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ようこそ、100年後へ。  作者: 大柑子


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04. 時代によって移り変わる正義



 道に見えた矢印を辿ると、一般的なアパートに着いた。


 麻衣曰く、転移者の混乱を最小限にするために元の時代に合わせた作りになっているらしい。


 矢印に指定されたドアの前に立つ。


 ドアノブに触れると、指紋認証などしていないのにカチャリと鍵の開く音がした。


 部屋は思っていたより広かった。


 簡単なキッチンのある、ワンルームだ。ベッドもソファも置いてある。8畳くらいだろうか。



「すごいな、東京の極狭ワンルームそっくりだ」


「転移者向けだからね」



 くすくすと笑いながら麻衣が言う。



「最低限は揃ってるよ」



 啓太は部屋を見回した。


 ここが自分の家になる。


 そう考えた瞬間、少しだけ胸が重くなった。


 ホテルではない。避難所でもない。


 家だ。


 つまり、自分は当分元の時代には帰れないということだ。







 部屋を一通り確認すると、二人は近くの公園へ向かった。


 公園と言っても、啓太の知る公園とは違う。


 樹木の間を小型の清掃ドローンが飛び回り、芝生は機械によって完璧に整えられている。


 それでも不思議と落ち着く場所だった。



「疲れた?」



 ベンチに腰掛けながら麻衣が聞く。



「まあ、ちょっと」


「だよね」



 彼女は自動販売機のような機械から買った飲み物を渡してきた。


 見たことのないパッケージだ。



「ありがとう」


「どういたしまして」



 プルタブを開ける。味はオレンジジュースだった。


 百年後でもオレンジジュースはオレンジジュースらしい。



 風が吹く。遠くで子どもの笑い声が聞こえた。


 どこからともなく夕焼け小焼けの音楽が流れてきて、子どもたちがゾロゾロと帰っていく。


 こんなところも昔と変わらないのかと、懐かしく思った。



「ねえ」



 麻衣がこちらを見る。



「家族のこと、聞いてもいい?」



 啓太は少し考えて、ゆっくりと口を開いた。



「……婚約、してたんだ。今年の6月に結婚予定だった。」



 息を呑むような音がした。


 麻衣は口を開いては閉じ、言葉を選びながら慎重に返事をしようとしていた。



「それは、しんどいね」


「……ああ、本当に。


 大学の時から付き合ってたんだけど、俺が仕事に慣れるまで結婚は待って欲しいってわがまま言ってたんだ。


 ようやくプロポーズしたのにな」



 すらすらと、言葉が自然に出てくる。


 木が揺らめいて、葉の擦れる音が啓太の耳元をくすぐった。


 麻衣の表情は見えない。ただなんとなく、心を痛めてくれているような気がした。


 もう会えないかもしれない。


 麻衣を見ていて、もしかすると帰る方法は無いんじゃないかと思い始めていた。



「ごめん、なんか湿っぽくなっちゃったな」



 麻衣は悲しい顔で啓太を見上げた。


 啓太は、わざとらしく笑って話題を変える。



「そういえばさ、女性の一人暮らしの家に知らない男を置くのって、その……」


「危ないよって?」


「……うん。ここまで親切にあやかっておいて、言えたことじゃないんだけど……」



 苦笑しながら呟くように言う。


 なんとなく恩人に説教をしている気分になって、言わなきゃよかったかもなと思い始めた。



「うーん……そうだね、昔ならそうかも。でも今は大丈夫だよ」


「大丈夫?」


「うん。この時代は、犯罪を起こそうと考えた瞬間に身体が停止するから」


「⸻え、」



 ぞくり、と背筋に冷や汗が走る。


 風に揺れる木々のざわめきが、やけに大きく聞こえた。


 この世界が自分の知らない世界だと再確認した感覚だった。



「あ、ごめん。こんなこと言われたらびっくりするよね。


 考えなければ前の時代と一緒だから大丈夫だよ」


「考えなければって……」



 人間は、理解のできない物事に恐怖を覚える。


 身体が停止するなんて、到底理解が及ばない。


 一体どんなシステムを使っているんだとか、何を根拠に思考したものを犯罪と見なすんだとか、色々と疑問が浮かんだが、啓太は口をつぐんだ。


 どうせ聞いてもわからないだろう。



「身体が停止した後、どうやって動けるようになるんだ?」


「犯罪の思考がなくなったらかな。身体が停止するのと同時に通報されるから、警察が来てもまだ停止してたら刑務所に入れられる」


「犯罪は犯してないのに?」


「うん」



 ひゅっと喉が震えた。


 純粋に、恐ろしいと思った。


 100年でこんなに変わってしまうものなのかと、人権などは存在しないのかと、次から次へと感情が湧き出てくる。


 帰りたい。元いた時代に、戻りたい。



「ケータくん?」



 ハッと、現実に引き戻される。


 麻衣は特に何も感じていないようだった。



「君は、おかしいとは思わない?」


「うーん、犯罪を未然に防げるならその方が良くない?」



 はは、と渇いた笑いが漏れる。


 啓太はふと、こんな話の映画があったなと思い出した。


 ラストは、どうなっていただろうか。



「ねえ、大丈夫?顔色悪いよ」


「ああ、ごめん……ちょっと、今日はもう帰るよ。ここ数日間色々とありがとう」



 戸惑う麻衣を置いてベンチから立ち上がる。


 ふと周りがもう暗くなっていることに気がついた。


 彼女を家まで送った方が良いかと思ったところで、身体が停止する話を思い出す。


 夜に女性が安心して歩ける世界なら麻衣の言うことも一理あるなと、ひとりごちた。


 彼女に向き直り、もう一度礼を言う。



「本当にありがとう。とても助かった」


「無理しないでね。なんかあったら連絡して」



 連絡先など交換していないだろうと思ったが、もういちいち言う気にはならなかった。


 何かしらの手段があるのだろう。


 軽く会釈をすると、啓太は少し早足でその場を立ち去った。



 

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