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第十五話 蒼白の光

 出発の日が来た。


「どうか、ご無事で。お父様によろしくお伝えください」

 ルミナリアが清々しい笑みで、ディランを送り出そうとしている。


 ディランもさすがに、彼女に泣いてほしいとまでは思っていないが、この余りに淡々とした晴れやかな彼女の態度に、少しは悲しくはないのかと不服そうな面持ちを露わにしていた。

(まぁ、二度と会えないわけではないか。


 月の発着場への道。途上、ディランはただひたすらに、不自然なほどに前だけを向いて歩いていく。


 ——何者かに監視されている感覚。

 はじめは薄っすらとした違和感が、そのうちに、まるで実体を持って背中をなぞっているかのようにまとわりついてくる。後をつけられているかもしれない……しかし、彼は振り返えろうとはしなかった。


 脳裏に浮かべていたのはルミナリアの言葉。

(万が一監視されたとして、気づいていないふりをするのが得策)

 相手を刺激してしまうと強行手段に訴えかねない、それが彼女の忠告だった。ディランは実直にそれを守り、努めて無垢な標的を装った。

 とはいえ……彼は尾行を意識して行動した経験も、ましてや実際に尾行されたという経験もない。注意力を研ぎ澄ませば背後の感覚は消え、思い過ごしかと気を抜けばまた感覚が蘇る。

(単に意識し過ぎかもしれない……父親が機密に関わっていたからと言って、私に身の危険が及ぶことなどあるのだろうか……それほど重要なら、軍から護衛の話があってもおかしくないじゃないか)

 少し含み笑いを浮かべ、旅行初心者らしい大げさな荷物を引きずりながら、目的地へと歩みを進める。


 ◇ ◇ ◇


 月の都の直下、広大に掘削された地下空間の先に、ディランが目指す発着場はある。


 『結界』は都を球状に覆い、そのおよそ下半分は地下部に埋まる構造となっている。外部との艦船が行きかう発着場は、地中部に存在する『結界の隙間』を利用して設けられている。そこは月の都が直接外部と接触している唯一の箇所であり、軍事的な要所にもなっている。発着場の先に続く表層へのトンネルには幾重もの防御機構が張り巡らされ、さらに、表層付近には軍の戦艦や戦闘機などが直掩哨戒するなど、砂一粒漏らさぬほど厳戒な構えが施されている。


 先端の科学技術を誇り、決して攻め落とすことが叶わぬ要塞——

 この軍事的威光こそが、あまねく星間において月の都を盟主たらしめている由緒なのだ。


 発着場へと向かう通路にも、武器を携えた衛兵たちが立ち並んでいる。

 行き交う渡航者たちに向けられる冷徹な眼差し。戦いでも始めるのかというほどのおびただしい搭乗機兵や守備機兵の配備。あの王族殺害の事件以前から、このような厳重な見張りであったという。これほどの備えをもってしても防ぐことができなかった——先の事件がもたらした軍部への衝撃は、想像に余りある。その忸怩たる想いが充満する空間には、何らやましいことが無い乗客ですら、体をこわばらせ表情を硬くする。子供などはその寒々しい怖気に鳥肌を立て、泣き出すほどである。そこにはもはや、月の都の静平さや優雅さは微塵も感じられない。むき出しの軍部のプライドだけが、ただただ武骨に、隅々までをも突き刺していた。

 ディランはこの時、守備機兵の姿を初めて目視した。王宮や研究施設など、重要拠点に配置される予定とは聞いていたが、このような要所で既に実践投入されているとは、その信頼性の高さがうかがえるというものである。むしろ事件以降、人為的なミスを起こさない守備機兵は要所の防衛に適していると判断され、配備が加速したのかもしれない。

 じっくりと観察しようとすれば周囲の兵隊から怪しまれるだろう。その機体をチラチラと確認しながらさらに奥へと進んでいく。気がつけば、背後に感じていた違和感は消えていた。


 ◇ ◇ ◇


 やがて、搭乗予定の船舶が見えてきた。アクエッタへ直行する連絡船は本数が少なく、簡易な客室が設けられたこの交易用船舶のチケットがやっととれたという状態である。贅沢は言えない。急なことであったし、代金も比較的安く、乗れただけでも御の字である。


 部屋に設けられた申し訳程度の小窓。そこを覗くと、無機質に直立する守備機兵が見えた。

 ——頭部はオミットされ、角に丸みを帯びた直方体のような胴体と、そこから伸びる地に付きそうなほど長い両腕。腕の先には巨大な手のひらのような機構が取り付けられ、その汎用性をうかがわせている。そして、その体躯を支えるのは短めの足。全身は真白なコーティングが施され、静かに金属的光沢をたたえている。その大きさは、実に人の二、三倍はあろうか。見た目はいかにも鈍重そうだが、おそらくはとてつもない運動性能を備えている。

 何故このような体型なのか、ディランは知る由もない。父親はこの守備機兵の設計思想どころか、本体に関わる情報の一切を、彼に漏らそうとはしなかった。


「不気味……」

 乗客たちのささやきが漏れる。

 見た目は攻撃的ではない。いやむしろ、本当に兵器なのかと思うほど、威圧感の無い姿かたちをしている。だからこそ、静かに並びたたずむ光景が一層の異様さを醸し出す。


 ——船が定刻通り、発進する。


 結界の際に近づいている。それが、全身の皮膚への微かなつっぱりによって分かる。

(嫌な感触だ……)

 その感覚はディランに、かつて結界に接触した時のことを鮮明に思い出させた。頬の火傷がうずく。かろうじて一命をとりとめ、病院で父に再開した時のあの不安そうな顔が浮かぶ……月の外では相当の時間が経っている。いったい今は、どのような風貌となっているのか。


 外界と月を隔てるゲート付近では、船体を見守る兵のほとんどは守備機兵へと切り替わった。こんな場所に生身の人間を長時間立たせようものなら、きっと不調になってしまうからだろう。

 守備機兵……父親が重要な機密に関わっていたのだと、改めて認識させてくる光景。そしてそれは、やはり自身が狙われる存在であったのかもしれないと、その危うさを嫌でも刻み込んでくるものだった。そうなれば、奔放するように旅立った父親へ、疑念も湧いてくる。身の安全のために逃げたのか、それとも、重要な任務をおびているのか。本当に、母親の星へ行きたかっただけなのか……


 ゲートを超える瞬間、ディランの心は不安より、期待に膨らんでいた。

 彼にとって初めての渡航……これほど純粋な好奇心とは久々に出会ったような、懐かしさすら感じていた。身の危険を感じながらやはり知的好奇心が勝ってしまう。数々の出来事を経ても、彼の根幹はそのまま、変化していなかったのかもしれない。


 機体がゆるやかに加速していく……すると、あっという間に、船は宇宙空間へと飛び出した。


 これが宇宙——ディランはそのどこまでも続く闇の空間に、少年のように目を輝かせていた。普段は結界に覆われ視認できない宇宙空間。きらめく星々が、小粒な宝石のようで、か弱く儚く、そして愛おしい。


 やがて視界に入ってきたのは、かつてルミナリアが美しいと言っていた、例の星である。


 ——ディランは息をのんだ。

 月の陰となってその大部分は黒く覆い隠されてはいるが、その残されたか細い縁が太陽の光を存分に浴び、まばゆい程の蒼白の光を放って弧を描きながら、音もなく漆黒の暗闇に浮かんでいる。


 穢き地と忌み嫌われていた、降り立ったことすらないその星から、目が離せない。何故か惹かれ、どこからか湧いてくる、郷愁の念。


 彼は、その星が視界から消えてしまうその瞬間まで、じっと、見とれていたのだった。

後書き


いつもありがとうございます!

旅立つディランを迎える運命とは……

続きはまた来週にお届けします!

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