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第二十四話 暗部

 

「あれ?船長は立ち会い、いいんですか?」

 すごすごと操舵室に戻ってきた船長を不思議に思った船員が、顔をキョトンとさせて尋ねる。通常、船に詳しいものが付き添わなければ検査が滞るというもの。ましてや交易船であれば、積み荷の取り扱いなど確認をしてくれても良いものだろう。

 船長は船員の問いにすぐに答えず、目線をもと来た方へ向けながら忌々しいとばかりに歯ぎしりをした。癖であごひげをいじろうとしたが、検査に向けて剃り落としたことをうっかり忘れ、空振った指先を見つめながら言葉を漏らした。

「お邪魔だとよ。偉そうに……」

「船長……見張りに聞こえますよ……」

 船員が小声で囁く。操舵室の入口には、乗組員の不審な行動を牽制するように兵が立哨していた。船長はそれを細い目で睨みながら、構わんとばかりに話し始める。

「お前は知らんのだろうが、あの調査団長の男。あいつは有史以来、初めて軍服を着て宇宙に放たれた豚野郎って評判だ。何かしでかすつもりかもしれない。どんなでっち上げを……」

「そんな……月の軍部がそんな事を……」

「普通は、な。だがヤツには怪しい噂が絶えん。無実の人間が何人もブチ込まれたと聞いている」

「それではこの調査はどうなるんですか……検査なんて呼ばないほうが良かったのでは……」

「まぁな……」

 そう言いながら疎ましげに顔を背けると、また指が顎下をすり抜ける。軽く舌打ちをした後、船長席に取り付き体を固定し、休息の体勢を取った。

「どうせ待つしか無い。お前らも今のうちに休んでおけ」

 と言うと、傍らにあった船長帽を目深に被る。船員から見れば、余裕とも諦めとも取れる、なんとも判断しがたい態度であった。

 自分たちの身も危ういのではないか……そんな不安を煽られた船員たちは、ヒソヒソと話し合ったり悩ましげに考え込んだりしている。

「積荷になんかあったら荷役の落ち度だろう。俺たちは大丈夫だ」

「いや、連帯責任ということも」

「そもそも、月の港を出る時に何も言われなかったぞ」

「いや、渡航中に物品を受け取り潜り込ませる手口があると言っていたような……」

「それなら大丈夫、だよな……そんなことしていない」

「俺、星に戻ったら彼女と結婚する予定なんだけど……」


 調査など、船員たちにとっては初めてのことであった。様々思案をするうち、やがて、「そもそも、船長が依頼をしなければ……」「そうだ。何であんな奴らを呼んだんだ……」という方向に議論が展開していく。


 船長はぬっとその巨体を起き上がらせると、

「聞こえないな。もう少しはっきり話してくれないか?」

 と低い声で凄みを利かせる。すると、

「……い、いえ……」

 と、船員たちは大人しくなり自席に戻っていった。

 船長は船員たちの動揺する様子に鼻息をつきながら、

「安心しろ。責任はすべて俺が取るから、心配せず休んでおけ」

 と差し込むと、自身も席に取り付く。背もたれを倒しいよいよ眠りの体勢になると、帽子を顔に乗せて大きなあくびを放った。


 ◇ ◇ ◇


「……長……船長! 起きてください!」

「ん……ああ……」

「呆れた……この状況で……」

「ああ、ドクターか……どのくらい寝ていたかな……」

「何言ってるんですか……もう調査は完了して結果をまとめているそうです。今のうちに乗客とクルーを食堂に集めておくようにと」

「おお、そうか。思ったより早かったな」

「もう……信じられません……なんと緊張感のない……」

「まぁ、船長がこうやって悠々と構えていたら皆も落ち着くというものだろう」

「もう、頼もしいは通り越してますよ、とっくに」

 シプタの言うとおりであった。当初はオドオドしていた船員たちも、この状況で熟睡している船長を見て慌てているのがバカバカしくなったようで、今ではすっかり落ち着き、寝ぼけた船長が船医に叱られている様子を見てニヤニヤしている。


 その緩みきった雰囲気を制するように、船長は大きな咳払いをした。

「では皆、すでに共有されていると思うが、検査が完了したということでじきに総括が始まるだろう。客室にはアナウンスで食堂へ集まってもらうよう要請、事務は案内を頼む。その他、荷役含め、航行番以外の船員を食堂まで集めてくれ。警備もだ。ただし、武装は不要」

「はい!」

 一同の返事が操舵室に響く。軍ほどではないが、この船の規律も捨てたものではない。緩むところは緩め、締めるところは締める。あれだけのいびきをかいておきながら一言で雰囲気を整えるなど、民間の交易船の船長としてはなかなかのもの、と、見張りの兵も感心する。

 すっかり落ち着きを取り戻した船員の精悍な顔付きを見渡し、船長が柔らかな笑みを浮かべた。

「もう一つ……これから何があろうと、すべて俺が話をつけることだ。お前たちは取り乱さず、自分の仕事をしろ。軍に逆らってはならん。我々には何も後ろ暗いことは無い。堂々としていろ」

「……はい!」

「よし、では行くぞ」

 船長は颯爽と、部屋を後にする。若干シワが付いた制服、うっすら頭を伺わせるヒゲ、それらを差し引いてもなお凛々しい迫力がある。ついていく船員数名、そこからシプタが抜け出して一言、

「例の品、見つけられたのでしょうか……あの人たちもさすがに、軍相手に暴れないですよね……」

 と尋ねる。

 その問いに、船長は前を向いたまま、

「なんことやら……」

 と短く応えるのだった。


 食堂に集められた一同。

 船員の列に並んでいるシプタの小脇には、先日の施術の記録、少年の臨床記録が抱えられていた。軍から依頼があったわけでも船長に依頼されたわけでもないが、調査によって禁止物が発見されたとなればその裏付け資料となる。彼女の頭の中には、説明のための論述も構築出来ている。この一月、入念にその準備をしてきた。


 そんな彼女は幾度も、そのか弱い手のひらから滑り落ちそうになる資料を持ち直した。手のひらに多量の汗が滲む。

 緊張――無理もない。彼女のキャリアは始まったばかり。医師としての初仕事がまさか、月の軍部を相手に証言することになるとは。


 大きく一息つく。食堂を見渡すと、壁際には客員の人だかりが出来ている。そこには少年とグランもいる。皆、総じて困惑の表情。突然行われることになった軍による立入検査。しかもそれが渡航中に行われているということは、より緊急性が高いことを意味するのではないか、何か、巻き込まれてしまったのか――そのような考えが、利害の無いはずの一般客の表情を重く曇らせている。


 その傍らには例の8人組もいる。シプタは気取られぬよう、彼らの顔色をうかがう。しかし……意外なものであった。平然と、それどころか、薄ら笑いを浮かべている者もいた。

(……いえ、落ち着いて。この資料に基づいて説明をする。私は私の役目を果たせばいい)

 シプタはそんな事を思いながら、資料を強く握りしめ、自身を叱咤激励していた。しかしやはり彼らの様子を見るに、予想は外れていたのではないか……そんな疑念も頭をよぎり始める。


 シプタは再度、客員を見渡した。何か興奮を抑えているような佇まいのグラン、その隣には異様なまでに落ち着いた少年の姿。一般客、そして8人組。

 ――先ほどは見逃していたが、そこにディランの姿がない。

(何しているの先生。もうすぐ始まりそうなのに……)

 シプタの思考がまた混濁してしまう。今度はファイルを両手で前に持ち直し、雑念を振り払うように首を振った。


 その時――

「カンサ様のおなりだ。一同、敬礼!」

 と、兵士が大きな号令を出した。

 兵たちが一斉に敬礼をする。その厳粛な雰囲気に、船員も荷役も、客員でさえも居住まいを正した。


 入口から、取り巻きを引き連れて調査団長、カンサが歩いてくる。一介の軍隊長であるはずの彼は、まるで王のような振る舞いで悠々と、その場で唯一人、用意されていた椅子に着座した。

「ご苦労……」

 その言葉とは裏腹、カンサは集められた搭乗者たちを見下すような視線で満遍なく侮蔑し、薄笑いを浮かべる。脇から一人の兵士が歩み出て、恭しく資料を手渡してくる。

 それを見たカンサ、鼻息をついた後、

「ふむ。調査結果を伝える。貨物を調べたが、異常なしだった。以上」

と、興味もないと言わんばかりに口を開き、資料の端を二指でぞんざいに掲げると、それを兵士が慌てて掴んだ。

 言い渡された結果に、居合わせたもののほとんどは安堵のため息を漏らした。「良かった」「心配した」そんな言葉が、微笑とともに飛び交う。

 その中で、シプタは動揺していた。「そんなはずはありません」。言葉が喉まで出かかる。軍が見落としているのか、適切な検査道具を持参していなかったのか。


 何が起こった――言いようのない怒りの感情。そんな彼女の目に止まったのは、微動だにせず直立している人物、船長であった。

 話しかけようとしたシプタであったが、

「私語を慎め! 講評中であるぞ!」

 と、兵の怒号によって遮られた。厳かに、小銃の金属音が響くと、全員が押し黙る。

 カンサは一つ咳払いをし、言葉を続けた。

「船長だけは後でこちらの艦までくるように。その間、この船は軍の指揮下に入れる。では解散しろ」

 カンサの言葉を受け、兵士が

「全員、解散!」とまた怒号を上げる。


 戸惑うシプタ。まったく思考がまとまらない。震える視界の端、船長の前に調査団長が歩み寄って来るのが見える。

「虚偽の情報で軍を煩わせた罪は重いぞ。覚悟しておけ」

「はい」

 そんな、有り得ないはずのやり取りが、彼女の耳に入ってくる。何もないはずがない。それに、結果の通知がこんなに簡易で言い訳がない。

 皆が食堂から退出していく。シプタはその様子をぼんやりと見ていた。脇から聞こえる失笑。声の主は、例の8人組だ。


 月の軍が不正に加担している――彼女はもう、思い至るしか無かった。胸が熱く、苦しくなる。絶望感が震えとなって両手に伝わり、資料がついに床に落ちる。拾い上げようとしてかがんだ彼女の目から、涙がこぼれ落ちた。それはとめどなく溢れ、降り始めた雨のようにぽつぽつと資料を濡らす。やがて一つにつながっていく。悲しいわけではない。不条理さ、自身の不甲斐なさ、あるいは、月の軍部の不正義へのショックか。抑えられない感情が溢れ、肩は震え、ついに顔を上げることが出来ない。

 こぼれ落ちた涙たちが、やがて一つにつながっていく……


(なんで、なんで涙が……)


 その時、突如、けたたましいサイレンが船内に鳴り響いたのだった。

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