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第二十一話 気難しい男

 ——ディランは今、操舵室の扉の前にいる。


 シプタにお願いしていた、船長への顔つなぎ。彼女はディランの依頼を受け、その期待になんとか応えようと即座に掛け合ってくれた。そのおかげか、ディランが想定していたよりも早期に、この面会の機会が実現している。

 ——しかし、面会の約束時間は、とうに過ぎていた。


 彼女から事前に聞いていたのは、「とにかく気難しい人なので」という忠告。

 長距離航行の船長を任される人間、お人好しで勤まるわけがない。それが他の立場から見れば、気難しいと言われることもあるだろう。気難しいは、むしろ誠実な仕事ぶりをしている証かもしれない……と、ディランは好意的に解釈した。なぜならディラン自身、周囲からそのように評価を受けていた人間なのである。


 待たされることも想定内。油断せず、その場にただただ留まり、トイレにすらいかない。待たされようと行きかうスタッフに「船長は?」などとも声すらかけない。

(船長は、試しているのだ……)

 などと妄想しながらほくそ笑む。


 長距離航海の船において、船長の権力は絶対である。気に入らないと思われれば、保安上の理由だのなんだのと監禁され、宇宙空間に放り出されることになる。客だろうがその権力に抗うことはできない。


 ディランが待ち始めてさらに時間が経った頃、一人のくたびれた格好の大柄な男がふわっと、酒の匂いと共に近づいてきた。全身から漂うアルコール臭……が、ディランは「こんにちは」と、気にするそぶりも見せずに会釈する。

 男は「フン」と鼻息を放つと、

「お前が先生とやらか……ついて来い」

 と言って、プイっと顔を振り、元来た通路を帰っていく。ディランは待ってましたと得意げな顔を男の背に貼り付けついていく。




 たどり着いたのは船長室。男はノックもなく扉を開けた。この男が船長で間違いないようだ。

「入れ」

 ぶっきらぼうな男だった。応接の用の椅子にドカッと座ると、向かいに座れとあごで指示する。

 ディランは畏まり、頭を下げて、音も出さぬように恐る恐る腰かけた。

 船長室とはいえ、飾り気は無い。求める者はそれどころか、訪問者から見えるところにベッドが置いてある。ただ、意外とシーツなどは整って品良く寝巻が畳んである。男の背丈と見比べれば、使用されていないことはすぐに分かった。どう見ても小さい。


 しばらくの沈黙の後、男が口を開く。

「……礼を言っておいてやる。船医が世話になったようだな。客の命も救ってもらったと」

「とんでもないことです。彼女が優秀であった。私は少し、お手伝いをしただけ」

 ディランの中では、これが本心だ。彼女の術式は鮮やかであった。もしかすると彼女ならば、自分がいなくてもいずれ治療にたどりつけたのではないか。そんなことすら考える。


「ふん……」

 男はディランの返答に、小さく鼻息を吹く。船医から聞いていた話とは食い違っているが、ディランのこの目。どちらが嘘をついているのではない。どちらもそう感じているだけだ。

 男はすべてを察したように、静かに口元を緩めた。人を見抜く目は、長い職歴の中で培われている。

「変わったやつだ……」

 そう言うと男は、酒臭い、長いげっぷを放った。


()()にしちゃあ、少しはましな奴のようだな」

「……他星における月の民の評判の悪さは認識しています。憂慮すべき自体だと」

「よく言うぜ……しかし、俺様の貴重な非番を汚してわざわざ話がしたいってことは、何かあるんだろう?」

「はい……船室の交換を」

「船室? そんなもの、俺じゃなくて事務にでも言えばいい」

「いえ、今の私の船室と、彼ら、例の青年と少年の船室の交換を許可いただきたいのです」

「ああ……あいつらのか。ダメだ。あそこはな、貨物の区画にある」

「知っています。その上でお願いしたい。これは、そちらにも損はない話です」

「なんだそりゃ。いっちょ前に駆け引きか。無駄だ。俺は月の人間を信用しない」

「お願いします」

「ちっ……」

 船長の立場からすれば、気に入らない客は相手にしなければいい。しかし、船医から、くれぐれもよろしくお願いしますと念押しされていた。いや、そうではない。男の長年の航海の経験が、この提案を受けるべきだと胸を騒がせる。

 男は歯噛みした。そして重々しく、ディランをにらみつけて言う。

「小娘が話したのか?」

「いえ、彼らから直接。医療上の聴取の際に」

「で、それと部屋の交換にどういう関係がある?」

「あの少年の健康に関わることです。彼は貨物区画にいるべきではない」

「なるほど? 今はまだ医療室にいるんだったな。しかし、やはりダメだ。大事な積み荷の横。信用できねえやつはおけねえ。部屋は質素なもんだが、自分たちで言いだしたことだ」

「では、私はどうしたら信用してもらえますか?」

「月の人間は信用しない」

「なぜ……そこまで」

「なぜだと? 数え上げればきりがない」


 取り付く島もない。男はもう、話は終わりだという風に、大きなあくびをした。

 さすがのディランも進退窮まったように見える。ここまで邪険に言い切られては、切り返す手は残っていないだろう。

「わかりました……無理を言いました。今は失礼します。しかし、断念したわけではありません。あの少年が目を覚ました時、一緒にお願いにあがります。彼は月の人間ではありませんから」

 そんなディランの捨て台詞が、男の眉をピクリと動かした。

「連れてくる? 何も変わらんが?」

「そうかもしれません。しかし、命がかかっている」

「命、だと?」

「はい。貨物に、彼の健康を害するものがあるようです。私が移動を提案しているのは、彼らの部屋が療養に適していないとか、そういうことではありません」

「……貨物に健康を害するもの、だと?」

「はい……気になるようであれば、詳しく話をさせていただきますが……?」


 ——しまった、とばかり男は眉をひそめた。

そして長い長い、酒気を帯びた溜息を吐き、

「聞くだけ、な」

 と、落ちくぼんだ目でじっくりと、ディランを見据えたのだった。

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