第二十八話 男の行方
いつもありがとうございます!
そんな騒動の後――
以前と同じように、スタッフと客員たちが食堂へと集められた。
招集をかけたのは月の調査団である。部屋の両脇には兵たちが立ち並び、無機質な視線を群衆に突き刺している。
不安の色を隠せない一同。今回の招集は例の逮捕劇の説明であろう、と予測は付けていた彼らであるが、以前ここに集められたときの記憶、あのけたたましい警報が鼓膜を震わす感覚、心臓を締め付けられるような恐怖がどうしても思い出される。
その一方で、船員たちの表情には不満も混じっている。一刻も早く事態を収束すべきであるのに、船が停止してからもう幾日も軍からの説明がないままである。
とはいえ、そんな彼らの鬱憤が爆発することは無い。兵の小脇に構えられた小銃の鈍い光沢が、この空間の規律を冷たく制している。
シプタは冷静に、状況を見渡していた。
当然ながら、八人組の姿は無い。例のごとくディランの姿もない。彼女はここのところ、船内で彼の姿を見かけていなかった。
食堂の扉が開くと、空間を沈黙が支配する。規則正しい靴音が近づいてくる。
現れたのは調査団である。しかしそこに、カンサの姿はなかった。
調査団の先頭にいた一人が、一つ敬礼をして両手に持ったデバイスを見て読み上げ始めた。
「今回の調査、禁止物の輸送を確認。すでに保有者と思わしき人物を確保。各位の協力に感謝する。以上」
それだけを言うと、また隊列に戻っていった。
その場にいた者たちは唖然とした。思わず近くにいた船員が、
「そ、それだけ……ですか?」
と言葉を発してしまう。
調査団はその問いにつれなくうなづきだけを返すと、そそくさと部屋を後にしていく。それについて、兵たちも急ぎ足で退出していった。
その姿が見えなくなると、ようやっと一同がざわめきだす。
客たちは顔を見合わせ、「あいつら、やっぱり危ない奴だったのか……」などと話し合っている。
部屋の中央では、船員たちが船長に詰め寄っている。
「結局どうなるんですか!?」
「あいつら、一体いつまで……」
船員たちが尋ねても、首を振るのみである。
そんな船長の煮え切らない態度に、船員たちは怒りを露わにする。しかし同時に、船長であってもどうすることもできないと、彼らは理解はしているようだった。
そのやるせない思いを発奮するように、
「こうなりゃやけだ! おい! 席を寄せろ! 飲もうぜ!」
「いいな! おい、料理長! 酒をありったけ持ってきてくれ!」
と、酒盛りの様相を見せている。
そんな喧騒を背に、船長はその巨躯のまま立ち尽くし、首だけを折り曲げ床を見つめている。そこへ、シプタがいかにも気の毒そうに目を細めながら、声をかける。
「船長……」
「ん、ああ、ドクターか。どうした?」
「いえ、あの、落ち込んでいるように見えたので……ところで船長、先日お話しした例の月の民、ディランさんを見かけませんでしたか?」
「ん? どうしてだ?」
「いえ、報告していませんでしたが、彼、この場にいなかったのです。今回も前回も。もしかしたら何かあったのではないかと」
「ふうむ……」
船長は顎に手を当て、思案するように天井を眺める。そして、
「そうだな……そろそろ様子を見に行くか。ドクターも一緒に行くか?」
と、にやりと笑ってシプタを見た。
「え……?」
とだけ発し、困惑の色を眉へと映すシプタ。その後方からそろりと人影、少年とグランが寄ってくる。
少年は船長を見上げ、
「何やらおもしろそうな話だな。ついて行っても?」
と尋ねる。
脇から「へっ?」とまた驚きの声を上げるシプタ。船長へ眼差しを向けると、彼は頭をかきながら、
「わかりました……」と短く答えるのだった。
「……では、こちらへ」
船長が扉へと歩んでいく。それに続く少年。シプタとグランは目を丸くしたままキョトンとしていたが、置いていかれぬよう、慌てて二人についていくのだった。
◇ ◇ ◇
一行は船内の廊下を進んでいく。
船長が振り返り、
「……ドクター、無重力は大丈夫か?」
と、シプタへ尋ねた。
「ええ、無重力医療の訓練も受けていますので……」
「そうか。それならいい……」
船長はそう返すと、後方の少年をちらりと見ては軽く顎を下げ、正面を向きなおす。
シプタは船長の大きな背中をじっといぶかし気に見つめた。彼女はこのように萎縮した船長を初めて見た。先ほどの少年と船長の会話。違和感はそこから始まっていた。
最初、彼女は自制しようとした。人と人との関係に踏み込むべきではないと。しかし、もう、あまりにも、彼女の周囲に不可解なことが起こりすぎていた。
その抑えきれない思いのまま、船長の横につき、
「……船長、あの子とどういう関係なのですか……?」
と尋ねた。
眉をしかめる船長。その反応だけで何かがあることは容易に察することが出来る。
しかしそのまま口を閉ざす。
シプタも、それ以上は尋ねようとしなかった。
そこで口を開いたのは、少年であった。
「問題ない。船医は私の命の恩人だ。信頼している」
シプタは、その言葉が誰に向けられているのか理解できなかった。グランに向けたのか、自分に向けたのか、あるいはまさか、船長なのか。それを探るように首を回している。その目線の先には、同じように困惑するグランの姿。
少年に応えたのは、船長であった。
立ち止まり、少年の方へ体を向ける。
「しかし……」
「よい、ならば私から話すとしよう。構わんか?」
「……はい」
そのやり取りを、シプタとグランは唖然として見ていることしかできなかった。
「歩きながら話そう。どこから話したものか……」
そう言って歩き出す少年。船長が慌てて先導する。そこにシプタとグランが慌ててついていく。
「そうだな。船医よ、船長がセクオイア人だ、というのは?」
「ええ、それは何となく……体が大きいのでおそらくは、と」
セクオイアとは、通称『森の星』と呼ばれる緑深い惑星である。今回の騒動の元となった『デキシ』も、このセクオイアの植物である。セクオイア人は、長命、長身という特徴があり、船長やグランなどはその見た目でセクオイア人かな、と認識されるほどである。
「そうか。船長は我が森の星、セクオイアの元王立軍長。「鬼のヒペリオ」と言えば、かつて他星の軍人は縮み上がったものだ……」
少年の告白に、シプタは「へえ!」と目を丸くし大きく口を開いた。
「……船長、軍人さんだったんですね!? どおりで……月の軍にもまったくひるまなかったというか」
その感嘆の声を上げるシプタの横で一人、グランがわなないていた。そして、
「あ、あなたがあの、ヒペリオ殿だったのですか! 存ぜぬとは言え失礼を!」
と、声を張り上げ頭を下げる。
「おい……声が大きい……とっくに引退した身だ。静かに……」
と言いながら船長が眉を顰めても、グランは「は、はい! 失礼しました!」と元気に返す。
その様子を見て笑いをこらえる少年に、シプタが問う。
「船長が昔、軍人さんだったことと、君が知り合いだったことと、何の関係があるの?」
その問いに、少年が少し眉を顰める。
「……何と。とっくに知っていたと思ったが……」
「知っていたも何も……まぁ君はグランさんと乗っていたから森の民とは思っていたけど」
「そうか。まぁ普通はそのくらいだろうな……ディランが異常、というだけか」
「え? 先生が? いやいや、君ねぇ……一体どういうことか、教えてくれない?」
シプタのその言葉に、少年はスッと表情を引いた。真剣な、人を射抜くような目を向けられると、シプタの背筋が思わず伸びる。
「事情があるとはいえ恩人に正体を明かさぬのは不義であったな。私はセクオイアの第二王子、シェルマン・デンドロンという」
その少年の告白に、シプタは艦内に轟くほどの絶叫を上げてしまったのだった。




