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第十八話 悪い癖

「これから話すことは他言無用。話すからには必ず……」

 男の口が重々しく開いた。ディランは従順に頷く。

「ああ、死力を尽くそう。しかし、船医には?」

「いや、話していない」

「そうか。治療方針を決定するのは主治医。必要な情報は彼女にも共有させてもらいたい」

「……好きにしろ」

 男は呟くように言い、天を仰ぎ大きな嘆息を放った。

「察しの通りだ。我々は森の星の民。母星を発った後、キカコカを経てモガタクへ。そこでしばらく滞在していた。そして……」

 そこで男は口をつぐみ、嗚咽に耐えるように首をすくめた。

 するとディランは、その苦悶から目を背ける様に前を見た――純粋すぎる。そこで何かがあったのだと、いやでも察してしまう。それが申し訳ない気がして、思わず視線を逸らした。

 暫しの小康を得た少年が、一つ咳を放った。先程より薄目を開け、男を案じる様に視線を送っている。

 ディランはそれすら目に入らぬよう、真っ直ぐに顔を向け、男の感情整理を待っていた。

 ようやく男が口を開く。

「……すまない、その後、この船に乗り込んだ。いくつか寄港していると思うが、詳しくはわからない。船に直接確認してほしい」

「そうか。ありがとう」

 ディランの謝意に、男は一切、その表情に柔和をもたらさなかった。それどころか一段と眉間にシワを寄せ、ディランの目を見据えて言う。

「もう一つ、デキシについてだが」

「ああ……」

 ディランは短く応じると、居住まいを正した。男からただならぬ気迫が発せられ、周囲の空気の質が変わったような気がした。

「あれは、かつて我らの星を汚染した『死の花』……」

「ああ、そのように聞いている」

「中毒などという生易しいものではない。文明を蝕み、社会を破壊し、生命を否定する、実体を持った絶望そのものだ……我々はその恐ろしさを長年語り継いできた」

「そ、そうか……」


 デキシの揮発成分を吸い込むことによる森の民特有のアレルギー様の症状。特に幼少期に重篤化しやすいと——ディランがルミナリアの治療法を見つけるために文献を虱潰しに漁っていた時に、この病状についての記述を確認していた。

 近年、その標本サンプルが漏洩したという情報があった。これが強力なディランの推測の裏付けとなっている。重大な事故だ。森の民が知らない訳はない。しかし言及しないということは、話したくないか、彼らの事情にかかわることなのだろう。


 とはいえ、症状は合致していようと……最後のピース、原因物質の出どころまではわかっていない。推測だけでは治療が行えない。ディランは暫し思案した後、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。

「先ほどの段、非礼を詫びよう」

「いや。治療のためだというのは分かっているのだ。しかし、どうしても言っておかねば気が済まなくてな……」

 男は初めて、表情の緊張を解く。全てを話して解放感を得たるような、安堵の表情。

 それを見てディランは、低い唸り声を漏らした。

 尻尾を掴んだと思った真相が隙をついて宵闇へと姿をくらましたような、無念と虚無感。男の慎重な態度からしても、もっと核心的な情報が得られると、勝手に期待していたのかもしれない。


 ——靴音が近づく。先程の船医が息を切らしながら入室してきた。

 彼女はディランを見て軽く頷くと、男に向けて、

「グランさん、申し訳ありません! お客様の中で、寄港は認めないというお客様がいらっしゃって……」

 と、首を垂れながら伝えた。

「なっ……!」

「説得しようとしたのですが……話も聞いてもらえず……」

 彼女の言葉がどんどん男の口元が歪ませる。彼はその大きな手のひらで自身の膝をはたきつけ「許せん……」と憤りを漏らした。


「客は何と?」

 たまらずディランが口を挟む。

「ええ……次のアクエッタで大事な取引があり、寄港などしている余裕は無いと、その一点張りで」

「余裕がないと言っても、全体からすれば些細なものだろう。むしろ予定より順調に航行していると聞いていたが……船の規定には? 客とはいえそのような勝手を」

 ディランの問いにシプタは首を振る。

「いえ、実は8名様の団体で……乗客の過半数を占めていることになり、規定上は……」

「8人組……」

 思い当たるフシがある。

 やたらと羽振りがいい者たちがいた。あれはまだ、ディランが船内を観察して回っていた頃のこと、寄港時に入荷したであろう月産の高価な酒を一月足らずで飲み干し、スタッフたちに悪態をついていた輩。あのように豪勢な彼らが、何故客船ではなくこんな船に乗るのか不思議でならなかった。商談に向かっているとなれば、よほど貴重な貨物が積まれていて、同乗しているということか。

 だからと言って……思わず口にしたくなるが、これ以上彼女をを問い詰めても意味がない。


「あの……ちょっとこちらへ……」

 シプタは眉をひそめて思いふけるディランを手招きし、廊下へと連れ出した。丁寧に頭を下げると、内に聞こえぬよう慎重に口を開く。

「申し遅れました。私、シップドクターのシプタといいます」

「私はディラン……まぁ、リストを既にご覧になっておられるかな」

「ええ……それで、何かわかりましたか?」

「……森の民、児童期、気管支の炎症、発熱、手足の痙攣。そして……胸部表面の激痛。しかし、これだけの発作で肺影に所見がないという」

「はい、アレルギーの薬も投与したのですが……咳止めも解熱剤も効かず……」

 シプタの顔に、不安と苦悶が立ち込める。ディランはその様子から、現状、診断の候補もないのだと推察した。

「……デキシ性肺炎症、をご存知ですか?」

「い、いえ……? デキシ自体は聞いたことはありますが……」

「かなり昔に報告されていた疾病ですが、症状が合致している」

「え、ということは、この船にデキシが!?」

「静かに……誰かに聞かれてはまずい。推測の域を出ません。他の原因も引き続き探る必要がある」

「そ、そうですね……この後もう一度あのお客様にお願いに行こうと思っていましたが……まずデータベースで確認してみます!」

「ええ。あと、すまないがもう一点、この船の航路について伺いたい。特に、モガタクを出た後について」

「航路ですか? ええと……モガタクの後はヴェスフォ、そして月の都、です。積荷の移動もそこまで、滞在と呼べるほどの時間は……すいません、私もヴェスフォから乗ったもので詳しくは……」

「そうだったのですか?」

「はい、実は私……ヴェスフォ星立医科学校で研修していて、初仕事がこの船医で……遠隔フォローもあると言われて、故郷に帰れるし一挙両得、などと甘いことを……」

「おお、ヴェスフォ星立の。相当優秀、ということですね」

「いえ、乗客の皆さんにとっては災難ですよね……すいません、話が逸れて。ヴェスフォも月も、物資の補給程度の寄港しか……彼らが他の星に滞在していないというのは信用できます」

「なるほど……となるとやはり、船内に原因が……」

「どこかで、誰かに持ち込まれたのでしょうか……? しかし彼らは船内を出歩いていない、と言っていた」

「彼らの船室を調べれば原因が見つかるかもしれない。あるいはダクトなどを通って室内に流入したなど……部屋を調べれば何か……」

「え? ああ……グランさんたちの部屋は船室ではなく、実は……」

「実は?」

「はい、船長から聞いたのですが、彼らは最初客室にいたものの、路銀が乏しいとのことで場所の移動を申し出られたと……今は倉庫横の使われていない仮設休憩所を部屋にされていると」

「な、何っ!?」

 ディランが突然、叫ぶように疑問符を放つ。そして、

「倉庫モジュール内は無重力のハズ。生活に支障は……そもそも積み荷の横に居住を許されるなど、相当な信用が……」

 などと、シプタの存在を忘れたかのように独り言を続けた。かと思えば突然、

「シプタさん、もしかして、そこは……安いのか!?」

「よ、よくはわかりませんが……多分……?」

「そ、そんな手があったとは……」

 などと、意味不明な問答をしてくる。


 ディランの突然の暴走に唖然としていたシプタであったが、部屋内から漏れ聞こえる喘鳴に自らの使命を思い出し「あ、あのっ!」と、彼の意識に届くよう鋭い声を放った。ディランも我に返ったのか、人差し指で頭を掻く。

「……ちなみにデキシの話は彼にも伝えた。だが、相当思い詰めている。派手な行動はしないと思うが……すこし実直すぎるというか、あまり刺激すると何をしでかすかわからない」

「……原因がわかるまで、いや、わかったとしても伝えるべきではない、ということですね……彼らに事情があることは私もなんとなく察しました」

「ああ。しかし彼がもし原因を知れば、他の客と騒動を起こしかねない。彼らも本心では事を荒立てたくないはずだ……もし問い詰められたら、私の見立てが間違っていたということにしてくれれば良い」

「はい……」

 シプタは胸前で右手を握りしめ、目をつむる。そして目を見開き、ディランの顔を真っ直ぐに見る。

「ディランさん、引き続きご協力願えませんか? いろいろと教えていただきたいのです」

「い、いや……」

 ディランは気づいた。もしかしたら、自分は医師の類だと思われているのかもしれないと。いや、その言いようは欺瞞。ここまで、()()()医師と思われるように振る舞ってきた。訂正するなら今しかない。

 しかし、ここで打ち明ければ場外につまみ出されてしまうことになる——

「……私で力になれるなら協力しよう」

 思わず口をついて出た言葉。ディランの頭の中で『もう少しなら、後で打ち明けても大丈夫」と知的好奇心が倫理を唆し負かした、その表れだった。


「……その、協力する代わりといっては何だが、一つお願いしたいことがある……」

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