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第十二話 眠りの子

 ──二人は研究に打ち込んだ。


 理論の実現のため、財産を使い部屋を開発室へと改装した。知人から機器を借り、試行錯誤をしながら、精密な機器が作成できるラボを整えた。

 そのラボ内では、まるで二人が出会ったばかりの頃のように、活発な議論を交わされている。


 気力が充実しているためか、研究への喜びがもたらす活力のためか、ルミナリアの体調は以前よりも回復しているようにすら見えた。それはディランにとって喜ばしいことであったが、彼女の鬼気迫る表情を見ていると何か、呪いのようなものが彼女を突き動かしているのではないかと、不安を感じるほどであった。


 ディランはルミナリアに、

「ゴールに到達するために、無理は禁物だ」

 と言い、しっかり休息を取るべきだと主張した。さらにディランが用意した薬は、必ず服用することを。


 ディランが研究に専心するためには、他のことに気を取られている場合ではないと、ルミナリアも理解している。

「能率と達成のためなら……」

 と、渋々譲歩した。


 その夜、ディランは眠るルミナリアの脇でその横顔を見守っていた。青白い頬、そのルミナリアの姿に、同じ病に臥せっていた母親の記憶を重ねながら、幼き日々を呼び起こしていた──


 ◇ ◇ ◇


 ──おぼろげな母の記憶。


 生活の記憶も、外出の記憶も、記念日の記憶も残っていない。まだ幼かったから、交わした言葉もそれほどない。


 それなのに、


「ごめんね」


 母が私の手を握り、泣きながらそう言ったその場面が、まるで写真のように鮮明に、記憶に残っている。その時、私はまだ2つであったと、父は言っていた。


 そして、私が次の誕生日を迎える前に、母は亡くなった。

 その時の記憶は、なんとなくはある。父が泣いていた。周りの人たちも泣いていた。私はその時、泣いたのだろうか。もう母に会えないと、理解出来ていたのか、それすら覚えていない。


「ごめんね」


 言われたのは私で、言ったのは母。それなのに、自分でもうまく説明できないような、掴みどころのない罪悪感を抱えながら生きてきた。子供ながらに、自分の無力さを思い知ったからだろうか。母を、救えなかったからだろうか。


 そんな想いを抱えていたのだと父に伝えたら、何と言われるだろうか。とても言えなかった。


 父子だけの生活だったが、不自由な思いをした記憶はない。周りの人にも支えてもらっていたと思う。


 私が夜中に目を覚ましても、いつも父の書斎には明かりが灯っていた。幼子の面倒を見ながら研究を続けるのは、さぞかし骨が折れたとこだろう。だが、父からは愚痴らしい愚痴を聞いたことはない。


「眠れないのか」

 寝ぼけ眼の私は再びベッドへと連れて行かれ、そこで、父はこのおとぎ話を話してくれた。




 ──昔々、シャラピという少女がいました。


 シャラピの住んでいた星は、戦いに満ちていました。百年、千年と戦いが続きました。

 大地は焦げ、空は暗く、毒の雨が降り、人々は次々に死んでいきました。


 父親はシャラピに言いました。

「この星はもう、人が住める星ではない。争いが終るその日まで、あの、空に浮かぶ星へ行こう」

 シャラピはうなづきました。母親はシャラピの小さな手をにぎり、

「ごめんね」

 といいました。


 次の日、シャラピたちが乗った船は、空に浮かぶ星を目指して出発しました。その途中、いくつもの仲間の船が炎に包まれました。シャラピは、怖くて怖くて泣きました。


 その星には木も花も、空気も水もありませんでした。だけど人々はそこに屋根を作り、町を作り、少しづつ、住めるようにしていきました。でも、シャラピだけはまだ、船から出してもらえません。

 シャラピは退屈でした。最初は船の窓から星空を見て過ごしていましたが、屋根が邪魔になって星すらも見えなくなりました。

 彼女以外に子供は船におらず、遊び相手もいませんでした。他の船に乗っていた友達や子供たちは、いったいどこにいってしまっただろうと、シャラピは涙を流しながら、大きなあくびをしていました。


 そんな、面白くない日がどのくらい続いたころでしょうか。シャラピはついに、船から外に出ることをゆるされました。その星には何にもありませんでしたが、シャラピはとても喜んで、灰色の砂の上を飛び回りました。

「すごいね。なんだか体も軽い。これから、どうするの? あのまちに住むの?」

 シャラピは母親に聞きました。すると母親は、

「これから私たちは、眠るのです。汚れてしまったあの星が、きれいになるその時まで」

「眠る? いつあの星へ帰れるの?」

「ずっと……ずっと先になると思います」

 シャラピは頬をふくらませました。

「えーっ!? そんなのつまんない!」

 せっかく外に出れたのに、今度はずーっと、眠ると言われたのです。


 その夜、シャラピは不思議な夢を見ました。

 黒くて丸い大きな影が、シャラピに話しかけました。

「おいおいおい、お前たち。星を捨てたと思ったら、こんなものを作りやがって。これはとっても良くないぞ。こっちのせかいに入ってくるな」

「お前じゃなくて、私はシャラピ。星を捨てたりなんてしない。星がきれいになったなら、戻ってみんなと住むんだよ。ちょっとまってよその前に、こんなものってなんのこと?」

「これだよこの屋根、おおきな屋根。こっちのせかいの力を使い、よくないことをしようとしてる」

「そっちのせかいもわからない。よくないことかもわからない。みんなでこれから眠るだけ。とってもとっても長い時間。でも起きる時がきたならば、こんなところにもういない。さっさとお屋根も片付けて、とっとと星に帰るんだ」

「よしわかったぞ眠りの子。もしもやくそくやぶったら、お前がすべてをこわすんだ」

「わからずやさん、私はシャラピ。こわすだなんておそろしい。そんなやくそくしなくても、みんながあそこにもどりたい。もどってみんなにまた会えば、あなたもいっしょに遊んであげる」

 それを聞くと黒い影はどこかに消えてしまいました。


 次の日、シャラピは体がやっと入るような、白い箱に入れられました。箱の中は少しひんやりしていて、シャラピは悲しくなりました。母親と一緒の箱で眠りたいと駄々をこねましたが、そのうち泣き疲れて寝てしまいました。

 他の人々も同じように、白い箱に入り、眠りました。

 父も眠りました。母はシャラピが入った白い箱にむけ、

「おやすみなさい、かわいいシャラピ。次にあなたが目覚めたときは、母なる大地で会いましょう」

 愛おしそうにささやくと、やがて眠りにつきました──


 ◇ ◇ ◇


 ──不思議な話だった。何度も何度も、その話を聞いた気がする。

 そしてその都度、

「その後、どうなったの?」

 と、そう聞いては、父を困らせていた。

 もしかしたら私は、父にかまってほしくて、わざわざ夜中に目を覚ましていたのか。そんな事をしなくても、愛情を感じていたはずなのに。むず痒い気持ちだ。


 ……成長したあと、不意に懐かしくなりそのおとぎ話を調べてみたことがあった。ところが、どこにも見つからない。有名ではない話だったのかと思って納得していた。よく考えれば物騒だし、教訓が含まれているのかもわからない。それにしても、似たような話すら見つからなかった。


 まさか、父が創作した作品だったのか……本当にそうだとしたら、父には童話作家の才があったのかもしれない。こうして大人になっても記憶に残るような話を作ったのだから。

 いや、少女はその後までは考えていなかったのだとしたら、詰めは甘いと言わざるを得ない……が、今の終わり方のほうが味があるのかもしれない。


 こんな他愛もない話も、父がいるうちに共有しておくべきだった。


 ◇ ◇ ◇


 ルミナリアの寝顔を見ながら、

「本当に白い箱があれば、治療法が見つかるその時まで、眠っていてほしいものだ……」

 と、ディランはそんな事を呟いた。


 まさにそんな時であった。父から便りが届いたのは。

後書き


すいません、公開設定を忘れていました……

いつもありがとうございます。

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