第五十二話 手紙
偉大なる教主様
突然のお便り、失礼いたします。
先に教団へお知らせしたとおり、公害症の根治研究が完成しました。
ご先代様には大変お世話になったにもかかわらず、ご存命のうちにこの知らせをお届けできなかったことを、残念に思っております。
本来ならば、私もそちらへ赴き、治療を先導したいところなのですが、月の医師団から疾病研究への参加を求められております。
不躾なお願いで申し訳ありませんが、どうか教主様からも、王家へ御言添えをいただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
偉大なる教主様
お変わりなくお過ごしでしょうか。
初めてご連絡を差し上げた時から、アクオーネではもう三十余年が過ぎているのですね。
月での疾病研究は、順調に進んでおります。
一刻も早く研究を完成させ、そちらへ戻れる日を夢見ております。
今回ご連絡したのは、他でもありません。
先日、アクエッタからの渡航者の話を聞き、治療活動がなかなか進んでいないと知りました。
こちらからお送りした資料に、不鮮明な部分があったのではないかと思い、追加の説明資料を作成いたしました。
また、もしこちらへ医師を送っていただけるのであれば、治療の方法を直接教えることもできます。
現場のことも知らず、身勝手なことばかり申し上げて申し訳ありませんが、どうか、よろしくお願いいたします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
教皇様
先般は、なれなれしい手紙をお送りしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
決して、教皇様を侮辱する意図があったわけではございません。
私の使命は、アクオーネの復興にあります。
教団が傷病者の救済に尽力されていることも、重々承知しております。
そのことを忘れ、私の考えを押しつけるような手紙になってしまったことを、深く反省しております。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マナス教団本部長 様
初めてご連絡を差し上げます。
私は、教団より援助を受け、月の都にて研究員をしております、サラ・アクオーネと申します。
ご就任のご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません。
さて、今回ご連絡したのは、お伝えしたいことがあるためです。
月の都に、機械人形の研究者がおり、公害現場の無人修復について話をする機会を得ました。
つきましては、以前アクオーネ家が保有していた事故現場の現地調査資料を、こちらへ送っていただけないでしょうか。
必要な資料については、別途詳細の通りです。
私は機械人形については素人ですが、アクオーネにとって革新的な解決策となるのではないかと、もう心が躍っております。
お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
ご連絡をお待ちしております。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マナス教団 御中
私は、教団より援助を受け、月の都にて研究員をしております、サラ・アクオーネと申します。
現場資料の件、ご連絡ありがとうございました。
資料消失の件、大変残念に思います。
アクオーネでは、すでに長い年月が過ぎてしまったのですものね。仕方のないことなのかもしれません。
ですが、我々は前に進まなければなりません。
機械人形の研究者と話をしまして、協力をいただけることとなりました。
私の記憶をもとに基本的な情報をお伝えしておりますが、彼はアクオーネへ赴き、現地調査をすることも考えてくれています。
そこで、ひとつお願いがあります。
アクオーネへ支払われている賠償金のうち、ほんの一部でも、こちらの機械人形の研究に回していただくことはできないでしょうか。
在りし日のアクオーネの景色を取り戻すために、どうかご検討いただければ幸いです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マナス教団 御中
先日は、援助についてご検討いただき、ありがとうございました。
有用性を示す資料を現在作成しておりますので、少々お待ちいただけますか。
今回、少し気になっていることがあり、再びご連絡いたしました。
アクエッタでの公害症の根治治療について情報が広まっておらず、いまだに緩和処置が盛んに行われているという話を聞く機会がありました。
公害症の治療が進んでいるものと思っておりましたから、状況を聞き驚いております。何か私の知らない事情があるのでしたら、お聞かせいただけないでしょうか。
差し出がましいことを申し上げているのは承知しておりますが、どうしても気になり、ご連絡いたしました。
よろしくお願いいたします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マナス教団 御中
ご返信ありがとうございます。
治療が順調に進んでいるとのことで、安心いたしました。
私が耳にした話とは少し違っていたため、余計な心配をしてしまったようです。非礼をお許しください。
私の心は、アクオーネと共にあります。
ありがとうございました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◇ ◇ ◇
「違う……違うだろ……」
ディランの口から、低い声が漏れた。
そこに記されていた母親の言葉たちを、何度も読み返していた。
続きがある。読まなければ。
――だが、そのうちに、画面がにじんで見えなくなった。
拳が震えだした。
欺瞞だった。治療など、この星では行われていない、どころではない。シプタの話では、むしろ禁じられているもののような扱いをされていた。
それをディランは知っていた。
何か事情があったのかもしれない――それを差し引いても、教団からの返信が真実に思えなかった。
何度手紙を送っても、返ってくるのは曖昧な返事ばかり。個人的な親愛から、事務的な連絡への後退。徐々に疎まれていることを知りながら、それでも母は諦めず、アクオーネのために手を尽くしていたのではないか。
そんな姿まで想像できて、また涙があふれてくる。
「……ふざけるな」
しかしディランは、流れる涙を拭おうともせず画面を睨んだ。
何も知らなかった。何も知らされていなかった。
父はなぜ、こんな重要なことを教えてくれなかったのだ。
――いや、違う。
「裏切られた……」
ハルモから聞いた父親の言葉。
「親父も、知らなかった……のか?」
それを知るためには、泣いている場合ではなかった。
ディランは袖で乱暴に目元を拭い、震える指を画面へ伸ばした。




