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第二十五話 騒動

――館内に響く警報の音。そこにいた一同が固まった。


 兵たちが反応するより前に、船員たちが動きだす。警報の瞬間に仕事中の表情に戻り、連れだって食堂をかけ出て行く。船の事務員は客員を落ちつけながら再び食堂へ、この場にとどまるよう誘導している。


「なっ、なな、何事だっ!!」

 カンサは動揺に声を振るわせ、怯えた表情で周囲を見回した。

 ついで船長をにらみつけ、

「お、おい!お前!」

 と、叫ぶように言葉をたたきつける。


 その、カンサの慌てよう。先ほどの傲慢に溢れた威厳はどこかへ吹き飛んでいた。

 体を震わせ、目を見開き、

「 な、何事だ!  おい! 貴様、何かしたんじゃないのか!?  何が起こったんだ!  ええ!?」

 と、発狂気味に畳みかける。

 船長は困惑の表情のまま、

「わかりません……対応しますので、連行の猶予をいただけますか?」

 と恐る恐る尋ね返した。


「早くいけ!」

 カンサは一直線に腕を伸ばし、ドアを指して顎を振る。

「では失礼します……」

船長は頭を下げると、そそくさと退出していく。


カンサの興奮は収まらない。今度は兵士たちを睨みつけ、

「お前ら、何を呆けている! 自分で考えてさっさと動かんか!」

と暴言をふるった。

「は、はい!」

兵たちも慌てて部屋を退出していく。


未だに、耳をつんざくような警報音が鳴り響いている。

異常な事態が起こったということだけは、警報の種類を知らない人間でもわかる。その位、尋常ではない音量であった。


慌てふためく上長をたしなめようと、側近がカンサへ近寄り、耳打ちする。

「カンサ様は、一旦艦へお下がりください。状況が判明次第、お呼びしますので」

「そ、そうだな! 私は戻っておくとするかな!」

側近の提案にカンサは喜々とした声を上げ、その表情を晴れ渡らせる。


「よ、よし!行くぞ。急げ」

不安げな乗客たちを左右にのけながら、カンサは早足で部屋を退出していった。


 ◇ ◇ ◇


警報の出元は、エンジンの故障であった。

細かな原因は分解しないと分からない。そして、この船には修理知識のあるエンジニアは搭乗していない。


――カンサは今、交易船の食堂で酒をあおっている。

「くそ……まずい! 安い酒は口に合わん……!」

軍艦には酒を積んでいない。ぶつくさと悪態をつきつつ、食堂で大衆用の酒を口に運ぶ。


 騒動後、軍と交易船員間で幾度も協議が行われた。その結果導き出された対応策は二つ。最寄りの星に寄って修理を行うか、軍艦でアクエッタまで曳航するか、であった。

 最寄りの星に寄る場合、現在の航路から少しばかり外れた場所にあるガスの星へ行く必要がある。交易船のサブエンジンはまだ生きており、多少の期間は増えることとなるが、たどり着けさえすればそこで代わりの船に積荷を移すなり、修理を受けることが出来る。

 もう一つは、軍艦による曳航により、アクエッタへの途上にある同盟港まで曳行してしまおうという手段である。ただしこの場合、カンサの船では航行能力が足りないので、第四師団本体へ応援を呼ぶ必要がある。


――カンサは、そのどちらの策も良しとしなかった。協議に参加し他の策はないかと叱咤を飛ばしていたが、洋上修理や軍船によるアクエッタまでの直通曳行といった、カンサの望むような策は実現不可と判定されてしまう。

 

 彼には、残された2つの策、そのどちらも選べない、訳があった。

 しかし、選ばすにずっとこのままというわけにはいかない。決断せねばならない。そのストレスが、さらにカンサの酒を進めた。周囲にも当たり散らし、兵たちすら距離を取っている。側近にすら当たり散らすように暴言をぶつけ、邪魔だと言って追い払っってしまった。


 さて――そんなカンサのもとに、酒瓶を持った一人の男が近寄ってきた。

「お悩みのようですね……よろしければ一献、いかがですか?」

と言いながら、カンサの前に酒瓶を差し出した。

「お、これは……」

また怒鳴り散らそうと息を吸い込んだカンサが、そのまま感嘆を漏らす。その酒瓶に貼られたラベルは月の都が誇る銘酒のもの。もう長い間、月を離れているカンサにとって実に久方ぶりとなるその再開であった。

「お、おい。その酒をよこせ!」

「はい。もちろん差し上げます。しかし、代わりにあなた様のお話など伺えれば……」

「話?」

「はい。かなり名のある将軍とお見受けしました。ありがたいお話を聞けるなら、このお酒を捧げるに値する……と。少々、生意気なようですが……」

「い、いや。よいぞ。聞かせてやろう。だからその酒を……」

カンサの表情が変わってくる。砂漠で水を求めるような……欲を表面に出し切った顔である。

「では、こちらに失礼しますね……」

そういって男は、カンサの隣に腰掛けた。

フードを被り、マスクを付けた怪しい風貌の男。わかりやすく不審者である。しかしそんな事はどうでもいい。男の手が栓にかかると、いよいよカンサの口元が緩む。


「ふふ。楽しみです。酒も、大将の武勇伝も……」

男はそんなことを言いながら含み笑いし、カンサの盃に酒を注いだ。

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