Ep.1-5 月見草の灯火
「よし、揃ったな」
ギルド裏手の集合広場に現れたダードの声に、エレナたちは姿勢を正した。今日は二回目の新人研修クエスト。前回と違い、事前に対象と作戦が示された、計画的な討伐任務だ。
「今回の相手は、街道沿いに新しくできたゴブリンの巣。斥候の報告じゃ、まだ個体数は少ないが、放っておけば増える。今のうちに叩く」
ダードの隣には、もう一人、見覚えのない女性が立っていた。腕を組み、値踏みするような視線を新人たちに向けている。ダードよりも幾分若く、しかし物腰には隙がない。
「今回は新人パーティーふた組合同で当たってもらう。メンター担当は俺と彼女だ。互いに自己紹介して名前を覚えておけ」
紹介された女性メンターは、軽く頷いただけで名乗りもしなかった。その分、後ろに控える三人組の男子が、これでもかというほど声を張り上げる。
「よろしくな! 俺たちは『紅蓮の牙』、覚えとけよ!」
先頭に立つ、がっしりとした体格の少年――ガレットが胸を張って名乗った。その両脇で、ドニーと呼ばれる軽薄そうな少年がへらへらと笑い、フィンと呼ばれる黒縁眼鏡の少年が値踏みするようにエレナたちを見ている。
「へー、パーティー名。かっこいいね!」
素直に感心するエレナに、ローワンは小さく身を縮めた。
(う、うわ、研修中のパーティーで名前つけるとか、ちょっと恥ずかしい……)
そんなローワンの内心をよそに、エレナはすっかり目を輝かせていた。
「私たちもつけよう! パーティー名!」
「え、ちょっと待って、エレナ」
慌てて止めようとするローワンが、助けを求めるようにユリウスを見る。だが返ってきたのは、期待とは正反対の言葉だった。
「そうですね。今後このパーティーで依頼を受けるなら、呼びやすい名があったほうがいいでしょう」
「ユーリまで!?」
味方のいないローワンをよそに、話はどんどん進んでいく。
「じゃあ提案するね! 『紅蓮の牙』に対抗して……『黒炎の刃』!」
「ええっ、なんかダサいよそれっ!」
思わずローワンが叫ぶ。すぐ直後に(やばい、これじゃ「紅蓮の牙」がダサいって言ってるようなもの……)と思いちらっと三人の方をみたが、誰一人気にしている様子はない。エレナは唇を尖らせながら引き下がり、代わりにユリウスが咳払いをした。
「では、こちらはいかがでしょう。『ヴェルデ冒険会』」
「どこの商会だよ!」
今度はガレットたちの方から、盛大なツッコミが飛んだ。ユリウスは心外そうな顔をしている。
「実務的で分かりやすいと思ったのですが」
「実務的かどうかで名前考えてたの!?」
収拾のつかない空気の中、エレナはふと思いついたように、隣に目を向けた。
「じゃあさ、ローワンなら何て名前つける?」
急に話を振られ、ローワンは面食らったように瞬きした。
「え、え、僕? そんな、反対してたのに……」
「いいから、いいから。ローワンがどういう名前なら納得するのか知りたいもん」
急かされて、ローワンはしばらく視線を泳がせていたが、やがて遠慮がちに口を開いた。
「え、えっと……じゃあ、月見草とか……」
その場の視線が、一斉にローワンへと集まる。
「かわいい! いいじゃん!」
真っ先に食いついたのはエレナだった。パチパチと目を輝かせている。
「一般名詞だけだと、ギルドに受理されないぞ」
淡々とそう指摘したのは、ダードだった。冷静な水を差されて、その場が一瞬静まる。
しばしの沈黙のあと、ユリウスが顎に手を当てて口を開いた。
「では、『月見草の灯火』ではいかがでしょう。夕闇に咲く月見草は、ちょっとした灯りのようにも見えますから」
一同、思わず言葉を失った。
「……お前、意外に風流なこと言うんだな」
ダードが呆れとも感心ともつかない声で呟く。ユリウスは特に照れる様子もなく、涼しい顔のままだった。
「語感も良いですし、ちょうど良いのではないかと」
「うん、月見草の灯火! 私たち、これで決まりね!」
エレナが満足げに頷き、こうしてなし崩し的に、パーティー名は「月見草の灯火」に決まった。
――――――――
「さて、自己紹介も終わったし、作戦の話をしようか」
ダードの一声で、六人の新人たちはそれぞれの得物を確認しながら円座になった。二人のメンターは少し離れた位置から、口を挟まず見守る構えだ。
「巣の周辺図はこれだ。出入り口は確認できているだけでこの二箇所。正面と思われる大きめの入り口と、側面と思われる小さめの入り口。中の個体数は、斥候の報告で十から十五程度と見られている」
地面に広げられた簡易な地図を前に、まず口を開いたのはフィンだった。
「正面から一気に押し込むのが早いでしょう。俺たちが正面を受け持ちます。数で押し切れば、時間もかからない」
「それは危険です」
すかさず返したのはユリウスだった。フィンの眉が、わずかに動く。
「正面突破は、巣の奥に潜む個体を刺激し、一斉に押し寄せられる可能性があります。巣の中は相手のテリトリーです。内部の広さも構造も外からは分かりませんし、囲まれればいくら実力があっても対応しきれません」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「出入り口が二箇所あるなら、両方から同時に攻めます。片方は大きな音を出して威嚇しつつ、しかし深入りはせず敵を引きつけます。陽動です。もう片方はできる限り音を殺し背後から襲います。奇襲殲滅です。」
フィンは一瞬押し黙ったが、すぐに反論を重ねた。
「陽動なんて悠長なことしてる間に、逃げられたらどうする。巣ごと潰すなら、勢いで押し切った方が確実だ」
「逃げられる方が、むしろ好都合とも言えます。巣の外に出た個体は、開けた場所での各個撃破が容易になりますから」
反論を即座に返され、フィンが悔しそうにユリウスを睨む。
「むしろ危険なのは、巣の中で包囲されることです。安全を確保できる位置で陽動して引きつける役割と、包囲されないよう動き回りながら位置を変え続け奇襲する役割を分けた方がいい」
理路整然とした反論に、フィンは苛立たしげに歯噛みしたが、言い返す材料が見つからないらしい。
「……確かに、それは一理ある」
渋々ながらも認めたフィンに、ユリウスは特に勝ち誇る様子もなく続けた。
「あなたの、数で押し切るという発想自体は間違っていません。ただ、それは陽動側で活かすべきです。正面から堂々と、多少の音を立てながら攻め込んでもらえれば、巣の中の個体を引きつけられます。その隙に、奇襲側が背後から短時間で殲滅する」
「……つまり、俺たちに囮をやれと?」
「囮ではありません、主導役です。その場で倒せる敵は倒してください。巣の中の個体を引きつけて足止めするのは、地味に見えて、実際には最も重要な役割です。これを完遂できるかどうかが作戦成功の鍵です」
言葉の選び方一つで、フィンの表情がわずかに緩んだ。
「……まあ、そういうことなら」
気づけば、作戦の細部を詰めているのはユリウスだった。誰が音を立てて注意を引くか、奇襲作戦はどう動くか、撤退の合図はどうするか――フィンも次第に、対抗心よりも作戦そのものへの興味が勝ってきたのか、素直に意見を出すようになっていた。
「奇襲側の人選ですが、狭い巣の中を移動することを考えると、体格が小さく、小回りの利く武器を持つ人が有利です。エレナとローワンのショートソードなら、通路の中でも取り回しに困らないでしょう」
「なるほどな。俺の大剣じゃ、あの手の巣穴じゃ振り回しづらいか」
ガレットが自分の得物を見下ろしながら納得したように頷く。ドニーの槍も同様に、狭い通路では不向きな長物だった。
「予備にダガーくらいは持ってるけどよ、正直あんまり使い慣れてねえんだよな」
ドニーがばつが悪そうに頭を掻く。
「でしたら、無理に主攻を担おうとせず、正面での役割に専念してください。慣れない得物で無理をする方が、よほど危険です」
ユリウスの言葉に、ドニーは素直に頷いた。ガレットが、これで決まりとばかりにパシッと手を叩く。
「じゃあ俺とドニーは正面。フィンは後方支援で連携頼む」
「エレナとローワンが奇襲側の主力、私は側面から援護と索敵補助を務めます」
「よし、それで行こう」
いつの間にか、六人全体の作戦をまとめているのはユリウスだった。ガレットもドニーも、当然のようにその指示に従っている。フィンだけが、複雑そうな顔でその様子を眺めていた。
――いつのまにかこいつにペースを握られた。
そう思いながらも、フィンはユリウスの立案した作戦に、これといった穴を見つけられずにいた。
作戦の全容が固まったところで、それまで黙って見守っていたダードが、静かに口を挟んだ。
「一つ聞きたいんだが」
全員の視線が集まる。
「出入り口は〈確認できているだけで〉二つだ、と言ったな。もう一つあったらどうする?」
ユリウスの表情が、わずかに固まった。
「……それは」
「斥候の報告は完璧とは限らない。むしろ断片的で間違いが含まれることの方がずっと多い。さっき自分でも内部の構造は分からないと言ったな? 土の中の巣穴なんて、見えない抜け道の一つや二つ、あって当然だ。しかしお前の作戦は、出入り口が二つだと決めてかかってる。もし奇襲側が中に入った後、想定外の場所から新手が出てきたらどうする?」
痛いところを突かれ、ユリウスは束の間、言葉に詰まった。情報をもとに完璧に組み立てたつもりだったが、確かに「未確認の抜け道」という前提の穴までは、考えが及んでいなかった。
「……失念していました。すみません」
素直に非を認めるユリウスに、ダードは責めるでもなく、ただ淡々と続けた。
「別に怒ってるわけじゃない。作戦もそのままでいい。むしろよく練られている。ただ、これは覚えとけ。頭の中だけで完璧に見える作戦ほど、現場で足元をすくわれる。俺たちが外で待機してるのは、そういう時のためだ。何かあったら、すぐ合図を出せ」
「……はい。肝に銘じます」
素直に頭を下げるユリウスに、フィンがどこか意外そうな顔をしていた。負けん気の強さも、間違いを認める潔さも、どちらも彼にとっては予想外だったらしい。
少し離れた場所で見守っていたダードともう一人のメンターが、顔を見合わせて小さく笑っていた。
「……見事なものね」
「ああ。にしても、あの参謀気取りの坊主、良い性格してるよ。負けん気だけじゃなく、ちゃんと折れるべきところで折れる」
ダードはちゃんとフィンも評価していた。
「そっちの子は、負けん気自体がないのが逆に厄介ね。張り合う気がないのに、気づいたら場を掌握してる」
「まったくだ」
――――――――
作戦決行。
正面から、ガレットとドニーが威勢よく雄叫びを上げながら巣に踏み込んでいく。剣がぶつかる音、ゴブリンの威嚇の叫び――計画通り、巣の中の個体は次々と正面へと引き寄せられていった。
「今です」
側面から、ユリウスが短く合図を出す。エレナとローワンは、巣の裏手に開いたもう一つの入り口から、音もなく滑り込んだ。
内部は薄暗く、獣じみた臭いが充満している。奥に潜んでいた数体のゴブリンが、正面の騒ぎに気を取られ、背後への警戒が疎かになっていた。
「右奥に二体」
ローワンの声に、エレナは頷くだけで即座に反応した。剣が閃き、声を上げる間もなく一瞬でゴブリンが崩れ落ちる。ローワンもまた、事前に決めていた通り、気づいて逃げ出そうとする個体の退路を塞ぐ役に徹していた。無理に斬りかかることはせず、あくまで牽制と誘導。それだけで、奇襲側の仕事としては十分だった。
側面からは、ユリウスが小規模な魔法で援護を続けている。閃光のような派手さはなく、地味に、しかし確実に、逃げようとする個体の足にまとわりつく重い霧のような魔法だった。相変わらず呪文の詠唱は無い。
戦況は、驚くほど計画通りに進んだ。
正面のガレットたちが引きつけ倒した個体、奇襲側が仕留めた個体、合わせて数を数えれば、斥候の報告通りの数がきっちりと討伐されていた。
「――終わりだ! 殲滅確認!」
ガレットの声が、巣の奥まで響き渡る。
汗を拭いながら、フィンがユリウスの元へと歩み寄ってきた。
「……お前の作戦、正直、腹立つくらい完璧だったよ」
「そちらの陽動があってこそです。陽動というのは相手が脅威に感じて初めて成立するのですから。大きく移動しないというだけで、正面突破とある意味で変わりません」
淡々と返すユリウスに、フィンは肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。だが、その横顔には、悔しさだけでなく、どこか納得したような色も滲んでいた。
――――――――
巣の外で待機していた、もう一つの一団――中級者パーティーの三人が、ちょうど様子を見に来たところだった。
「おー、思ったよりあっさり片付いたな」
軽い口調でそう言ったのは、腰にメイスと小ぶりなバックラーを提げた、大柄な女性だった。その隣には、杖を持ったひょろりと背の高い男と、同じく細長い体つきの、弓を提げた寡黙そうな男が並んでいる。
「お疲れさん。今回は出番なしか」
「そりゃ何よりだろ。あんたらの出番があるってことは、新人が危ないってことなんだから」
ダードがそう言って肩をすくめると、メイスの女性は快活に笑った。
「まあな。……今日のはなかなか筋良さそうじゃないか」
「だろ? まったく、退屈しないよ」
気安いやり取りに、片付けを終えて出てきたエレナがふと首を傾げた。
「あの、ダードさん。この方たちって……」
「ああ、紹介がまだだったな。俺のパーティーメンバーだ。今回は念のための後詰めとして同行してもらってた」
さらりと明かされた事実に、エレナたちは思わず顔を見合わせた。
「え、ダードさんって、普段はパーティー組んで冒険者やってるんですか!?」
「当たり前だろ、メンターだって本業は現役の冒険者だぞ」
心底意外そうな顔をするエレナに、ダードは苦笑した。
「まあ、お前らが今まで気にする余裕もなかっただけだろ。……とにかく、今日は上出来だ。特に問題もなく、計画通りの成果。三回目もこの調子で行けよ」
労いの言葉に、六人の新人たちはそれぞれの表情で応えた。誇らしげなエレナ、まだ少し呆然としているローワン、涼しい顔のユリウス、そして、悔しさと納得の入り混じった顔のフィン。
「じゃあ、最後に講評だ」
ダードの声に、六人はそれぞれ姿勢を正した。
「今日の作戦自体は、悪くなかった。陽動と奇襲を分けた判断、武器の特性に応じた役割分担、どれも理屈の上では正しい。……だが、二つほど言っておきたいことがある」
指折り数えるように、ダードは続けた。
「まず一つ目は、武器の選び方だ」
そう言って、ダードはエレナたちの腰のショートソードから、中級者パーティーの女性が提げたメイスへと視線を移した。
「ショートソードが狭所で取り回しが良いというのは、間違っちゃいない。だが、刃物には刃こぼれの心配がつきまとう。骨や甲殻の硬い相手、あるいは今回みたいに壁や天井が近くて振り切れない状況じゃ、刃の消耗を気にして力を加減しちまう。そういう場面じゃ、最初から刃を気にしなくていい鈍器――メイスの方が、余計な迷いなく振り抜ける」
「なるほど……刃の消耗を気にする必要がない分、力任せに振り抜ける、ということですか」
ユリウスが感心したように頷く。
「そういうことだ。剣にこだわりすぎるなよ、坊主」
ダードは軽く笑って、それから表情を引き締めた。
「もう一つ。……これは、さっきも作戦立案の段階で言ったな。出入り口は〈確認できているだけで〉二つ、という前提の話だ」
その場の空気が、わずかに張り詰めた。
「今回は結果的に、三つ目の穴はなかった。だが、もしあったらどうなってた? 奇襲側のエレナとローワンが巣の中に踏み込んだ後、未確認の出口から一体でも逃げ出していたら――そいつは、外で待機してるお前ら二人の背後を取れる位置に出てくる可能性があった」
ダードの視線が、ユリウスとフィンへと向く。
「巣の外に残ったのは、この二人だけだった。もし本当に想定外の出口があって、そこから複数の個体が飛び出してきていたら、この二人だけで対応できたか? そもそも、気づけたか?」
フィンが息を呑む。ユリウスも、その指摘に静かに目を伏せた。
「……正直に言えば、自信はありません」
「だろうな。作戦の穴は、頭の中じゃ見えにくい。だからこそ、俺たちみたいな後詰めがいる。今回はお前らの作戦が上手くいったから結果オーライだったが、次からは“もし外れたらどうなるか、その時はどうするか”まで、もう一段深く考えとけ」
厳しい言葉ではあったが、その口調に責めるような棘はなかった。ユリウスもフィンも、神妙な面持ちで頷いていた。
「……とはいえ、二回目の研修でここまでやれるのは、上出来だ。今日はよくやった」
最後に付け加えられた一言に、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
夕暮れの街道を、二組の新人パーティーと、二人のメンター、そしてダードのパーティーが連れ立って歩いていく。
「月見草の灯火、か」
歩きながら、ダードがふと呟いた。
「悪くないパーティー名だ。今日みたいに、地味だが確実な仕事をするパーティーには、ちょうど似合ってる」
その言葉に、エレナは誇らしげに胸を張った。
「でしょ! ローワンが考えたんだよ!」
「え、あ、その……ユリウスも考えてくれたし……」
急に話を振られたローワンが、照れくさそうに頬を掻いた。夕焼けに染まる街道を、六人分の足音が、賑やかに響いていった。
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