第十三話 それは科学と非化学に
――とある昼下がり。
ルミナリアは昼食代わりのビスケットを頬張りながら、複数のモニタが並ぶ作業台の前に座っていた。
その画面には、極微細な構造体の断面図が表示されている。顕微鏡とレーザー加工装置が連動し、精密な加工を繰り返していく。
「ここの層厚は……」
ルミナリアが数値を入力すると装置が応答し、次の加工ステップへと自動的に移行する。
彼女の目は画面に釘付けだ。わずかな誤差も許されない。理論と技術を融合させた独自の製造プロセス。その両方の知識がなければ、この作業は成り立たない。
機械装置の先端が、微かに光を放ちながら、次の層を形成していく。
「次は……干渉パターンを……」
呟きながら、ルミナリアは別のプログラムウィンドウを開く。複雑な方程式が画面に浮かぶ。
「ちょっといいだろうか、ルミナリア。相談があるのだが……」
ディランは少し罰が悪そうな顔をしながら、静かに口を開いた。
ルミナリアは手を止めた。椅子を回転させ向き直る。
ディランは言葉を続けた。
「親父からの手紙が届いてな……」
「まぁ、お父様から……」
ルミナリアが驚く。これまで、こちらから幾度もディランの父親へ通信を送っていたが、ついぞ返信は無かった。あるのは、父親が通信を確かに受け取ったという記録だけ……しかし、通信の受け取りは厳重なシステムで管理されており、生存していることだけは確認できるようになっている。ところが最近になって、それすらも確認できない状態になっていた。
「一体、どのような……?」
「ああ、それなんだが……」
ルミナリアの不安そうな声色をすぐにでも落ち着けようと、ディランは複数枚の紙をさっと差し出した。それらは手書きの手紙……これだけ技術が発達した時代にこのような手紙を送ることは、特別な意味を持たせたいという目的以外は無い。
ルミナリアが手紙を受け取り目を通し始める。それを見てディランが言う。
「たまには、顔を見せに来いとあった。だが……」
彼は言い淀んだ。
父親からの受け取った手紙の内容を要約すれば、「母親の墓参りに来い」というものであった。それが、父親を最後に見送ったあの日から丁度3年後に、手紙という形で届けられたのだ。
今日日、直筆の手紙をよこすなど、単なるこだわりか、それともやむなき事情か?そんな事も考えるが、不可解な点なら他にもある。
これまでディランは父親が出発後、幾度も通信を送っていた。
調子はどうか、問題ないか、そんなとりとめもないことから、ルミナリアが月死病にかかってしまったこと、母親の在りし日の様子を尋ねたこと、そんな通信を、定期的に幾度も、父親に向かって送信していた。しかし、今回届いた手紙の文面には、それらへの反応が一切記述されていない。
ディランは手紙を読み込むルミナリアをしげしげと眺めながら、
「……君はどう思う?」
と、声を落とした。
「ええ……」
ルミナリアは手紙を読み終え、ディランの顔を見つめ返した。
「おそらくは、以前に書かれたものでしょう……本物かどうか、ということですか?」
「いや、わからない……書いてある内容は本人の物だとは思うが」
「そうですか……」
そう言うと彼女は少し、表情をこわばらせた。すでに察していたのだ。彼がなぜ相談を持ち掛けてきたか、この手紙の内容についてではない。彼は、旅立つつもりなのだろうということを。
目を伏せ、肩を深く落とすルミナリア。その様子は、彼女が大きな不安を感じていることを物語っているようだった。ディランが恐る恐る声をかける。
「アクエッタに、行きたいと思っている……行って戻って8年はかかってしまうだろう。その間、君を一人にしてしまうことになるのだが……」
彼の一語一語には、その負い目がにじみ出るようだった。
しかしルミナリアは顔を伏せたまま、首を左右に強く振った。
「月では時間の流れが異なります。8年と言っても月の都では8日。たった8日です。何の問題もありません。それに、いざというときはお隣の……ネイボルさんがいますから」
「そうか」
ディランは不安げに眉をひそめたまま軽く頷いた。
ネイボルとはディランの隣人である。ディランがまだ赤子だった頃からの付き合いで、幼少の時分は父親が留守にする際、よくディラン自身も面倒を見てもらっていた。今はルミナリアの容態は安定している。彼女の言う通り、心配はないのかもしれない。
「……私が案じているのは、自分のことではありません。お父様は国の機密に関わった身。だからこそ、あのように急に旅立ち、便りも難しい物だと思っていました。そして今回の手紙、これが本物でも偽物でも、あなたの身に危険が及ぶのではないかと……それが怖いのです……」
ルミナリアの声が少し震えていた。彼女は不安だった。彼が何か、陰謀に巻き込まれてしまうのではないかと。そんなことがあれば、自分だけではない。ディランの父親も悲しむことになるだろう。
ところがディランは、すこし頬を緩ませ、感心するように言った。
「さすがだ。そこまで考えが及んでしまうとはな」
腰を落とし、ルミナリアの顔を覗き込む。
「君の言うとおりだ。親父もすでに、死んでいるかもしれないしな。あるいは私をおびき寄せて人質に……」
「そんな……では、なぜ?」
「そうだな……おかしな話だと思うが、予感がするのだ……」
「よ、予感……!?」
目を見開くルミナリア。
ディランはすこし頬をかきながら、彼女の目を見つめ返したのであった。
後書き
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