第三十一話 青年の決意
「ええと……」
その重い沈黙を破ったのは、船長だった。ヒゲが生え始めた頬をジャリジャリかきながら、ディランへ尋ねる。
「あの豚が密輸組織と共謀していたとして、なぜ、急に裏切ったんだ? 俺を悪者にして船を奪うことも出来たし、そもそもコンテナの一個くらい軍艦に隠せたんじゃないか? ニコスが何か働きかけたとか?」
「いや……」とディランが即応し、居住まいを正した。
「まず、師団長であろうと憶測だけで再調査の命令は出来ない。そんなことをすれば調査団の独立性が毀損され、調査自体の権威や正確性を貶めることになる」
「確かに、理由無く権限を振るえば組織はがたがたになる」
「じゃあ、何でだ?」
「まず、現在地から最寄りのドッグはガスの星『モガタク』になるが、今から寄港すれば第四師団の本隊に鉢合わせる。だからといって他の星へ曳行を頼んだとしても最寄りである本体直属の部隊が来る可能性が高い」
「それで?」
「……おそらくカンサはこう考えたのでしょう。師団長相手では権威も通じず、直属の部隊には一瞬で看破されてしまう……」
「まぁ、ニコスなら容易に見抜くだろうな。直属部隊も精鋭揃い。豚は詰んでいたわけだ」
「そう、彼は悩んでいた。密輸組織と軍の板挟み、デキシが露見すれば密輸組織に、隠蔽がバレれば軍に関与を追求される。私は彼の困った姿を見るに見かねて、ほんの少し、入れ知恵……オホン、お話をしました。お気の毒に……エンジンが止まってしまったばっかりに……」
「……止めたのはお前だろ……で?」
「さりげ気なく、蜥蜴の尻尾切り、大事の前の小事など、良くある一般的な教訓を吹き込んだだけです。そのうちに彼は、奴らを検挙して手柄にすることを思いついた。今回の功績で自身の軍内の地位が向上すれば、長い目で見て密輸組織にもプラスになる、とでも考えたのでしょう」
「なんと……浅はかすぎるだろう。入管だってブチ切れるぞ」
「嬉しいことに、彼は何もかもすべて自分の功績だと報告すると言っていた。お陰で私も足がつかずに済みそうです」
「……完全に手の平の上じゃねえか。そんなに都合よく……」
「確かに、猜疑心の塊のような男でした。なのでそこは、酒の力を借りたのです」
ディランから出た酒という言葉に反応し、船長が「あっ!」と声を上げる。
「そう言えばディランお前、酒をたくさん隠し持っていたらしいな……料理長から聞いたぞ」
「おっと、さすがに目撃者がいましたか……」
「あの酒はツテがなければ手に入らんような幻の酒だ。それをどうやって……」
「お詳しいですね」
「そらそうだ。あの酒はいつも月に寄る時、俺が直々に知り合いの酒屋に連絡して融通してもらっている一級品……この船でも出しているが、値段が張りすぎて年に一つ栓が開くかどうかの代物だぞ」
「ええ。非常に高価なものです。私も出発前、奮発してあのお酒を買うべきか否か……非常に悩みました」
「よく言うぜ……俺はあれをな、船旅が終わった時に一本開けてじっくりと、旅を思い出しながら少しづつ味わう……それが生きがいなのよ。今回の仕入れ分はアイツラに全部飲まれちまったが……」
船長の言うアイツラとは、例の8人組である。船長が仕入れたという酒は、月を出港後ものの一ヶ月で彼らに飲み干されてしまった。
「はい。彼らの羽振りの良さ。それも私が彼らに不信を抱いたきっかけだったかもしれません」
「しらばっくれやがって。あんなに景気よく身銭を切るお前だって、相当金持ちなんだろう?」
「いえ、あれはですね……」
そこで急にディランが、照れくさそうな笑みを浮かべた。
「私が交易船に乗ったのは金銭的事情のためですよ。決して裕福ではない……あれは空き瓶をこっそり廃棄倉庫から拝借し、食堂で買った酒を詰め替えたものです。仕上げにゴミ箱から拾った栓をギュッと押し込んで……」
「はあっ!?」
「いやでも、望外に喜んでもらえましたよ」
「お、お前なぁ!……すぐバレるだろ、そんなの……」
「くっくっく……」
やり取りを聞いていた少年が、なんとか笑い声を噛み殺している。少し涙目になりながらディランへ向き、
「お主、大胆不敵と言うか、容赦がないのう……顎をしゃくって偉そうに振る舞うあの男がそんなことも見抜けなんだとは……恥の上塗りじゃ」
「終始ご満悦で、自身の優秀さや部下の文句を肴にどんどんと……というか」
そう言ってディランは船長を見据える。
「私が持って来た酒は船長に全部飲まれてしまいましたからね。母の墓前に捧げようと思っていた分まで巻き上げられて」
「いや、そ、それは本当に悪かったって! 俺だって知っていたら……っておい!? あの時の酒も、まさか!」
「いや、あれは正真正銘、私のお金で購入してきたものです。飲んだ時に「安物の酒とは違うな……」などと褒めていたではないですか」
「も、もちろんだ。俺は違いがわかる男だからな……いや待て。今思えばお前まさか、俺に貸しを作るためにわざと、あの最後の一本をちらちらと……」
「はて? 何のことでしょう……皆目検討もつきません」
そのやり取りに少年は堪えきれず、声を出して笑った。ひとしきり笑った後、
「……あの団長、その安酒の勢いで意気揚々と本隊へ調査報告に向かったのだろうな……師団長はすべてを知っているというのに……」
と呟き、また笑い声を上げる。船長が腕組みして応える。
「同情の余地はありません。あの豚をどのように調理するのか……ニコス殿の腕次第、ということですな」
◇ ◇ ◇
コンコン。
――乾いたノック音が響くと、室内の空気が一瞬で張りつめ全員が反射的に背筋を伸ばした。
「誰だ?」と、船長は緊張感のこもった低い声をあげる。
すると船員が扉の隙間からひょっこり顔を出し、
「いえ、失礼します船長! 軍の奴らが呼んでますぜ。今後のことで話があるから至急呼んで来いと」
と、少し怯えながら話した。
そんな船員の顔を見て、船長はこわばった面持ちを弛緩させながら、
「そうか……わかった」
と、安堵に溢れた声を漏らす。軍もまだ船内にいる中で、ついつい話が盛り上がりすぎてしまったと思ったのだろう。
室内を不思議そうに見まわす船員、続いて、
「あ、丁度良かった! ドクターも、軍の奴ら、話を聞きたいから艦まで来るようにと」
と、シプタへ声をかける。
「え、私もですか?」
「はい、詳しい話はわかりませんが……」
そこで船長が立ち上がり「では、一旦解散としましょう」と一拍した。皆が立ち上がり、部屋から退出していく……が、一人椅子に座ったまま物憂げに思案する人物がいた。
シプタである。
ディランは少し微笑みながら声をかける。
「心配はいらない。もう調査団は正常化したと思う。おそらくはデキシの聴取、証拠固め、ということだろう。治療記録や証言、例の寄港騒ぎの件など……まさかアクエッタ人だからと言って君の関与を疑う、なんてことは無いだろう」
「はい……」
「しかし……事の経緯によっては免許のない私を医療行為に参加させたと咎めを受けることになるかもしれない。そんなことになれば、君のキャリアに傷が……」
「いえ、それは問題ではありません。先生は直接患者さんに治療を行ったわけではないし……それに、そのお陰で命を救えたのですから……」
そう言うと、シプタは満面の笑みをディランに向けた。その笑顔に、ディランは少し照れたように目線を下げた。
すでに廊下へ出ていた船長が、
「おいドクター! 早くしろ、行くぞ!?」
と急かしを入れると、「は、はい! じゃあ、行ってきます!」とシプタは跳ね上がるように立ち上がり、すでに歩き出している船長の後ろについて行った。
船長室前の廊下に取り残された三人。
「……さてディラン、丁度良い。我々の話をしておこうか」と少年が切り出すが、ディランは、「いや、厄介事はもう十分だ」とすげなく答える。
「お主がそれを言うか……厄介事に首を突っ込むのが趣味かと思ったが……」
「……一理ある。が、今後は気をつける。悪いが、久々の重力と先ほどエンジン内で吸い込んだガスのせいで気分が優れなくてな……では……」
と言い残し、ディランはそそくさと立ち去って行った。
少年はディランの背中を見守ったまま、
「どう思った?」とグランに問う。
「はい……底が知れない、ですが、悪人ではないと思います」
「そうだな……人を見抜く目は、こうやって少しづつ養っていくしかない。しかしグランよ、顔に出すぎだぞ。奴には見抜かれていただろうな」
「……申し訳有りません、つい。『モガタク』と聞くとどうしても思い出してしまって……あの時、私にディラン様のような深謀遠慮があったなら……などと考えてしまいました」
「あれはお前が悪いのではない。いつだって、悪人が悪……しかし、僥倖ではないか。軍神がモガタクに向かっていると。彼が我々の代わりに仲間の無念を晴らしてくれるかもしれん」
「どうなのでしょう……月の軍はシンジゲートの正体に気付いていたということでしょうか」
「……いや、ディランはああ言っていたが……奴が軍神を動かした、私はそう思っている」
「本当にそうであれば、シェルマン様がセクオイアに戻れる日も」
「いや……兄上の件は私が決着を付けねばならん。それに、月に頼ってしまえば内政干渉に大義名分を与えることにもなる」
「……考えが浅はかでした。申し訳有りません」
「いや、謝らなくても良い。偉そうに言っているが、私も生死の間に落ちてやっと覚悟が決まったところだ。ヒペリオには……老体に鞭打ってもらうこととなるだろうが」
「……シェルマン様、いかがでしょうか? ディラン様を味方に引き入れるというのは……彼の頭脳は常人の測りを超えている」
「……良い案だが、無理だろう。奴には目的が有るようだし、今の我々には力がない。それに……」
「それに?」
グランの問いに、少年は手の平をじっと見つめ、
「奴は、私の手に余る……それほどの器」
と、無念そうに呟いた。
その様を見ていたグランが、何かに突き動かされたように全身を身震いさせる。そして、自身の胸を強く拳で叩き、
「……それならば、私が彼の代わりとなりましょう。何年かかるのかも、果たして彼の域に至ることができるのかもわかりません……しかし目指すとなればもう過去を悔やんでいる時間も泣き言を言っている時間も惜しい。このグラン、森の民の誇りをかけて、ここに、不断の努力を誓います」
と告げた。
驚いた少年の顔。それが徐々に晴れやかな笑顔となっていく。
「お、おお! ……よくぞ言ったグラン! その意気だ!」
「シェルマン様……ありがたいお言葉ですが、少し声が大きいようです……」
「おお、つい……しかし、嬉しいな。ふふ、ディランに礼を言わねばな……」
「い、いえ。おやめください……鼻で笑われてしまうかも知れません」
「ふふ、分かっておらんな。奴ならきっと、「私は、目指されるような人間ではない……」などとぶつくさ言いながら照れるに決まっている」
少年はそう言って、グランの背中をとん、と叩いた。二人の眼差しには、何か火が灯ったように光が満ちていたのだった。




