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第二十二話 罪な先生

「――失礼する」

 医務室の扉が開き、ディランが入室してきた。シプタはその顔を見るなり開口一番、

「大丈夫でしたか!?」と声を張った。

 ベッドの上には、その声量に驚いている少年。術後、順調に回復しており、今は上体を起こして食事を摂っている。

「そんな大声を出したら病人に障るだろう……」

「すいません……随分と時間がかかったようなので、何かあったのかと」

「まぁ、いろいろあった……とりあえず、部屋の交換は了承をもらえた。グランに伝えて荷物を移そうと思う」

「良かったです」

「まぁ、その後のことも少し、話をさせてもらった」

「……その後の……私には教えていただけないのでしょうか?」

「ん……」

 ディランは口を縦に長く開きながら、頬の傷を掻いた。そして悩ましげな表情を浮かべながらシプタのデスクへと歩み寄り、側に置いてあったスツールに腰を下ろす。すると、慎重な、小さな小さな声で、シプタに囁いた。

「彼ら......例の連中に勘付かれるとまずい。これから話すことを聞いても自然に振る舞ってほしいのだが」

「……努力します。いや、言っておいてなんですが、聞かないほうが良いのであれば……」

「いや、聞いておいてほしい。もちろん……君にもだ」

 ディランは振り向き、少年を一瞥した。少年は口に運びかけていたスプーンをピタリと止め、しかし顔は正面に向けたまま眼差しを返す。

「良いのか?」

「ああ」

「……分かった」

 少年はそう応じるとまた、何事もなかったかのようにスプーンを口元へ運び始める。その、見た目に不相応な落ち着き――シプタはかねてより違和感を覚えてはいた。しかし突っ込んで聞いて良いものかはわからず、あえて気にしない素振りでディランに問う。

「これから、何が起こるのでしょうか……?」

「ああ。船長から、この月とアクエッタの航路を管轄している月の軍部に貨物検査を要請してもらう。あくまでも臨検という形で。搭乗している警備だけでは彼ら、あの8人組が抵抗した際に取り押さえられないかもしれないからな。直前まで伏せておく」

「なるほど……どのみち捕まれば重罪、決死の抵抗をするでしょうね……ただ、月の軍部がそんな不確かな要請に応じてくれるとは……」

「そのとおりだ。ただしかし、なんと言うか。この航路を管轄している軍部にちょっとコネがあってな。すでにそちらに根回ししておいた」

「え……?」

 シプタの目が見開く。

 ディランが月の人間であることは搭乗者リストから把握していた彼女ではあったが、この、あまねく星間に威光を轟かす月の軍部につながりを持つという彼に、改めて何者なのかと、興味よりも恐れが湧き、思わず顔が引きつる。

 その様子を見たディランが、

「私は軍の人間ではない。個人的なつながりがあるだけだ……安心してくれ」

 となだめる。

「全く……先生は何でもアリですね。しかし、疑いがあるというだけで動いてくれるとはとても思えません。医学的根拠だけで、事実を確認した訳ではないのに」

「確かにそのとおりだ。しかもこの船は、月の、しかも結界内に進入している」

「ああ! そうでした……月では補給だけで積み下ろしは無かったとはいえ、結界内への持ち込みは厳重に検査されるはず。いや、巧妙に監視をすり抜けて……どちらにしろ、とんでもない不祥事になるでしょうね」

「まぁ、見つかれば、の話だがな。しかし歯がゆいものだ。交易船の性というか、船長とはいえ理由もなしに貨物を検められないとこぼしていた。ちなみに、例の8人組が乗ってきたのは?」

「はい、私と同じく、月の一つ前、ヴェスフォから乗船されていました。搭乗ゲートで見かけていますので……まさかそこで……」

「決めつけは良くないが、そういうことになるかもしれないな。航路の情報や症状の進行から時期を推察するに、蓋然性は高い」

「しかし、もし何事もなければ咎めを受けることとなります」

「咎め? 念のために検査してもらうだけだ。何もなかったらこれ幸いだろう」

「いや……ディランさんはご存じないのかもしれません。我々のような辺境の民族が月の入管を疑い、ましてや軍を煩わせたとなれば……表立ってではありませんが、追々、船長が何を言われるか……」

「交易船の寄港は入管の管轄、禁止物を通過させたとなれば彼らの落ち度、という論理は通じない、というわけか。何かあればこちらへなすりつけてくる、見つかろうと見つからなかろうと待っているのは地獄……月が嫌われる訳だ。ふふ……しかし、そこが面白いところなのだ。私からは疑いがあると伝えただけだが、真実は軍自らが証明してくれる。彼らが動けば黒、虚報と見做すなら白。我々はそれを見ていればいい」

「え? それは、どういう…?」

「ああ、いや……」

 そう短く言い、ディランは口をつぐんだ。

「教えてくだ……」

 シプタがさらに問いかけようとしたその時、遮るように少年が「分かった」と声を上げた。少し笑みを浮かべながら、

「私の役目はグランの制止、そういうことだな」

「……ああ。何があろうと見守ってほしい。一番大変な役目かもしれないが」

「まぁ、グランは今のところ何も知らない訳だからな。なんとか誤魔化しておこう」

「ありがとう」

「礼を言われる筋合いはない。むしろ身内のことで気苦労をかける。しかし……一体、何を企んでいるのやら……何が起こるのかは、後でのお楽しみ、という訳だな」

 少年が皮肉な視線をディランへ向ける。ディランはそれを受けずに視線を逸らした――部屋に幾ばくかの静寂が訪れた。


 ――たまらないのはシプタである。二人が何を共有し理解し合っているのか全く思い当たらない。

船室の交換という1つ目、そして以前聞きそびれた「2つ目」となる軍部への検査依頼。しかしまだ輪に入れていないような……話されていない「3つ目」の存在が臭う。しかし、彼から話そうとしない以上、あれこれ詰問することも憚る。


 彼女は迷いを吐き出すように大きなため息をついた後、ディランに尋ねた。

「しかし、船長がよく了承しましたね……あまりに遅いので私はてっきり外へほっぽりだされたかと」

「……存外、話が通じる人だった。シプタからも口添えしてくれたのだろう?」

「それはそうですけど、先生のは顔つなぎの範囲を超えてますよ。あの月嫌いの船長がよく話を飲んだなって」

「ああ、そのことについては二つ、解決策が見つかってね」

「解決策?」

「まぁ解決策と言うか……1つ目は月の酒だ。彼は月は嫌いだが、酒だけは特別らしい。妻から持っていくように言われて何本か忍ばせてきたのだが、それを渡す。いやしかし、まさかこんなことに役立つとは。これが彼の態度を軟化させるきっかけになったのは間違いない」

「ああ……奥様が……」

「決め手は2つ目かな。私の話になってな、そこで、この旅の目的が墓参りだと告げたのだ」

「お墓参り……そうなんですね。どなたのかは聞いても?」

「ああ。母親だ。アクエッタに墓がある」

「お母さんが……しかし何故アクエッタに?」

「何故って……私の母親はアクエッタ人だから」

「えっ!?」

 耳をつんざくような悲鳴。ディランも少年も、思わず耳をふさいだ。声の主、シプタはわなわなと口を震わせ、これでもかというほど目を見開いている。なにか言おうとしているが、それ以上声が出ない様子である。

「……そんなに驚かなくても。言ってなかったか。私は月の民とアクエッタ人の混血なのだ」

「そ、そ、そうだったんですね!? 特徴がなかったものだから……肌も青白くないし……言ってくれないし」

「そんな事言われても……まぁ確かに。父の遺伝が強いせいかもしれない。まぁとにかく、それを伝えたら船長も一気に変わってな。意気投合というわけだ。まぁ、月の民として生きてきた自分は喜んでいいのかわからんが……」

「私、嬉しいです! 先生にもアクエッタの血が流れていたなんて!」

「そ、そんなもんなのか? ああ、あと、その、先生というのはもうよしてくれ。実は私は……」

 ディランが言い淀む。シプタは満面の笑みを浮かべながら、

「はい。知っていますよ」とあっさり言う。今度はディランが「えっ?」と、眉をひそめて発する。

「……あの後、施術録の助手欄に記載しなきゃと医師登録のデータベースで照会したんです。そうしたら先生、全然引っかからないからもしかしてって……でも、問題ないと思います! 人を助けるのに医師である必要はない、そういうことですよね!」

 この言葉に、次は少年が「えっ!?」と思わず口に出す。自身の治療に携わったこの男はたまたま船に居合わせた医師だと、単純に幸運であったと、その言動や知識量から疑いもしていなかったからだ。少年にとってはまた一つ、グランへの隠し事が増えた。真実を告げれば、彼の感情がどうなるのか想像もつかない。


ディランはいたたまれない面持ちですっかり小さくなり、

「はは、まいったな……」

と弱々しく言っている。

 一方シプタは、

「ふふ、そっか。なんか嬉しいな。えへへ……先生は本当に、何でもアリですね」

 と、もじもじしながらニヤけている。

 そんな二人を見ながら、少年は、

「……色んな意味で罪な男だ」と小さく漏らすのであった。

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