02. 100年後の週末
カーテンの隙間から差し込むそれは、太陽というよりも均一に調整された照明のようで、時間の感覚を少しだけ狂わせる。
週末は、あっという間だった。
少女はほとんど家にいなかった。
「仕事あるんだよね」
あれ?言ってなかったっけ。ととぼけた口調で少女は言って、家を出て行ってしまった。
アパレルショップで働いているらしい。
「服好きなんだよね。それに、高卒でも入りやすいし」
この時代にも、服屋はまだあるらしい。彼女曰く、店頭販売でしか味わえない体験があるんだとか。
朝早くに出て行って、夜遅くに帰ってくる。100年経っても日本人の就労時間は変わらないようだった。
夕食時に帰ってくる彼女と、短い時間だけテーブルを挟んで話す。
その時間だけが、今の自分には唯一“現実味のある時間”だった。
「で、名前なんだっけ」
「……まだちゃんと名乗ってませんでしたね」
「うん」
少し間が空く。
なんとなく、この時代に来てから名乗るのが怖かった。
自分の名前を口にしたら、この世界で生きることが確定してしまいそうで──。
「……けいたです。鈴木啓太。」
「ケータくんね」
軽い。
あまりにも軽い呼び方だった。
「私は上野麻衣。まいちゃんでいいよ」
からっとした笑顔に釣られて、少しだけ頬が緩む。
初対面なのに距離の詰め方が早いなと感心した。
「麻衣さん」
「ちゃんがいい」
「あー、麻衣ちゃん」
麻衣は満足げに微笑んだ。そして、カレーライスを掬いながらこちらを見る。
「何歳なの?」
「え」
「年齢。学生?」
持ち上げたスプーンを口に含み、彼女がもぐもぐと食べ始める。
学生と言われたことに驚いて、返事をするのに時間がかかってしまった。
「えっと、25です」
「え、6個上!?」
「え、19歳……?」
10代だろうなとは思っていたものの、実際に年齢を耳にすると驚いてしまう。
高校を卒業してすぐに働いているらしいが、まだ新卒1年目だったとは。
妙に落ち着きがあるから、大人びて見えていた。
「あー、なんかごめん。タメで話してよ」
「いやいや……うん、そうだね。そうか、19歳か……」
「なんかその言い方おじさんっぽい」
ぷはっと笑った彼女に釣られて、啓太も笑った。
そしてふと、19歳なら一体いつからこの時代にいるのだろうと、未来に慣れきっている彼女を見て思った。
⸻
麻衣はソファを背にして、ぼんやり天井を見ていた。
「ねえ
2022年ってさ、どんな感じだったの?」
少しだけ考える。
ついこの間までいた時代のはずなのに、やけに昔のことのように思えた。
「……こんなに、ピカピカしてなかったかな」
「あー、空が?」
「うん。あと、こういう技術はなかった」
「だろうね」
麻衣は肩を揺らして笑った。
それから少しだけ間を置いて、口を開く。
「家族とかは?」
その一言が、少しだけ胸に引っかかった。
「……いるよ」
「そっか」
彼女は、それ以上は聞こうとしなかった。
少しの沈黙の後に、啓太が口を開く。
「2037年って、2022年とは違った?」
「……うーん」
困ったように笑う麻衣が悲しんでいるように見えて、啓太は少し動揺した。
「たぶんそんなに変わってないよ。15年しか違わないんだし」
「まあ、100年に比べたらそうか」
そうだよ、と麻衣が笑った。
悲しみの影は消えているように見えた。
「家族は?」
聞いてしまってから、少し後悔する。
麻衣は一瞬だけ黙って、重く息を吐く様に言った。
「……いたよ」
それだけだった。
それ以上は、何も続かなかった。




