるように、はぁ~、と長い息を吐く。

「早く隠れて。誰かに見つかったらヤバいよ」

「うん、わかった」

 ミストはアタシのすぐ隣に来て、しゃがみ込んだ。

「ありがとう、俺を信じてくれて。でも本当に来るとは正直思ってなかったよ」

「え? 来るよそりゃ。だって、ミストは嘘つかないって分かってたし。……アタシ、人を見る目はあるつもりだよ」

 さっき感じた疑惑は、ミストの爽やかさによってとっくに消え去っていた。

「ありがとう。俺も、ネネとはもっと話したかったから、来てくれて本当に嬉しいよ」

「そ、そうなんだ……」

 アタシは正面からの攻撃にたじろぐ。顔が熱い。

「なんか、慣れてるって感じ? だってこんなことバレたらヤバいでしょ?」

「案外バレないもんさ。男子棟でもこういうことはやってたよ」

 ミストが悪い顔でニヤつき、看守帽を前後ろ反対に被り直す。そんな顔もするんだ、という発見。意外。でもすこしくらい悪いほうがいいかも。

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