第三十話 鬼と軍神
——船長室には、船長、グラン、少年、そしてシプタが待機している。
船長はベッドに、他の三人は応接用の椅子に腰掛け、皆が一つだけ空いている椅子をじっと眺めていた。
そこで扉が開き、ディランが入室してくる。
「お、来たか」と船長が
身綺麗になった彼は一同に頭を下げ、椅子に腰を落としながら、
「おまたせしました。では、早速本題に……と、何から話せばよいのやら……」
と、歯切れ悪く切り出す。その体からは、いまだ燃料特有の鼻につく匂いがかすかに漂っていた。
しばらくの沈黙の後、
「では……」
と、口火を切ったのはシプタ。ディランへと向き直り、
「……結局、この船にはデキシが積まれていたということでしょうか?」
シプタの真剣な眼差し。ディランもそれに応えるよう、目に力を込める。
「ああ、おそらくは」
「え、おそらく?」
「そう。結局私も積荷を調べさせてもらえた訳ではない」
「あれ? そうだったんですか? わざわざ倉庫モジュールに移ったのに……」
「なにせ船長が……」
ディランが船長を一瞥する。船長は顎を掻きながら、
「はて。調べるなとは言っていない。あそこに入ったら殺す、そう伝えただけだ」
と答えた。シプタは視線の先を船長へと移して尋ねる。
「危険物を運んでいたかもしれないのに?」
「もちろん、森の民である俺がデキシを自分の船に隠されたなんて聞いて、平気な訳がない。だがな、交易船にとっちゃ積み荷は命より重い。船長ですら許可なく触れられるものじゃあない」
「でも、何も証拠がない状態では軍も取り合ってくれないのでは……?」
「普通はな……ディランは医学的に間違いないと自信満々だったが、月の入管を通った貨物を再検査するなど、身内のメンツをつぶすようなもんだ。軍を動かすなら他の手を考える必要があった。だが……」
「だが……?」
シプタの疑問に答えるように、船長は顎でディランを示す。
「……そいつが勝手に連絡しやがった」
船長から射抜くような視線が送られると、さすがのディランもその眼光に気圧され少し腰を浮かし、居住まいを正した。
「えっ、ええ……」
ディランの暴走を聞き、さすがのシプタも彼を凝視したまま固まってしまう
そこで代わりに少年が、
「して、ディランよ。軍はなんと?」と質問を続けた。
「ああ、まず、積み荷に触らないよう指示を受けた。ああ。下手に触ったら、こっちの動きが露見する、と」
「露見?」
「仮に禁止物を運んでいたとして奴らが無策ではないだろうと。積荷に何か異常を検知するような機器を付けていて、積荷を調べようとすれば気取られる、と」
「……なるほど。抵抗を試みるか隠ぺいを図るか……いや、あんなものを運ぶ連中だ。人質を取って暴れるなり自爆するなり……軍としては余計に厄介な状況になるな」
「シプタから8人組と聞いた時、違和感があったのだ。彼らが食堂で酒盛りをしていた時はせいぜい6人だったからな。他のメンバーは部屋に残って交代で機器の監視……まぁ、これも推測の域を出ないが」
「結局、荷物は確認できないままだった、と」
そんな二人の会話の横で、シプタがあたふたと手を動かしている。そして、
「アハハ……すいませんね……」と少年に向け頭を下げた後、ディランの耳元で、
(先生、この子、王子様だったんです……言葉遣いに気をつけてください)と囁いた。
ところがディランは顔色一つ変えず、「まぁ、だろうな」とのみ返す。
「し、知っていたのですか?」
「いや、身体的特徴からの推測だ。それより、この子と言っているが……幼体であっても君よりだいぶ年上のはずだぞ」
その言葉を受け、「えっ?」とゆっくり少年を見るシプタ。
やり取りを見ていた少年が軽く笑い、シプタに眼差しを送る。
「そうだな……我々のことについても、いずれ話さねばなるまい。ただ、今はディランの話を聞きたいのだが……よいか、船医?」
「も、もちろんです! まぁ、いろいろあって結果的に彼らは摘発された、と。しかし、すっかり騙されましたよ。あの、調査団長の説明を聞いたときは『終わった』と思いました」
グランが賛同の声を上げる。
「ええ、あれがまさか芝居であったとは。シェルマン様は見抜かれていたのですよね。あの時は何があってもただ見ていろと、それはもう厳しく言いつけられていましから」
二人は調査団の自然な演技と大捕物の迫力を感心しきりに語り合う。しかし、その会話の横で、今度は少年がディランに顔を近づけ囁く。
「おい……この者たちを哀れに思う心はないのか。お主の口から説明を……」
「ん? ああ……」
ディランは短く答え、頬の傷を掻く。
そのやり取りに耳をそばだてていたグランが反応し、
「なにか、あるのですか? ディラン様」
と尋ねた。
全員の視線がディランへと集まる。一瞬の沈黙の後、少年が口を開いた。
「話しづらいなら私から質問させてもらおう。ディランよ、お主は軍が不正に関与している。それを予見していたということで間違いないか?」
「……私がまだ月にいた時、入星管理局が不正を働いているという噂を聞いたことがあった。そこに今回のデキシ。これは事実を確認するいい機会だと思った」
「良い機会……か。こっちは死にかけているのに、冷徹な男だ」
少年が少し頬を膨らませる。グランが困惑の表情のままディランへ尋ねる。
「あ、あの。兵団が密輸組織と内通している……そんな情報もあったのですか?」
「いや。デキシは入管だけで扱えるような代物ではない。密輸となればこの航路を管轄する軍部にも関わりが欲しい……と、私が彼らの立場ならそう考える。……軍、それも調査兵団の買収を」
「し、しかし……もし本当に買収されていたとしたら……まさか!? あの逮捕自体も偽装!?」
その問いには、少年が至って冷静に、
「いや、あの逮捕は本物だろう」
と答え、「あれがお主の策、そういうことだな?」とディランへ確認する。
「いや、策と言うほどでは……うまくいったのも協力者あってのことだ」
「ほう? 例の、軍部へのちょっとしたコネと言うやつだな」
「ああ。この航路を管轄している月の第四師団長、ニコラウス・セリーヌという人物に連絡した。安心してくれ。彼は不正に関与するような人間ではないと保証しよう」
そう言って、ディランは船長を見た。船長は舌打ちを一つ放つと、
「ったく、何が保証しよう、だ。ニコスと知り合いと聞いた時はたまげたぜ。ヤツに頼まれなきゃ俺の大事なエンジンを危ない目になんて遭わせなかった」
と微笑みを浮かべた。ディランも笑い返し、
「はは。でも、それぐらいしないと調査団は欺けなかったかもしれません。特にあの側近、ただ者ではなかったですよ。しかし二人が旧知の仲とは思いもよりませんでした。宇宙は広いようで狭い」
そんな二人の談笑に少年が口を震わせている。その震える唇からやっと言葉が絞り出される。
「ま、まさかディラン、あ、あのニコスとつながっておったのか……」
「君も彼を知っているのか?」
「……とんでもないことだ。知っているに決まっているだろう。数々の戦役を鎮めた軍神ではないか」
「軍神……そんな風に呼ばれているのか? そもそも今回は彼の身から出た錆であって、君は被害者だろう。私も軍の膿を出してくれてありがとう、と、てっきり感謝されるものだと思ったが……危険なことに首を突っ込むな、お前は一体何をやっている、と逆さまに怒られ……」
「お主な……月の師団長が民間人と連絡し、軍を動かしたなどと知れれば……ただでさえ月は今、大変な状況だろう? ニコス殿にどれ程の迷惑が……」
「そう言われてみれば……この事はどうか、ここだけの話に」
ディランはようやっと自身が巻き起こした騒動の影響を認識したようだ。ニコスもきっと、頭を抱えているだろう。いや、それより深刻なのはシプタとグランであろうか。シプタは唖然と顎を落とし、グランなどは白目をむいて泡を吹いている。
——月の威光。船長のように月の人間の傲慢な振る舞いに憤慨する人間は多いが、そのような悪い評判があろうと月の権威が貶められないのは、圧倒的な軍事力と共にもう一つ、月の第四師団長ニコスの存在があった。彼は師団長となる前から様々な星間戦役を鎮めた英雄として、その名は他星の軍部に留まらず、民間人ですら名前を知っている程の有名人である。しかし、月の民であるはずのディランはそんな話すら知らない。彼は軍事や政治という、自身が興味がわかない分野にはとことん疎かったのだ。
少年は呆れたとばかり大きなため息を吐き出し、ディランへ尋ねた。
「……そうか。ニコス殿が今回の話に関わっていた、のだな」
「いや、彼も忙しいようでね。これは機密だが、彼のいる本隊はガスの星『モガタク』に向かっている。そこで彼にはただ、交易船から調査要請があったと師団内で共有してくれれば良いと頼んだ」
「……お主、機密の意味を知らんのか……しかし、たったそれで何も反応がなかったらそれまででは……?」
「その時はまた別の可能性を考えるだけだ」
「……まぁ結果、まんまと標的がやって来たと」
「ああ。あの調査団が密輸組織のセーフティネットだったのだろう」
「ふむ……大々的に組織を広げようとすれば本隊に勘付かれる。ニコス殿が看過するわけもない。そこで奴らはヴェスフォと月の入管、そして積荷の調査権限がある調査団、そこを最低限抑えていた、と」
「例の治療の際、8人組は頑なに寄港を拒んでいただろう。あれは密輸組織が航路のすべての星を掌握しているわけではない証左、そう考えた」
「しかし奴らはなぜ、こんな民間の交易船を選んだ」
「追跡を避けるため、ともう一つ、この船は貨物の逸失や荷逃がしがなく、確実な輸送が評判らしい、と船長自らが言っていた。それで選ばれたのだろう。本来なら暴かれるはずがないという条件が綿密に整えられていた。彼らの誤算はまさに、君。森の星の王子の存在だろうな」
ディランのその言葉にシプタはハッと我に返り、
「で、では、今回もし運び込まれていたら、アクエッタにデキシが……」
と呟いた。
ディランは頷き、じっくりと口を開く。
「……まぁ、そうなったかもしれないな」
「あ……ありがとうございます! 先生と王子がいらっしゃらなかったらアクエッタは危なかった!」
感謝を示すシプタへ、諭すように少年が告げる。
「……喜んでいる場合ではない。奴らがアクエッタに運び込もうとしたということは、当然、現地にも仲間がいる、ということになる」
「あ、ああ……確かにそうですね……」
少年のその言葉はシプタの顔から血の気を引かせた。膝に置かれていた彼女の小さな拳が小刻みに震える。
「……許せません。どうしてアクエッタを。ただでさえ……」
うつむいたまま声を絞り出すシプタ。その場にいた誰もが、口をつぐんだ。船長も少年も、思わず彼女から視線を逸らす。ディランですらかける言葉を見つけられなかった。
——グランの様子だけは何か、異質であった。ディランの話の途中から、ずっとうつむき何かを耐えているようだった。グランの様子に気付いた少年はそっと、グランの膝に手を乗せる。グランは少し頷くと大きく息を吐きだした。
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