第五十四話 払うべき代償
その手紙の続きには、一転、角ばった規格設計書が続いていた。
手紙に言及のあった、機械人形の有用性を示す公害現場復興の企画書であろう。表紙には父親の署名がある。
(これが二人の馴れ初めになったってわけか……)
ディランはなんだか気恥ずかしくなって、むず痒そうに鼻先をこすった。
資料には機械人形にかかる根幹的な技術機密が、無造作に解説されていた。とはいえ、実際に稼働している完成品と見比べると、まだまだ理論が甘い箇所がある――この半年間資料にかじりついてきたディランは、そんな評価ができるほどになっていた。この資料は、父親の成長の軌跡にも見える。
「ふう……」
これまでの痛切な手紙たちと比べれば、この無機質な資料はよっぽ見慣れているものだ。胸に沈むように溜まっていた苦しさが癒され、自分を引き戻してくれる感覚を得る。
しかし問題は、この資料の持つ高い専門性だろう。画面の中で淡々と切り替わっていく設計図面。素人向けに幾分かは平易化されているとはいえ、教団が理解できたのかは怪しい。そんな疑いを持たぬほど、母親は教団に信望が厚かったようだ。
「信じるというのも、なかなか考えものだ……」母親の生真面目さにそんな皮肉を言いながら、彼はしばし天井を仰いだ。
……それにしても、母親が月で強引に参加させられていた疾病研究とは、一体何だったのだろう。
母親がアクオーネ公害症の第一人者だったとして、帰還の意志をないがしろにしてまで引きとどめたのはなぜなのか。
月の医師団などという団体も、存在を聞いたことがない――そんな疑念を頭の片隅に抱えながら、ディランは資料を読み下ろしていく。
企画資料が切れたところで、また手紙のような文面が表れた。
それはまた、母親から教団への手紙――目に飛び込んできたのは「原因不明の高熱、痙攣」という文字。それを指先でなぞりながら、ディランは目つきを一気に険しくした。
――ついに、月死病への罹患。
母の命を奪った病が、いよいよその牙をむいたのだ。
そこには淡々と、症状の進行が記されていた。研究者としての客観性を失うまいとした、そんな必死の抵抗が文面ににじみ出ている。そこに続けて、星に戻ることが叶わなくなったという無念も綴られていた。
これほど星を思いながら、その地を踏めぬまま、とは……月側に少しでも温情があれば、母親の、そして、このアクエッタの運命も変わっていたはずだ。
そして父親はこの、母親の望郷への想いをついに遂げるべく、この星に母を弔ったのだろう。しかし、父親が目にしたのはこの星の惨状。母親が教団に欺かれていたことを知り、「裏切られた」と発したのだろう。
(そういえば……)
よくよく考えてみると、結婚や出産のことについて一切書かれていない。だが、公的なやり取りと考えれば、それも当たり前な話である。
それでもディランは、母親の言葉で自分への言及が何かないか、心のどこかで期待していたようだった。すっと心から何かが抜け落ちたように、力なく肘掛けにもたれる。
――気づけば、傍らにいたはずの機械人形はいつの間にか姿を消していた。静謐な室内にただ一人。ため込んだ想いを吐き出すように、ディランは大きく息をついた。
今、涙の渇きとともに、彼は不気味なほどの落ち着きを取り戻していた。
在りし日の母親の姿にルミナリアを重ねるとき――父親がもし『白い箱』を知っていたなら、母親を『保存』しようとしただろうと考える。そう思い至ってしまうと、これ以上、父親を追跡することすら無駄なものに感じてくる。
その時、無になりかけた彼の心に、確かな炎が二つ灯った。
一つはこの、機械人形の修理を成し遂げること。
そして、もう一つは――
辺境の星アクエッタ。この星の静けさの底で、何かがゆっくりと動き始めようとしていた。




