第五十一話 隠された真実
「あら、お帰りなさい」
ハルモは、何事もなかったような顔でディランを迎えた。ディランもまた、思いつめた様子を見せることなく、その言葉に笑顔を返した。どうやら、ハルモの好意を素直に受けることにしたらしい。
「ごめんね。騙すようなことをしてしまって……」
「いえ、もうその件は……あのお金は、修理のために大事に使わせてもらいます」
そう言って、ディランは頭を下げた。
「そう、よかったわ……」
ハルモの表情がわずかに緩む。
ディランの遠慮がちな性分を重々承知していたハルモーー正面からお金の話をすれば、彼は受け取ろうとしないだろう。だからこそ、半ば強引に送り出した。
それでも、彼女に後ろめたさはあったのだろう。ディランの了承を受け、ハルモは胸元に手を当てて小さく息を吐いた。
「ところで……ハルさん。確認したいことがあるのですが」
「あら……何かしら?」
ハルモは首を傾げてディランを見つめた。
「以前、ハルさんは三年くらい前に機械人形が破壊された、とおっしゃっていましたよね」
「ええ。そのくらいだったかしら」
「ハルさんが足を悪くしたのもその頃、ですか?」
「……」
その問いに、ハルモは明らかに表情を沈めた。それを見たディランが小さく首を振る。
「……答えたくなければ結構です。伺いたいのは機械人形の振る舞いについて……でして」
「振る舞い?」
「そうです。機械人形がハルさんの身の回りの世話をするようになったのもその頃、からでしょうか?」
「ええ……その頃ね」
「やはり……」
「あ、あのね、ディル……」
ハルモは小さな声で言った後、少し考えるように目を伏せた。
「ごめんなさいね……私もあの子たちに迷惑かけていることは分かっていたのだけど……」
「いえ、そんなことは……」
「ふふ、いいのよ。実は……もうずっと前から、それこそ、この足をケガしてしまったときから、潮時だと思っていたの……それまでは自分のことは自分でやっていたから落ち込んでしまって。もう、とっくに気持ちは切り替わったのに、ずるずると、ね。」
そんなことを言いながら、ハルモは苦笑いを見せた。小さく息を吐いて続ける。
「ただ……踏ん切りがついたの。あなたがここに現れたことで、自分がここにいつづけた理由、そして、ここから移動すべき理由をもらえた気がしてね」
「それで……ですか?」
「ふふ。でも、あの子の修理を見届けるまでは私もここに残るわよ。あなた、放っておいたらいろいろおろそかになりそうだし」
「それは……すいません。お手数おかけします」
ハルモが小さく首を振る。
「いいのよ……それにね……この話は話半分で聞いて欲しいのだけど……」
「なんでしょう?」
ハルモは気持ちを整えるように、小さく頷くと、静かに語り始めた。
「……あの子たち、サラの雰囲気があるって思うことがあるのよね」
「母の、ですか……?」
ハルモは困ったように笑って言った。
「ふふ、おかしいでしょう。機械人形には感情も何もないって、あなたに教わったのにね……」
◇ ◇ ◇
ディランは研究所の椅子に深くもたれ、さっきのハルモとの会話を思い返していた。
(……彼女は、一体何を隠そうとしているのだろう)
――隠していると思われるものは、二つあった。
ひとつは、足のケガ。
もうひとつは、父がこのアクオーネに来たときの言葉。
しかし、それらが機械人形の修理に必要な情報かといえば、そういう訳ではない。ディランもそれくらいのことは認識していた。
(私はどうして、ここまで気にしているのだろうか)
そこまで考えて、ディランは小さく笑った。
考えてみれば、自分の方がおかしい。
資金面の心配もなくなり、機械人形の修理に専心できる状態になったというのに、修理とは関係のないことばかり気にしている。
「……まったく、非効率だ」
誰に言うでもなく呟いて、ディランは椅子から身体を起こした。
「あっ、そうだった……」
ディランはここで、出かける前に実行していた、破損機体の自動解析を思い出した。
「さて、どれどれ……」
端末の画面を覗き込む。膨大な解析結果を一つ一つ、目で追っていく。
思ったよりも、機体の状況は良好なようで、損傷部分は確認できなかった。この有無で、修理期間は大きく変わることとなる。
しばらく進んだところで、ディランの指が止まった。
「……ん?」
見慣れないデータ形式……
機械人形の左胸部。通常の解析データとは少し離れた場所に、小さなデータが残されている。
「これは……」
ディランは眉を寄せた。
短い書き付けと、いくつかのデータ。
通常、核の部分以外にプログラムを入れることはない。機械人形の動作には必要がないし、下手に残せば誤作動の原因にもなる。
「……技術情報か?」
思わずまた、独り言がこぼれていた。
――『機械人形のプログラム過程で、想定しない動作を確認――しかし、取り除くことによって能率の低下を確認したため、このまま残置する』――
想定しない動作――取り除けば、能率が落ちる――だから残した。
(これが例の、機械人形の振る舞いに関連する情報なのか?)
そう考えると同時に、椅子の背から身体を起こしていた。今度はデータの方へと恐るおそるカーソルを合わせる――その指先はわずかに震えていた。
ディランは息を詰めた。
画面いっぱいに、隠されていたデータが展開されていく。
「……これは……」
驚きによって見開かれる両目。
――画面の光が、ディランの顔を青白く照らしていた。




