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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第二章 恋と死刑の日々
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自己紹介

      2


 農作業が見える位置にあるアタシたちの作業場。ガラクタはもう床に落ちていないが、溶けてくっついた汚れや焦げた壁、まっ黒な天井など、まだまだやることがたくさんあった。アタシは焦げた壁をはがす役割を割り振られていた。

 作業開始が告げられ、アタシたちはそれぞれ持ち場に散っていく。窓枠しかない窓から外を見ると、ミストと数名の囚人が畑の隣にある倉庫に向かって歩いていた。あちらも割り振りを終え、作業を始めるところなのだ。彼らは倉庫からじょうろを持って出てきた署長とすれ違うところだった。署長は毎朝花壇に水をやるのが日課なのだ。

 チャンス! ミストと話せるかも!

 この部屋には外へ続く扉はないので、窓から隙を見て飛び出す必要がある。それすらクリアすれば、十五メートルほど倉庫の入り口まで走ればいいだけだ。

 アタシは焦げた壁を何気なく触りながら、ヤリ看をちらりと見る。壁を背にし、左右に首を巡らせ、全体をくまなく監視している。アタシは外を見る。ミストたちがちょうど倉庫に入っていくところだ。急いで隣のヤウリィに囁く。

「ヤウリィ」

「なに」

「ミストが倉庫に入った。今、チャンス」

「了解。でも、そんなに長くはごまかせない」

「わかってる」

 すぐさまヤウリィが行動してくれる。魅惑の尻を振りながら、ヤリ看の元へ小走りで近づいていく。

「看守さん、ちょっと昨日から気になってるところがあって、向こうの壁なのだけれど」

「お、おお。どこだ」

 指をさして誘導するヤウリィが、うまいことヤリ看に背中を向かせた。アタシはすかさず窓枠から飛び降り、土の上に着地し、間髪入れず倉庫に向かって走り出した。

 部屋の中の囚人たちには見られただろうが、告げ口する奴はすぐに信用を失い嫌われる監獄内では、誰もが見て見ぬふりをする。むしろヤリ看の目を盗んで抜け出すことを面白がって応援する奴の方が多いと思う。

「とにかく話す機会を作ることが第一。そして話す内容はなんでもいいから、とにかく相手の目を見てしっかり話を聞くこと、これが大事。こっちが喋るときも同じ。目で『好き』を伝えながら話す。あとは自然にやればネネなら大丈夫。フェロモンが手助けしてくれるから」

 朝食後の房でヤウリィに教えてもらったことを思い出しながら、アタシは倉庫に向かって全速力で走り、影のようにすっと倉庫内に侵入する。

 倉庫内は薄暗かった。いくつか動いている白黒の囚人服がぼんやりと見える程度だ。鼻から息を吸うと土埃が入る。土臭い。

 奥の方からなにか話している男女の声が聞こえる。アタシは薄暗さをいいことに近づいていく。農作業の道具を運ぶ囚人とすれ違い、アタシの正体がバレたのか二度見されるが、気にしないで進む。壁には棚が設置されており、肥料や土、手袋、じょうろ、ネット、支柱など、土いじりに必要なものが綺麗に整頓されて収納されている。

「そろそろ戻ろうか」

 と、ミストのイケメンボイスが聞こえたときには、アタシは倉庫の奥にある、久しく使われていないであろう機械類のすぐ手前まで来ていた。しゃがみこんで棚に手を伸ばし、なにか探しているふりをする。

「いや、全然まだ話し足りないよ」

 女にしては低い声。ボス猿——ロッドの声だった。ミストと距離を縮めるために会話していたらしい。アタシは立ち上がり、わざと大きな声で、

「あれ~どこにあったかな~はしご~。あ、看守さん、はしごってどこにあるか分かる?」

 と聞く。

「はしご?」「お前……」

 疑問符を浮かべるミストと、アタシだと気づいたロッドの咎めるような声が重なる。

「なんでいる。持ち場はどうした」

 ロッドの声は無視してアタシは立ち上がり、ミストに自己紹介をする。

「薄暗くてよく見えないかもしれないけど、アタシ、昨日そっちの部屋で看守さんに一目惚れしちゃった、ネネって言います。看守さんも、わかるよね、ピンクの髪の、ツインテールの女の子だよ」

 左右の髪束を持ち上げ、可愛く見えるようにちょっと振ってアピール。もちろん笑顔のセットも忘れずに。

「ああ。昨日の子か、覚えてるよ。ネネっていうんだね、よろしく」

 ミストはやはり囚人との壁が薄いらしく、好意的に挨拶してくる。

「おい、ネネ、あたしは忠告したよな」

「で、ミスト、はしご探しのついでに、ちょっとだけお話ししたいなって思ってて、いい?」

「おい無視すん」

「まあまあ、ロッド、いいじゃないか別に」

 ミストがロッドの声を遮った。

「君とも話したんだ、この子だけ無視するってのも悪いじゃないか。——ほら、戻って。君は農作業のリーダーだろ」

 歯噛みしたロッドは目つきを尖らせ、アタシを睨んで露骨な舌打ちをしてから歩き去っていった。自分の本性を隠す気はないのだろうか。

 薄暗い部屋でもそこだけ輝いて見える微笑を浮かべたミストは、アタシに近づいて言う。

「俺は囚人とも対等に会話したいと思ってるんだ、囚人だって一人の人間だからね。だから話したいって人には時間を作る主義なんだ。罪を犯したからってモノ扱いしたり異常者扱いしたりするのは、好きじゃないからね」

「すごい、今までそういう看守さんにあったことなかったから、新鮮! いいと思う!」

「ふ、ネネ、ありがとう。……それで、はしごはどこにあるか、だったね。急いで探そうか」

 悪戯っぽく言いながら、ミストはアタシと一緒にはしごを探すふりをしてくれる。たぶん、はしごなんてただの口実だと最初から見抜いているのだ。アタシも遠慮なくそれに乗っかって、ミストの匂いを嗅ぎながら何を話そうか考えつつウロウロする。

「ネネ、実は俺も、君と話したいと思ってたんだ」

「えっ」アタシの胸はときめく。

「死刑、執行してるんだろ?」

 死、……ああ、なんだ、そっちか。アタシは「う、うん」と相槌を打つ。

「もう慣れたかい?」

「慣れたって言っていいのかわからないけど、まあ、うん」

「そっか、最初の死刑に選ばれたのはネネだって聞いたから、どんな風に思ったんだろうって、ちょっと好奇心があって。聞いてもいい?」

「……嫌だったよ。やりたくなかった」

「そうだよね。……ちなみに死刑囚は、どんなだったの?」

 アタシは最初に処刑した男の顔をなんとか思い出す。

「髪が長めの男で、たしか病気の妹に会いに行こうとしただけだ、って言ってた。同情、とまではいかないけど、可哀そうだったよ」

「……そうか。でも、やったんだろ、その後」

 なにか悪いことをして叱られているような気持ちになりながらも、アタシは答える。

「うん。斧で、署長の指示に従って」

「斧、か……。それで、最期はどうだった?」

「ずいぶん気になるんだね」

 アタシはすこし訝しむ。普通そんなに聞きたいかな、死刑の詳細って。

ミ ストは考えるように下を向き、再び顔を上げる。そして声を潜めて言う。

「……実は俺、グロいのが結構好きでさ、そういう話、つい詳しく聞きたくなっちゃうんだ。誰にも言わないで欲しいんだけど」

「あ、そういうことね。なら——」

 アタシはノリノリで死刑の様子を詳しく話し始めた。まだ死刑が好きなことは伏せつつも、思い出してゾクゾクしながら語った。相槌を打つミストは真剣な面持ちだった。

「——それでね、……あっ」

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