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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
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あご肉

 ふいに、今、ヤウリィに任せて作業場から抜け出してきたことを思い出し、慌てて話を中断した。

「ヤバい、のんびりしすぎた。アタシ、もう戻んないと」

「抜けてきたんだね」

 当たり前のように理解を示すミストに、アタシは面白くなって笑いかけながら、「じゃ、また」と手を挙げて背を向ける。急がないとバレる、と走り出そうとすると、

「待って」

 後ろから予想外の待ったがかかり、アタシは振り返る。

「俺、ネネと、もっと話したい。だからさ、お昼休み、作業場に残っててよ、俺行くから。あの焦げた部屋だったよね?」

「え?」

「死刑とか、女子棟のこととか、もっと教えてよ。実は俺、署長を目指しててさ、だから色んなことを知っておきたいんだ」

「……あ、うん。……わかった。じゃあ、お昼休みに入ったら、部屋に隠れとけばいい?」

「うん。必ず行く」

 あ、うん、わかった……、って、すんなり受け入れすぎだろアタシ! 看守からの規則破りの提案なんて、前代未聞すぎる! しかもそれで署長を目指してるってマジ⁉ と思いながらも、アタシは倉庫の出入り口からそっと顔を出して左右を見る。今はそれどころじゃない。頭を切り替え、十五メートルほど先の部屋の窓を見つめる。ヤリ看の姿は見えない。まだぎりぎりバレていないのか。アタシは全速力で駆け出した。

 あ。灰色の髪が見える。コーヌだ。コーヌが、横目でちらっとアタシを見てから、ポイ、と何かを窓の外に投げ捨てた。残り五メートルほどまで距離を詰めたところで、

「1082番はどこに行った!」

 とヤリ看が怒鳴っている大声が聞こえ、アタシの心臓はびくんと跳ねる。コーヌの口が開き、可愛い顔がこちらを向き、外に指を突き出して——おい、コーヌ! なんで! アタシが抜けだしたことをバラすつもりか⁉ と一瞬怒りが沸きかける。が、それよりも指が差す方向に意識を向け、アタシは素早く地面に転がり込んだ。ヤリ看が窓枠に手をかけ、下にいるアタシを見て濃い眉を逆立てる。

「なにやってんだ⁉」

 心臓がバクバクして呼吸が荒れていることを気づかせないように、アタシは「いや~」と失敗顔を作って頭をかく。

「こいつを取ろうと思ったら、落っこちちゃって……」

「なんだそれは」

「剥がした壁だよ。手伸ばしたら届くかなって思ったんだけど、無理だったみたい」

 アタシはコーヌがとっさに窓から落とした焦げた壁の一部をヤリ看に見せつける。ヤリ看は疑わしいと思ったのかコーヌをじっと見て、

「本当だろうな」

 殊更に低い声を出した。コクコクと必死に頷いて見せるコーヌ。そして周りにいた囚人たちにも聞いた。

「おい、誰か見てなかったか」

 誰も返事をしない。見て見ぬふりをしてくれるようだった。ヤリ看はため息をつき、「まあいい、早く戻れ」と言った。

 窓枠を乗り越えて室内に入ると、こめかみにドリルが突っ込まれたかのような視線を感じた。見ると、ヤウリィがいつもより深い笑みを浮かべて立っていた。絶対怒ってる。ざわざわと鳥肌が立つのを感じた。


「ありがとね、コーヌ。助かったよ」

 小声で言うと、コーヌは隣で小さく首を振った。ヤリ看の視線を後ろにびんびん感じるので、アタシは真面目に作業を続けている。あとで二人(特に激おこのヤウリィ)には全力でお礼を言おう。頭も地面に擦りつけよう。

 焦げた床を力づくで剥がそうとしている時、窓の向こう側に、豆粒ほど小さい署長の姿が見えた。

 畑の横、監獄の敷地の角っこで、しゃがんで土をいじっているようだった。花壇には、色とりどりの花が咲いている。あ、ミストだ。近くにいたミストが、署長と談笑している。あの署長と仲良くなるなんて、すごいなミスト、そういえば署長になりたいとかさっき言ってたっけ、と感心する。

 バリ、と床が途中で割れ、アタシは後ろに盛大に一回転した。ごつんと頭をぶつけ、上を見ると、

「なにしてる、真面目にやれ」

 とあご肉に睨まれた。床の切れ端を持っていたヤウリィが顔を背けて肩を揺らしていた。

 立ち上がり、尻を払っていると、送迎役の死刑囚担当看守が部屋に入ってきた。不機嫌そうな顔で、

「1082番、行くぞ」

 死刑場へ行く合図を口にした。途端、周囲の女たちの好奇と怯えの混じったような視線がアタシにチクチクと刺さってくるのを感じた。

 アタシが看守の方に歩き始めると、後ろの方から、あいつ、死刑執行に自ら挙手したらしいよ、マジで? ヤバ! とかすかに聞こえた。べつにあまり気にしてはいないが振り返り、声の出所を軽く睨むと、焦るように女子たちは背を向け、手を動かし始める。

 ま、こんなもんだよね、普通の反応は。ちょっと落胆しながら、アタシは死刑囚担当看守に手錠をはめられ、仕事へと向かう。

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