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第二十九話 普段のように

いつも本当にありがとうございます!

「……エンジンルーム?」

 シプタが疑念の声を漏らす。


「ああ……」

 船長が短く返しながら隔壁の前で認証を行うと、重い扉が静かに左右へと開いた。ここは、無重力エリアへの移送区画だ。四人が中へ足を踏み入れると、背後でゴトンと扉が閉じた。

 ほとんど間を置かず、床下から低い駆動音が響きはじめた。わずかな振動が空間全体に広がる。


 この船は二つの層で構成されている。

 貨物室や機関室がある本体部、その外周にかぶさるように張り巡らされた居住空間。この居住空間が回転することで遠心力を発生させ、重力を生み出している。この移送空間は本体部と外周部の接続部であり、二つの区域を移動する際はこの移送空間が減速・加速し、動きを同期させる仕組みになっている。


 しばらくすると、足元に感じていた確かな重みが徐々に薄れ、身体がわずかに浮きあがる。

「わっ!」

 シプタが天井に頭をぶつけそうになる。

「おいおい……何かに捕まっていろ」

 と、船長は億劫そうに注意した。少年とグランは慣れた様子でわずかに身体の向きを調整した。


 短い点灯音とともに緑のランプが灯る。

「同期完了。ご注意ください。磁気ブーツはお出口の右手に収納されています……」

 機械のアナウンスがそう告げると、天井部が扉となってゆっくりと開いた。

 船長はシプタの方へ向き、「履くか?」と短く尋ねたが、シプタは首を振ってこたえる。


 一行は、本体部の保守通路を進んでいく。通路の左右には搬送用のレールや配管が張り巡らされている。鈍く光る錆びかけた配管が、この船の年季を物語る。


 シプタはやや緊張の面持ちのままで一行の一番後ろについていた。少年の正体を知って以降すっかり縮こまってしまっている。


 その様子を見て少年が声をかけた。

「困ったものだ。そのように態度を変えられてしまっては、私がますます浮いてしまうだろう」

 その言葉に船長とグランが顔を背けた。少年が続ける。

「それに船医は森の民ではないのだから、畏まる必要すらないだろう」

「そんなことを言われましても……さすがに王子と聞いておいて今までどおり接することなんてできませんよ……」

 シプタが気まずそうに視線を落とす。

「まあ、そういうものか」

 そう言って少年はまた前を向く。


「ここだ」

 船長が停止する。エンジンルームの扉の前、その鉄扉の周囲には、軍のものと思われる検分記録のような付箋が貼り付けられている。

 分厚い耐圧隔壁の扉枠を抜けると、熱を帯びた空気が流れ出す。その先に開けた空間の中央にはメインと思われる巨大なエンジンが一基、その左右はまた壁に隔てられ、サブエンジン室と書いてある。


 部屋内にいた船員が船長に気付き、姿勢を正して敬礼する。

「お疲れ様です、船長。もう終わったんですか? 軍の話ってのは」

「ああ、ひとまずは変更は無し、だ。ここに、軍の奴らは?」

「いや、もう残ってないですね。あいつら、何がしたかったのか。てっきり修理しに来てくれたのかと思いましたが……」

 船員はそう言いながら、視線をメインエンジンに送る。そのメインエンジンの機体には、これまた軍のものと思われる付箋が大量に貼り付けられていた。

「付箋を使い切ったのかもう飽きたのか、だいぶ前に帰っていきましたよ……あれって、剥がしたらまずいんですよね?」

「ああ、難癖付けられても困るからな」

 そんな些末なやり取りをしている横で、シプタは体を何とか制御しながら、メインエンジンを見上げていた。

「すごい……」

 と、目を煌めかせて感嘆を漏らす。彼女はこのような機関室に入るのも、エンジン本体を見るのも初めてであった。


 船長がその様子に気付き、鼻下をこすりながら声をかけた。

「すごいだろう。おんぼろだが出力は最新機に負けてない。どんな荷物だろうが星だろうが運んじまう」

「そうなんですね……」

「ああ。起動していたらこんなに近くではおがめんぞ。音も化け物クラスだ」

 そこへ少年が寄ってきて、二人の会話に割って入った。

「間違いないな。何せ貨物室まで響くほどだ」

「いやそれは……申し訳ない」

 宙に体を浮かせながら畏まろうとする船長の巨体がやたら滑稽に見えて、シプタは思わず吹き出しそうになった。

 グランがその脇で、静かにつぶやく。

 「しかし、この大きなエンジンの修理となると、相当な時間がかかってしまうのでは……」

 その言葉を聞いていた船長が、突如顔色を変えた。

「ああ、そうだ。あいつ、どうなった!?」

 船長はそう叫びながらエンジンの脇へと移動し、そこにいた船員に「あいつは?」と声をかけた。

「いえ……いま、中に潜ってます……俺は止めたんですけどね」

「何?」

 そう言って船長は、エンジンを見回す。上部の方に蓋の開けられた点検口を見つけた。

「あいつめ……素人が入ったら出られなくなるぞ」

 と、船長が点検口を覗き込もうと近寄ったまさにその時、その奥からごそごそと物音が響いた。

 その場にいた全員が視線を向ける。

 しばらくして、腕、続いて頭が出てくる。


 真っ白に染まった人影。

 ――ディランだった。


 しかしその姿は尋常ではない。髪も顔も服も油にまみれ、細かな白い粉が全身に付着していた。

 ディランは点検口の縁を掴んで身体を引き上げると、ゴーグルを外し、何事もなかったかのように周囲を見回す。

 船長、シプタ、少年、グランと順で目が合う。数秒の沈黙ののち、先に口を開いたのはディランだった。

「おや、もう軍の話は終わったのですか」

 言葉と同時に、白い粉が吹き出す。

「……ああ、だがお前、何を?」

「何って、修理です。もう終わりました。いつでも起動できますよ」

「本当か……」

 その返答に、船長は深々と息をついた。

「……それは良かった。うまくいったのだな」

「うまくいくも何も、直せなかったら宇宙に投げ捨てると……」

「ん、ああ、それはものの例えだ」

「……」

「ところでみな、お前の話を聞きたいそうだ。が……その恰好ではな」

「恰好? ああ、失礼。想定より拡散してしまったので奥へ入る必要があったので……ただ、軍の調査レベルを見たら、こんなに念入りに仕込む必要はなかったようです」

「まあな。とりあえず着替えて……」


 そんな二人の会話をはたから見ていたシプタは考えていた。

(また……また私がわからない会話をしている……!)、と。

 シプタは船長とディランの間へ滑り込むように移動し、交互に顔を睨みつけながら、

「さて、説明してもらいますよ。さっきの話、私にもわかるように、ね」

 とくぎを刺すように言った。

 普段とは異なるシプタの凄みに、ついディランも「あ、ああ……」と言ってしまうのだった。

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