第七十二話 軍神、再び
「中心人物……」
「だから君に話す。お互い、信用できるできないを測っている段階ではないだろうからな」
「……だが、まず聞かせてほしい。君は使節団の要職なのか? 教主も君に一目置いていたように見えたが」
「ん……一応、使節団長ってことになっているが……会議参加者の情報をもらってないのか?」
「ああ。今朝、初めて資料を渡されたくらいのものだからな」
「ほう、その状態であの通訳とは……さすがディラン」
「そんなことはどうでもいいだろう。入念に準備した結果にすぎない」
「そうだな。まず、我々の目的から話そう。表向きは星間交渉などをしているが……別の任務もある」
ミリトは椅子に深く腰掛け直した――すると、それまでの気安い表情がふっと消える。
「経緯はこうだ。少し前、この星域を管轄している第四師団内で結構な事件が起こった……軍では箝口令をしいているが、君はよく知っているだろう? 例の『デキシ』の密輸事件。」
「私が搭乗していた船だからな……もう犯人は捕まったのだろう?」
「いや、事件はまだ、解決していない」
「……なぜ?」
「密輸は摘発して終わりではない。荷を受け取る組織まで辿らなければ意味がない。そこで当初、重要参考人として名前が上がったのが輸送船の船医、シプタ・ロジイン」
「……まさか、彼女が関与しているとでも? そもそも、彼女は密輸を阻止した立役者だろう? 荒唐無稽な推測だ」
「まぁ聞いてくれ。彼女の行動には奇妙な点が多い。専門外であるはずの『デキシ』への造詣の深さ、施術に特効薬の調合――ここまで来ると、さすが名門ヴェスフォ医科学校の出身、だけでは済まない。何か事前に情報を掴んでいた、としか」
「……だからと言って、彼女が組織員なら密輸を妨害するような行為はしないだろう?」
「いや、わからんぞ。組織の分裂、対抗勢力への妨害、個人的な復讐」
「話にならないな。君の理論なら、あの船に乗っていたすべての人間が容疑者のはずだ……」
ディランの言葉を受け流すように、ミリトは静かに告げた。
「それが調査というものだ……もちろん船長や船員、乗客。君ですら例外ではないんだよ」
一方のディランはしばらく、何かを考えるように目を細める。
「……彼女は、そんな悪事に加担するような人間ではない」
「ほう……やけにかばうじゃないか」
その、ミリトから発せられたさりげない一言に、ディランは不快感をあらわに睨みを返した。
「わ、悪かったよ……そんなに怖い顔をするな」
少しおどけた口調で、両手を軽く上げてみせる。ところが、ディランの眼光は鋭くミリトを射抜き、警戒心を隠そうとしなかった。
「……それならば、私をここへ呼び出した目的は何だ?」
「……我々だっておかしいと思っていた、ということだよ。だからこそ彼女に接触する前に、君に話を聞こうと思ったんだ」
「我々は関わっていない」
「それを確定するためだ……だが結局、再考しなければならない状況になった。君の存在でな」
「私?」
「ああ。君だ。今日の会議を見て確信したよ。いつ身につけたのかは知らんが……相当な医学の知識を持っているようだ。こっちの医学班も舌を巻いていたよ。……それに、君とシプタ・ロジインとただならぬ関係ということもわかった」
「友人だ」
「そうだな……まぁ、ここからは俺の予想だが。例の船での事件、君が関わっていたのではないか?」
「……だとしたら?」
「知っていることをすべて話してもらう。いいかディラン。シンジゲートの残党が詳細を知れば、彼女に危険が及ぶ。彼女を守ることにもつながることだ」
ディランはしばらく沈黙した後、
「……わかった」と絞り出すよう言った。
――ディランはそこから、あの『月発 アクエッタ行き』の輸送船の中で何があったのかを話した。
――自分がが何をしたのか。シプタに何を指示し、何をさせたのか。その一つ一つを詳細に。
彼の心中には、母星を思い懸命に努力する者の志が、踏みにじられるようなことがあってはならないという強い願い――母親のような悲劇を繰り返してはならないという想いがあっただろう。
「……以上が知っている全て。彼女の医療記録から私の記述を消したのも、私の指示だ」
そこまで言ってディランは押し黙った。もう話すことはない、そんな意思表示にも見える。
一方、ミリトは天井を仰いだままその鼻息だけを荒くしていた。
やがて、その体勢のまま右手で額を覆い、大きなため息を付いた。
「まさかとは思ったが……全て君の手のひらの上だったというわけか」
「偶然だ。私は命を救うための行動をしたに過ぎない」
「褒めているつもりなんだがな」
「おべっかはいい。今度はこちらの質問に答えてもらうぞ」
「怖いな……どうぞ」
「違和感がある。シプタが潔白であろうことなど、君たちが本気で調査すればわかるはず……他にもあるのだろう? なにか疑うべき理由が」
「その通りだ。我々がこの星での受領役と睨んでいるのは」
「まさか……」
「そう、教団だよ。だから彼女の関与を疑った」
――短い沈黙が落ちる。
だが、ミリトにはディランが衝撃を受けているというよりは、冷静に噛みしめているようにしか見えなかった。
「……あまり、驚かないんだな」
ディランは首を振った。
「驚いているさ。しかし……」
「そう。決定的な証拠はまだない。が、怪しい点はいくらでもある。実はあの事件以降、教団に対しアクエッタにおける受領組織の調査を行うよう再三依頼してきた」
「調査を、教団へ?」
「ああ。教団は実質、この星の政治も軍事も牛耳っているからな」
「結果は?」
「存在しない、としか返ってこなかった。よっぽど捜査能力がないか、虚偽の報告をされているか」
「だからと言って、それは決定的な証拠ではないだろう……それに、教団が黒幕なら密輸の阻止をしたシプタがただで済むとは……」
「軍が箝口令を敷いているからな。彼女が積極的に関わった事実までは伝わっていないのだろう」
「なるほど……」
顎に手を当て天井と見つめるディラン。ミリトはその様子に目を細めながら、またゆっくり口を開いた。
「動機は資金繰りが有力だ。教団は患者数を水増しして補償金を増額させようとしている……と、本来なら強硬に構えてもいいんだが、月は加害者ってことになっているからな」
「ああ。文明依存症、だな。だからといって、デキシを見過ごす訳には……」
「そう、この星は終わる。まぁ、この星を拠点にして他へ捌くつもりだったのかもしれんが」
「しかし、教団がそんなことを......」
「言っただろう。資金繰りさ。教団は困窮している。月からの多額の補償金を得てもなお、な」
「補償金の使途は確認していないのか?」
「もちろんしているさ。だが、信用に値するものではない」
多額の補償金は、どこへと消えているのか……。
ディランは脳裏に、アクオーネへ向かう途中の荒涼な風景を思い浮かべた。
打ち捨てられた土地、生きるために危険を冒す子ども。
悲劇を生み出す仕組み自体が是正されようとしているような気配は、この星に来てから感じたことがない。
病院もそうだ。緩和ケアという名目で医療を提供しているが、人手は足りておらず、ベッドは病室に入りきっていない。
――だが、その一方で、今日の会議に参加していた教団の面々は、まるで自身の権力を誇示し、それを競うかのように、きらびやかな法衣に身を包んでいた。
「――教団の腐敗は以前から指摘されてはいたが……特に事態が悪化したのはここ最近。教皇が病に倒れ、教主、グリド・マナスが実権を握るようになってから」
「……彼が?」
「そうだ。君を通訳に指名したのは教皇だと言っていたが、グリドの思惑だろうな……実はその話も、最初は突っぱねようとしていた」
「そうだったのか……」
「あまりにも意図が不明だったからな。君の名前を見た時は驚いたし、能力を疑っていたわけではない。だが、会議に影響が出ないとは限らない。知っているかもしれんが、補償は王家の私財でまかなわれている。王亡き今では資財も有限……監査も一段と厳しくなっていてな……」
「それがなぜ?」
「師団長だよ。第四師団のニコス師団長が、ディランのままでよいと。それで決まりだ」
椅子が軋む――ディランは思わず、身を乗り出していた。
ニコスとは、月の結界に取り込まれそうになったディランを救った人物である。
苦虫を噛み潰したような顔をする彼に対し、ミリトはさらに言葉を続けた。
「そう言えば師団長は、ディランに会ったらよろしく伝えて欲しいと言っていたぞ。なんでも旧知の仲だとか」
そのミリトの言葉に、ディランはさらに口元を引きつらせた。
ニコス――ディランが最後に彼と会ったのは月でのこと。その際、ディランはファニ王女とニコス師団長の前で、研究にこそ勤しむと誓った。
まずいのはそれだけではない。
デキシ密輸の事件にニコスを利用し、その際に「もう危険なことに首を突っ込むな」と釘を刺されていたのだ。
それが今、辺境の星で、さらなる厄介事に関わろうとしている……
ニコスからの「よろしく」という言葉も、ディランにとっては「覚悟しておけ」という宣告にしか聞こえなかった。
「どうした……? 顔色が悪いぞ」
「……いや、大丈夫だ。ちなみに、第四師団の動きは?」
「え? ああ、ガスの星の調査を終え、今、こちらに向かっている」
「……それなら、まだ平気そうだ……話を続けてくれ」
「ん? ああ……じゃあ、続けるぞ?」
ミリトはディランの顔色を窺うように視線を向けながら、また静かに口を開いた――




