第五十話 決意と真意
アクエッタ中央地区での用事と買い付けを済ませ、ディランはアクオーネへの帰路についていた。
必要な資金も手に入り、修理に使う部品も揃った。本来なら、久しぶりの遠出を終えた安堵とともに、研究への熱意を温めているはずだった。
だが、ディランの表情は晴れない――彼の頭を支配していたのは大使館で聞いた、ハルモの立ち退きの話だった。
(ハルさんはお金を用意するため、土地を手放す決断をしたのではないか……)
手続き後も何度か連絡を取ってみたが、ハルモは「それで問題ない」と繰り返すばかりだった。詳しいことを尋ねようとしても、ひらりと話を逸らされてしまう。
自分がアクオーネに現れたことで、何かをハルモに負の影響を与えてしまったのではないか。
顔を合わせたとき、どんな態度で接するのが正しいのだろう。
そんなことを考えているうち、段々と気持ちは沈んでいった。
結論はまとまらないまま、列車はアクオーネ駅へ到着する。重い足取り、頭をもたげるようにして列車を降りるディラン。
そこへ「おう、ディラン!」と、聞きなれた声がかかった。
「あっ……車掌」
「今が帰りか? 行きも帰りも会うとはな」
「よかった……ちょうど、車掌さんに伺いたいことがあって……」
そう告げるディランの顔色を見て、車掌の笑みが消えていった。
「……なんだ。ずいぶん深刻そうな顔をしてるじゃないか」
「はい……ちょっとだけ話、できますか?」
「……分かった。そこの待合室で待っていてくれ」
「ありがとうございます」
力なく頭を下げ、ディランは指示された待合室へと向かっていった。そんな彼の、すっかり縮んだ後ろ姿を見送りながら、車掌は小さく息を吐いた。
(ハルさんに……なにかあったか?)
車掌は頭に浮かんだ嫌な考えを振り払うように首を回し、仕事へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
「待たせたな。まぁ、そこまで時間は取れないのだが……」
しばらくして戻ってきた車掌は、そう話しかけながら周囲を見渡し、
「……こっちへ来い」
とだけ告げて、駅舎の奥へと歩き出した。ディランの表情を見て、ここで話すようなことではないと判断したのだろう。
案内されたのは、駅員が使う小さな休憩室だった。
「で、何があった?」
ディランは頭を下げて椅子に腰を下ろすと、これまでのことを話し始めた。
自分が今、機械人形の修理に取り掛かっていること、実は機械人形が自分の父の開発したものであること。そして、大使館で知ったハルモの立ち退きの話、それについて……自分には相談がなかったことを。
「それで……なにかハルさんから聞いていることはないかと……」
「ふーむ、なるほどな」
車掌は背もたれに身を預け腕を組んだ。
「俺も最近ハルさんと話したわけではないが……そこまで気にすることはないんじゃないか」
「ですが……」
「立ち退きの話自体は事故のあとからずっと言われていたことだろう。それに最近、足を痛めてしまったからな。単純に便利なところに移りたいってのもあるだろう」
「まぁもちろん……はい」
「それに、ハルさんは機械人形を自分の子供みたいに可愛がってたからな。修理のお金を出したいっていうのも不思議じゃない。機械人形は、事故の現場の修復をしてくれてるんだろ?」
「……もちろん最善は尽くしますが、修理できると決まったわけでは……」
「うむ。今思えば……ひいひいばあちゃんが言ってたような気もするな……ハルさんの機械人形は昔、月の人間が作ったんだと。それがまさか、お前の父親だったとは。俺たちにとってもありがたい話だ」
「しかし……ハルさんがあの場所を大切にしているはずです……それに、私には一言も」
「そうか……」
車掌は顎をさすりながら、少し考えた。
「どんな心境の変化があったのかは、俺にも分からん。それに、お前に話せば了承しないと思ったのだろうな。だが……」
そう言って、車掌は帽子を外して頭を掻いた。
「……ハルさんは、自分がいることで、機械人形に迷惑をかけていると言っていたことがあってな」
「……迷惑?」
「ほら、機械人形はハルさんの世話をしてるだろ。だから、自分があそこで暮らしているとで邪魔してるんじゃないかって。機械人形が星のために働いているとなれば……なおさら、な」
「そんな……」
ディランは言葉を失った――ハルモがそこまで思い詰めていたとは。
だが、言われてみれば、思い当たることもある。足の悪いハルモの生活を支えているのは機械人形たちだ。資材を運ぶことも、日々の細かな仕事も代わりにやっている。
これが実は、ディランを悩ませている種でもあった。機械人形たちの行動はディランにも予想がつかない部分がある。核を解析しても、時折見せる人間らしい動きが、なぜ生じるのか分からない。
その時、ディランは胸の奥にとある引っ掛かりを感じた。
「……あの」
「ん?」
「ハルさんは最近足を悪くした、と言われましたよね?」
車掌は少し首を傾げる。
「そうだな。例の、機械人形が壊された頃だから……大体、三、四年前か」
「三、四年前……」
「ああ。何でケガしたのか聞いても、転んだとしか言わない。年齢も年齢だから、そういうこともあるかと思ったんだが……」
車掌はそこで一旦言葉を止めた。
「……ただ、それまでは元気に歩き回って、ここまで買い出しに来るくらいだったからな……」
「そうだったのですか……」
そこでディランは目を伏せた――ハルモの足が悪いのは公害の影響によるもの――ハルモを世話する機械人形の動きは、父親が設定を残していったもの、そう思い込んでいた。
だが、事実は異なるらしい。
最近足を悪くしたということならば、機械人形は父親が去った後、自律的にハルモの世話をし始めたということになる。
――考え込むディランを見て、車掌は居住まいを正した。
そして、
「……まあ、お前にも思うところはあるだろうが。ハルさんが決めたことなら、その意思は尊重してやってもらえないか」
そう言って、頭を下げる。
「車掌さん!」
ディランは慌てて身を乗り出し、その肩に手を添えた。だが、ゆっくりと顔を上げる車掌に、ディランは何も言えなかった――「わかりました」 そんな一言さえ、その時の彼にはひどく軽率なものだと感じられた。
神妙な顔つきのディランを見て、車掌は観念したように音をつぶった。そして首のあたりを掻きながら「ああ、そうだ……」と漏らした。
「行きに気にしていただろう? 例の救世隊のことを」
「え? まぁ……あの、子どもたちの治療をするという団体ですよね」
「実は俺も、今年は随分子どもの数が多いなと思って聞いたんだがな……どうも、月が視察に来る予定があるらしくてな」
「月が、ですか……? 一体何の?」
「詳しくは分からんが……それで救世隊が張り切っているらしい。月の考えは分からんが、まぁ……多くの子どもたちが救われるなら悪くない話だ」
「ええ、それはもちろん」
「おっと、もう時間だ」
車掌は腰を上げ、帽子を軽く整えた。
「……じゃあ、ハルさんによろしくな」
「ええ……ありがとうございました」
ディランは急いで立ち上がり、車掌について部屋を出た。
駅舎には、仕事を終えた作業者たちが集まり始めていた。疲れた顔で言葉を交わしながら、次々と車両へ乗り込んでいく。
その人の流れの中へ、車掌の背中が少しずつ紛れていく。
ディランはその姿を見つめながら、しばらくその場に立っていた。
――ハルさんが決めたことなら、その意思は尊重してやってもらえないか。
ハルモにどういう顔をして会おうか。まだその答えは、出ていなかった。




