第十四話 続いていく道
「ふふふっ……」
――予感。ディランから発せられた想定外の言葉に、ルミナリアは思わず吹き出してしまった。
「……あなたが予感などと口にするのは初めて聞いたかもしれません」
「ああ、そうかもしれない。論理的に説明は出来ないのだが……胸騒ぎと言うかな、親父に確認したいことが出来た。そこへタイミングよく、この手紙が届いた」
(胸騒ぎ……)
その言葉に、ルミナリアはまた堪える。これまで冗談の一つも言わなかったディランが真剣な顔をして非科学的なことを言う。それが何故だかおかしくてくすぐったくて、笑いがこみあげてくるのだ。
本来であれば父親の安否も不明な状況、この様な振る舞いは不謹慎極まりない。しかし湧き上がる感情が、理性だけでは抑えられない。彼女は、ただただ、ディランの見たこともない一面が見れたことが嬉しかったのかもしれない。
ディランが首を傾げながら、そんなルミナリアの顔を覗き込んだ。その視線から逃げるように、彼女は顔を背けて大きく息をつく。
「そんなに、おかしかったか……?」
「いえ、すいません……」
そう静かに応じると、彼女はもう一度表情を引き締め、向き直った。
「……その、先程の、お父様に確認したいこと、というのは?」
「ああ、それは……」
ディランは少し視線を落としたのち、意を決するかのようにうなずき、言葉を続けた。
「小さな頃、親父が私にしてくれたおとぎ話を久しぶりに思い出してな……そこに丁度この手紙が届いたもので、私の中で強力に結びついてしまった」
「まぁ、素敵ですね……おとぎ話……それはどのような?」
ディランは父親から聞かされたという、おとぎ話を訥々と語った。少し気恥ずかしい思いがしたが、ルミナリアは存外に真剣に話に聞き入り、やがて話し終えると、彼女は深く沈思し始めた。
「ど、どうした?」
彼にとって、彼女の反応は意外なものだった。また笑われてしまうのはないか、いい加減にしてくれと諭されるのではないか。その様に案じていたからだ。ディランは黙って、彼女の次の言葉を待った。
「うんうん……お話に出てくるのは『結界』のことですよね?」
「ああ、おそらくは」
「……とても興味深いです。月の都には、そのようなお話が伝わっているのですね」
「それが……実は色々と探したんだが、この話は一般に伝わっているわけではなようで、見つからなかった」
「まぁ……」
ルミナリアの瞳が一段と輝く。興味津々、身を乗り出すようにディランの話に食いついている。
「……なのでこの話、親父が作ったのかとも考えた。すると何か、親父は結界のことについて知っているのかもしれない、と。まぁ単純に、顔を見たいというのも……」
「ああ、確認したいというのはそれでですか……この月の都にかつてあったという文明、それはとある星の危機から逃れてきた人々によって築かれた……そして、結界に籠って星の浄化を待っている、と。その星とは……」
「月が周回している寄宿星のことだろうと思う」
「なるほど……この月に入る時に見た、あの青白い、美しき星ですね」
「美しき星……」
ディランは押し黙った。かつてルミナリアが自分の傷に対して発した『美しい』と言う言葉、それが、汚染にまみれ遺棄されたというあの星に対して使われてしまったことへ、ふつふつと嫉妬心が湧いた。
「……みな、あの星を毒にまみれた穢き地として忌み嫌っているのだ。それを美しいなどとは。常識とは外れている」
「そんな。あの姿を見て、とても素敵な青い星だなと思ったのですが。あなたはどのように思ったのですか?」
「さぁ。私はこの月の都から出ることがないからな。この目で見たことはない」
――そのさりげない一言に、ルミナリアは突然、心の底が抜け落ちてしまうような感覚を覚えた。
ディランの純粋さや真っ直ぐさ、これはルミナリアが彼に好意を持ったきっかけでもある。しかし、それは逆に、彼の限定的な経験もたらしたものであったということかもしれない。だからこそ、結界に触れようなどという無謀を実行してしまった……のかもしれない。
(彼に必要なもの……新しい経験をすれば、彼はそれを真綿のように吸い込み、成長していくはず……)
ルミナリアは案じていた。自分の寿命が尽きた時、ディランはどの様に向き合い、その後の人生を生きていくのだろうと。想われているのは嬉しいが、とらわれて欲しくはない。
――急に深刻な顔をしたルミナリアに、ディランは思わずつばを飲みこんだ。なにか機嫌を損ねるような失言でもしたかと、自身の発言を懸命に思い返していた。
その沈黙を破ったのは、ルミナリアだった。
「お墓参り、ぜひ、行ってきて下さい。行くべきです」
「なに? どうしたのだ、急に」
「先程は余計なことを言いました。ありもしない陰謀の話など……私の悪い癖ですね」
「い、いや。そんなことはないと思うが……」
「いえ、水を指すようなことを……あなたが不在の間も、研究は進めておきます。だから何も心配せず」
「そうか……わかった、では、準備に取り掛かろう。まずチケットをどうやって取るか、いや、渡航許可が先、か……」
旅の準備をあれこれ思案するディランに、ルミナリアは目を細める。
自分がこの世から消えた後、彼がどう生きていくのか。
アクエッタへの旅が、彼の命運の舵を左右するような……そんな風に、確信じみて強く思える。
(これが、予感というものかしら……? ふふ)
ルミナリアは口に装着されていたフィルターをおもむろに外すと、ディランの頬にそっとキスをした。
「!!! い、いけない、すぐ消毒するんだ。君は免疫が……」
「それが一番に言うことですか? はいはい……わかりました」
ルミナリアは少し悪戯な笑みを浮かべ、軽やかな足取りで部屋を出ていくのだった。
後書き
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