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ようこそ、100年後へ。  作者: 大柑子


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03. 変わらないものと、変わっていくもの



「ほら、行くよ」


 麻衣はいつもの調子で玄関のドアを開けた。


 昨日と同じ顔、同じ声、同じ軽さ。


 ただ、その背中だけが妙に慣れている。



「……俺、靴がないかも」


「やば、そうじゃん」



 麻衣は靴箱をガサゴソと漁ると、ビーチサンダルらしきものを玄関に置いた。



「ごめんだけど、新しいの買うまではこれ履いて」



 彼女用に買ったであろうビーチサンダルの様な靴は、踵がはみ出てしまって少し歩き辛かった。







 外に出た瞬間、空気が違った。


 いや、空気というより「世界の解像度」が違う。


 高層ビルはガラスというより光そのものみたいに立っていて、表面を広告写真ではなく“映像”が流れている。


 道には車がない。


 代わりに、地面すれすれを滑るように移動する細長い乗り物が、音もなく流れていく。



「……すごいな。思ってたより映画みたいだ」


「スピルバーグっぽいよね」


「見たことあるの?」



 2037年にもスピルバーグの映画は轟いていたのかと、啓太は感心する。


 麻衣はこともなげに言った。



「古い映画好きだったんだよ。子どもの頃によく見たの」


「ああ……古い映画ね……」



 ぐさりと透明な何かが身体に刺さる。


 ジェネレーションギャップとはこういうことかと、啓太は少しだけ寂しくなった。



 ふと辺りを見回す。


 信号が見当たらない。


 それなのに、人の流れは妙に整っている。


 誰もぶつからないし、誰も急がない。


 それが少し不気味に思えた。







「着いたよ」



 役所は建物というより“透明な塊”だった。


 壁があるのかないのか分からないまま、人々が吸い込まれていく。



「……入っていいの?」


「入らなきゃ始まらないでしょ」



 何言ってんの、と言いたげに笑って麻衣は先を歩いた。


 その背中を追って付いて行くと、中はとても静かだった。


 受付らしきものもない。


 代わりに、空中に薄い文字が浮かんでいる。



『身分未登録者はこちらへ』



 麻衣が軽く指を振ると、文字が反応したように色を変えた。



「ケータくんは未登録者だから、ここだね」



 未来の技術に感心しながら、啓太は周りをキョロキョロと眺めた。


 麻衣が啓太を呼ぶ。



「ケータくん、これ見て」



 空中に丸い光が現れる。麻衣がそれを指差していた。



「目、つぶって」


「え?」


「検査だよ。終わると戸籍登録できる」



 言われるまま目を閉じると、ほんの一瞬だけ視界が白く弾けた。


 痛みはない。


 ただ“見られた”という感覚だけが残った。



「はい終了」


「……もう?」


「この時代そういうの一瞬だから」



 麻衣はあっさり言う。



「昔みたいに紙書いたりしないの。楽で良いでしょ」


「いや、楽っていうか……」



 感覚が追いつかない。本当にこれで終わって良いの?と不安に思ってしまう。



「これで戸籍も登録できたし、保険証も発行できたから。いくらでも怪我できるよ」


「したくないよ……」



 カードは何も貰っていない。それなのに本当に保険適用されるのだろうか。


 そもそも、こんなに技術が進んでいるならなぜ役所まで来なければならないのだろう。家ではできないのだろうか。


 色々な疑問が頭をよぎったが、啓太は何も言わなかった。


 聞いたところで、麻衣の説明はきっとキャパオーバーで理解できないだろうから。







 役所を出ると、麻衣は腕を上げて伸びをした。



「終わったね、街見てから帰る?」


「おお、案内してくれるの?」


「うん。ちょっとは慣れていかないとね」



 街は、歩くほどに現実感が薄れていった。


 角を曲がるたびに景色のルールが変わる。


 空中に浮かぶカフェ。


 壁を通り抜けるように入る人々。


 地面から伸びる光のエレベーター。



「これ全部、エネルギーどうなってるんですか……」


「太陽とか空気とか。あと大体は核融合だろうね」


「核融合」


「細かいこと気にすると疲れるよ」



 麻衣は笑った。


 その笑い方は、昨日と同じ軽さだった。


 まるでこの時代にずっといるような慣れた説明の仕方に、少しだけ違和感を覚えた。




 通りの途中で、麻衣が突然立ち止まる。



「ほら、あれ」



 指さした先には、巨大な水槽のような建物があった。


 中には魚が泳いでいる。


 だが水ではない。


 透明なゼリーのような空間の中を、魚の形をした何かがゆっくり動いている。



「人工肉プランターの大規模版。都市供給用」


「……これ、全部食料なの?」


「うん」



 麻衣は当然のように頷く。



「昔の海よりきれいだよ。たぶん」



 ⸻“たぶん”。


 昔の海を知らないような言い方だなと、少し不思議に思った。



「海行ったことないの?」


「うーん、あるけど、あんまり覚えてない」


「そっか」



 子どもの頃に行ったきりなのかなと、腑に落ちる。


 確かに啓太も海には数年行っていなかった。


 さらに歩く。


 空には広告が流れていた。


 目まぐるしく変わる映像が、少しだけ煩わしく感じる。



「この時代って……ずっとこんな感じなの?」


「ん?」


「落ち着かないというか……」



 麻衣は少しだけ黙って、肩をすくめる。



「まあ、落ち着く場所は別にあるし」


「別に?」


「家とか」


 その言葉のあと、ほんの一瞬だけ間が空いた。


 何気ない単語のはずなのに、麻衣の声が少しだけ弱くなったような気がした。







「で、ケータくんの住むとこだけど」



 麻衣は空中を眺めながら手をスワイプするように動かした。



「役所が仮住所出してくれる。たぶんこの近く」


「たぶんって……」


「転移事故多いから断言できないんだよ」



 彼女がくるりと振り返って啓太を見る。



「仮住所は夕方くらいまでには出ると思う。それまで時間潰そ」







 太陽が落ちて、西日が強くなる。


 夕焼けは100年経っても変わらないのだなと、少し感傷的になった。



「そろそろ仮住所出てるんじゃない?こめかみを2回タップしてみて」



 麻衣に言われた通り、おそるおそる自分のこめかみを指で叩く。


 頭の奥で電子音がして、目の前に文字が浮かび上がった。



「なんだこれ……」


「あー、初めはびっくりするよね。そのうち慣れるよ」



 啓太は目の前に映し出された仮住所を指で触る。すると道に矢印が浮かび上がった。



 麻衣の言った、「慣れるよ」という言葉が耳に残る。


 彼女は慣れきっているように見える。それが啓太には少し恐ろしく思えた。



 ビルの谷間を抜けると、風が一瞬だけ強くなった。


 麻衣の髪が揺れる。


 その横顔は、昨日と同じように明るいのに、どこか遠くを見ているようだった。



「ねえ」



 麻衣がぽつりと言う。



「この時代、嫌い?」



 突然の質問だった。


 少し考えてから、言葉を選ぶ。



「……まだ、分かんないな」


「そっか」



 麻衣はそれ以上は聞かなかった。




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