第五十五話 無音の鳴動
――ディランがアクオーネに訪れてから一年が経とうとしていた。
機械人形の修理はすでに終盤、あとは起動さえしてくれれば……というところまで来ている。
「今度こそ……」
ディランは修復を重ねた核を機械人形にはめ込んだ。
「どうだ……?」
――言葉に呼応するかのように、機械人形が頷きを返す。その仕草が妙に人間臭くて、ディランは思わず苦笑した。
ゆっくりと上体を起こす機械人形。そのまま立ちあがると、あっさりと研究所を出て行ってしまう。早速作業に戻っていったのだろう。
そこに取り残されたディランの周りには、修理に使った工具や部品が雑然と散らばっていた。この一年間、彼が積み重ねてきた時間の名残である。その一つ一つを拾い上げながら、その感触を確かめるようにしまい込んでいく。
その時ディランを包んでいたのは、達成感ではなかった。
(十機いる機械人形のうちの一体を修理したに過ぎない――)
彼はその程度に考えていた。
いや、また新たな目的が出来たからこそ、気持ちが緩まらないのかもしれない。
――アクオーネを発つ時が近づいている。
「ハルさんに、伝えにいかないとな……」
ディランは深く息を吸い、外へ出る。
相も変わらず灰色の空。アクオーネ特有のきな臭い風が頬をかすめていった。
◇ ◇ ◇
「あら、いらっしゃい」
「ハルさん、少しお話しできますか?」
「……ふふ、私が暇を持て余しているのを知っているでしょう? どうぞ、上がって」
ハルモは玄関先の埃を払うように手を動かしながら、ディランの表情を探るようにのぞいた。いつも通りの彼の仕草が、なぜか彼女の胸の奥で小さな波紋が広がった。
二人が腰かけたところで、「機械人形の修理、先ほど終わりました」と、前置きもなくディランが切り出した。
「あら……」と、ハルモもあっさりと返事をする。
「……もうちょっと驚いてくれるかと思ったのですが……」
「ええ、もちろん驚いてるし、喜んでいるわ。ただ……」
「ただ、なんです?」
「……あなたが全然、何かをなし終えたって顔をしていないものだから……」
白い眉を寄せるハルモの視線に触れ、胸の奥がわずかに揺れた。
ハルモが続ける。
「もしかしたら、知ってしまったのかしら……?」
その問いにディランは押し黙った。しかし沈黙は答えをすでに語っているようなものだ。
まごつくディランが何かを言おうとする前に、ハルモがさらに続けた。
「そうよね……何か記録が残っていても不思議ではないものね」
ディランは分かっていた。ハルモがなぜ情報を隠したのか。真実から遠ざけたいと思ったわけではない。この星の暗い思惑から、自分を遠ざけようとしてくれたのだろう。
ディランは言葉を選ぶように一度まぶたを伏せ、それからゆっくりとハルモを見た。
「……はい。母のこと、父のこと、そして、教団の事も……大体のことは」
「そう……いつ頃から?」
「半年ぐらい前、になります……」
ハルモは物憂げに目を細め、視線を落とす。その悲しげな表情。
思わずディランは、「ハルさん……!」と声を張った。
「ハルさんが話してくれた、例の文明依存症の話。あの話を聞いていたからこそ、さまざまな事情を考えられるようになった」
「……つまり、教団の欺瞞も、文明依存症の結果、だと」
「ええ。安心してください。私も月に必ず帰らなければならない身ですので、無茶はしません。そんなこと、母が望むはずもありませんから。」
「ふふ……」
「私があなたに話せなかったのは、まさにその理由なの。彼、あなたのお父さんは、あなたがここに来ることを望んでいなかったんじゃないかって思った。もし真相を知って教団を糾弾するなんてことになれば、それもまたサラの望むことではないから」
「……はい。私もそう思います。この星の支えになっている、それだけは事実だと思うので」
「……その話を知りながら、何も行動を起こそうとしなかった私をどう思う?」
「わかりません……どう思っていいのかすらも。ただ――」
「ただ?」
「母の望む形で、この星を救いたい。そう考えています。それに……ハルさんはこの地を守り続けてくれた。機械人形を修復できたのもハルさんがいてくれたから、これは間違いないと思います」
「……まぁ」
ハルモは物憂げにまぶたを伏せ、写真立てへそっと視線を移した。その瞳には、静かに光が揺れている。
老婦人の横顔が、深い痛みを訴えてくるようで、ディランはたまらず話題を逸らした。
「え、ええとですね……しばらく経過を観察して、それで……二週間後にはここを発とうと思うのですが」
「ええ、……わかったわ。私も準備をしておきます」
「ありがとうございます……」
言葉の先を続けられず、ディランは天井を見上げた。それを見て、ハルモが微笑む。
「あなたが謝ることではないわ。私が決めたことだから……それで、これからどうするつもり?」
「ええ。実はアクエッタ人の知り合いがいて、仕事を紹介してもらえそうです。何やら、月の使節団がこの星に来るとかで、人手が足りないらしく」
「まぁまぁ。アクエッタに知り合いがいたなんて、やるわね。けど、月の使節団って、一体何をしに来るのかしら」
「さぁ……ああ、それから……英雄の丘にも寄ってみようかと」
「英雄の丘……そうね」
ハルモの表情に、かすかな陰りが差した。
「あなたがこのアクオーネに来たきっかけは、彼、ユーフォですものね……彼の事、恨んでいるかしら?」
「いえ、とんでもないことです。感謝していますよ。おかげで学びもたくさんありましたから」
「それはよかったわ。なんだか私まで安心した」
「それはもう。機械人形はともかく、公害症のこと。妻の病気の治療の参考になる気がして」
「……病気? お嫁さん、ご病気なの?」
「え、ええ。まぁ……」
ディランはそこで口をつぐんだ。
母親が命を落とした、まったく同じ病気に苦しんでいる――わざわざそう告げて、ハルモの悲しみを呼び覚ます必要はない。
ハルモはそんなディランの心情を知ってか知らずか、
「いいの。話したくなった時で……」
と頷きながら、それ以上は尋ねなかった。




