死刑執行③
3
「入れ」
看守に扉を開かれ、アタシは死刑場へと入る。施錠される音を聞いてから、扉に開けられた穴から手首を出す。手錠を外される。床に落ちた手錠をそのままにして、看守は階段を昇って地上に戻る。アタシは解放された手をほぐすように振る。
今回の死刑囚は若い女だった。壊れた電流椅子に固定され、目隠しされた娘の頭は項垂れており、例のごとく意識は失っているようだった。
マジックミラーの向こうにいる署長にちらと目線をやりつつ歩き、その下にある数ある処刑道具の前でしゃがみ込む。ちょっと迷ってから、結局、手に馴染みのある斧の柄を掴んだ。思わず心がときめく。木でできた茶色の柄が、ところどころ赤く滲んでいた。綺麗に拭き取ってくれてはいるようだが、跡は残るのだろう、よく見ると刃にも染みがついている。
後ろを向き、椅子に固定された死刑囚を眺める。癖のあるくすんだブロンドはセンター分けで、毛先は小さな胸の横まで伸びている。赤字で彫られた首の囚人番号がちらと見える。
ジェニーと違って若いな、と勝手に比較してしまう。灰色の床や壁、天井にまで飛び散った血の跡に視線をやり、アタシは頭を切り替えるため、深呼吸する。
準備が整ったところで、後ろのスピーカーから署長の貫禄のある声が発せられた。
「まずは起こせ」
アタシはいきなり殴って起こすのも悪いから、斧を股に立てかけて屈みこみ、筒のようにした両手を娘の耳元に当てる。
「おーい、おはよー」
と大きめの声を出す。娘は「わっ」と少女のような声を出して目を覚ます。
「……誰? なに? ……あれ?」
混乱している様子の娘は、体を動かそうとしてガチャガチャと拘束具を鳴らす。そこに署長の声が降ってくる。
「チェルニマール。二十三歳。女。恋人の浮気が発覚し、浮気相手をバットで撲殺。死刑囚となる。——死刑、執行」
相変わらず雑な紹介だな、と思いながら、アタシは彼女に言う。
「よろしくチェルニマール、アタシはネネ。無期刑囚で、死刑執行人だよ」
今回最初から話をする許可を署長から得ていたアタシは、チェルニマールに話しかけてみた。
「し、死刑って言った……?」
うん言ったよ、と軽く答えると、チェルニマールはブロンドを揺らし、唾を飛ばして怒鳴り散らした。
「嘘よ、キャスパーが面会に来てるって言うからウチは出てきたのよ! キャスパーを出して!」
「へえ。チェルちゃんの彼ピはキャスパーっていうんだね。でも残念、面会ってのは嘘だよ」
「……嘘なはずない! キャスパーはなにがあっても会いに来てくれるって約束し」
「ところでさあ」アタシは遮って話す。「浮気相手をバットで撲殺したんだってねチェルちゃんは」
「……は? それがどうかしたの? ——いいからっ! これ外してよ! ウチを死刑にするなんて、おかしいよ! 絶対間違ってるよ!」
チェルニマールは抜け出そうと体をよじる。拘束具の音が部屋に響く。
「全然反省してないんだね。まあ、アタシが言えたことじゃないけどね。ふふ」
「出して! 嫌だ! 死にたくない!」
「うるさいなぁ」
「ぎゃ」
ゴ、と鈍い音を立てて、アタシが振った斧の峰がチェルニマールのすねに当たる。
すると笑えることに、チェルちゃんの目隠しの下の表情が一変した。ごくり、とつばを飲んでから、彼女は神妙に言った。
「死刑執行……今からウチ、死ぬの?」
「キャハ。そうだよ?」
これから起こることを予想したのか、チェルニマールは急に怯え、口がわなわなと震えだす。
「お願いネネ、なんとかできない? ウチ、まだ死にたくないの」
懇願するような口調で首を小刻みに振る。
「キャ、キャスパーに会いたいの。まだ死にたくない、ウチ、二十三歳なのよ、お願いネネ、なんとかして」
愉快。
「もう十分だろう、早く始めろ」
スピーカーから少々苛立った署長の声が聞こえる。
「署長はせっかちだなあ、せっかくもっとお話ししようと思ったのに。ね、チェルちゃん。でもごめんね、アタシもさ、もう……ガマンできないみたいだわ」
「が、がまん……?」
「なるべくいたぶってから処刑するからさ、逝くの、我慢しててよね」
アタシは斧を振りかぶった……。
「イャアアアアアア!」
「キャハハハハ! いい声で鳴くじゃんチェルちゃんさあ!」
肩を割り、二の腕を断ち切り、太ももに深々と突き刺した。チェルニマールは発狂していた。アタシも負けないくらい発狂していた。なんていったって声がいい。
「まだ逝っちゃ……だ、め、だ、よっ!」
「キィヤァアアアア!」
——その後も気絶する度に痛みで強引に起こし続け、やがて、あふれ出した血液で足元がびしょ濡れになったころ、チェルニマールはか細い声を出した。
「し、ね……、く、そ……おん、なぁっ」
「へ~、まだ喋れるんだね、すご~い」
意外な頑丈さに素直に感心した。けど、ちょっとムッとした。
「でもさあ、お門違いだよ。だってこれ、自分のしたことが返ってきてるだけなんだよ? チェルちゃんが彼ピの浮気相手を撲殺したこと、忘れちゃったの?」
アタシは斧を放り捨て、マジックミラーに向かって歩き、しゃがみこむ。金属製のバットを手に取った。銀色に光り輝いていて、アタシの返り血だらけの笑顔が映っている。
「楽しませてくれたからさ、最期はチェルちゃんの大好きなバットで、殴って処刑してあげるよ」
「ぁ……、やめ……ゆるさ、な……」
金属バットをバッターのように構え、顔面をボールに見立てて、アタシは左膝を高く上げる。斧とは違う感触に期待して重心を前に移し、「もう逝っていいよ、チェルちゃんっ——!」腰を捻り、フルスイング。
キン! 短く鳴った金属音が部屋の壁に反響して、アタシは爽快感を覚える。
バットの芯は見事に顔面ど真ん中を捉えていて、潰れた鼻から血がどぼどぼと流れ落ちる。粘ついた皮膚からバットを引き剥がすと、欠けた歯がポロッとももの上に落ちた。
「ありがと、チェルちゃん。……気持ち良かったよ」
アタシは死体に笑顔を向け、手を振った。ズタボロにされたぬいぐるみみたいなチェルちゃんは、もちろん手を振り返してはくれなかった。




