Ep.4-2 特例試験・後編
突然の申し出に、その場の空気が一瞬止まった。
「……だれ?」
戸惑うエレナに、試験官役の職員が慌てて駆け寄る。
「――ロレンツォ様! これはこれは、まさかご観戦とは」
「ロレンツォ……?」
聞き覚えのない、しかしどこか重みのある響きに、三人は顔を見合わせた。職員が小声で耳打ちする。
「非公式に『S級』と呼ばれている御方の、お一人です」
その一言だけで、周囲の空気が変わった。見学していた冒険者たちの間にも、緊張とも興奮ともつかないざわめきが広がっている。
ロレンツォは、そんな空気には構わず、まっすぐに三人を見据えていた。
「模擬戦の延長だ。同じ条件でいい。……どうだ?」
「望むところです」
即答したのはエレナだった。相手の格を理解していないわけではない。それでも、退く理由がなかった。
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「では、始め!」
試験官の合図とともに、三人は一斉に動いた。
エレナが弓を構え、ローワンが左右に展開し、ユリウスが後方で魔法による支援の構えを取る。三方向からの連携は、リリーたちとの一戦で確かに磨き上げられたものだった。
だが、次の瞬間には、すべてが終わっていた。
ロレンツォは、放たれた矢を最小限の動きで躱すと、同時に足元に淡く光る足場を編んだ。目に見えない階段を駆け上がるように、彼の体が一瞬で宙へと躍り上がる。
「――っ!?」
エレナとローワンの頭上を、文字通り飛び越えていく。前衛の二人が反応する間もなかった。
「な……!」
ユリウスが咄嗟に杖を構え直そうとした、その時にはもう遅かった。木剣の切っ先が、ユリウスの喉元、寸前で止まっている。
「ここまでだ」
静かな声だった。それだけで、勝負は決していた。
————————
「か、カッコいい……!!!」
呆然と立ち尽くすローワンとユリウスをよそに、エレナだけが目を輝かせていた。頬を紅潮させ、興奮を隠しきれない様子で、ロレンツォを見上げている。
「今の、何ですか? 一瞬で……! あんな風に跳べるものなんですか?」
矢継ぎ早の質問に、ロレンツォは意外そうに片眉を上げた。
「……見た目に反して、素直な性格らしいな」
苦笑まじりに応じながら、ロレンツォは木剣を鞘に収めた。ローワンとユリウスは、いまだ言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていた。圧倒的な実力差を、体で理解させられた沈黙だった。
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「講評をしよう」
ロレンツォの言葉に、リリーたちも含め、その場の全員が居住まいを正した。
「まず、お前ら三人の連携そのものは悪くない。特に、そこの少年」
視線を向けられたローワンが、びくりと肩を震わせる。
「索敵だけでなく前衛もこなす判断力、それに二刀の捌きも堂に入っていた。ただし――相手の矢を、目で見てから避けていたな」
「え……」
「訓練用の矢はまともに飛ばん。実戦の矢は、あの倍の速度で来ると思え。この距離では、見てから躱すのは間に合わん」
淡々とした指摘に、ローワンは息を呑んだ。実戦の厳しさが、数字の差として突きつけられた気がした。
「それと、お前」
今度はユリウスへと視線が移る。
「詠唱破棄、俺以外に使える奴を久々に見たな。その若さで大したものだ。どうやってそこに至ったかは、後でじっくり聞きたいな」
思いがけない賞賛に、ユリウスがわずかに目を見開く。
「……光栄です」
「だが」
ロレンツォの声が、一段低くなる。
「展開を読みすぎなのか、予想外の事態への対処はまだ遅いな。速さというお前の美点を、自分で殺してる」
図星を突かれたように、ユリウスの表情が硬くなった。
「総じて、二人とも自分を上回る相手との実戦経験がまだ少ない。今日みたいに、格上に瞬時に押し切られる感覚を、体に覚えさせておけ」
「はいっ……!」
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最後に、ロレンツォの視線がエレナへと向いた。
「……お前は、少し毛色が違うな」
「え?」
「戦い方自体は粗い。だが、どこか妙な感覚がある。お前とその周りだけ、やけに時間の密度が濃いというか……」
ロレンツォは、そこで一度言葉を切ると、自分の顎に手をやった。
「……視力……じゃないな。魔力か?」
探るような目で、エレナを見つめる。
「お前、魔力量を測ったことは?」
「ええと、測ろうとして途中でやめたというか……魔法自体、ほとんど使わないので」
「そうか」
ロレンツォは、少し考えるような間を置いてから、試験官役の職員に向き直った。
「悪いが、火種の魔法の道具を借りられるか。ついでに測っておきたい」
「は、はあ……構いませんが」
戸惑いながらも、職員は道具を用意した。正式な魔力測定の際に使われる、火種の魔法の火を既定のサイズに保つための道具だ。
「えっと……〈小さき火、来たれ、その粒、ここ〉」
エレナは、教わった通りの詠唱を丁寧に唱え、火種の魔法を灯す。以前、ユリウスに軽く教わっただけの、久しぶりの詠唱だった。ぼんやりと燃える小さな火を、エレナはそのままじっと見つめ続けることになった。
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一刻が過ぎても、火は消えなかった。
さらに半刻が過ぎても、エレナの顔には、疲れの色すら浮かんでいなかった。
「あの……もう終わりでいいですか? 暇なんですけど」
欠伸交じりの一言に、その場に残っていた周囲がざわめいた。ロレンツォの表情が、初めて明確に変わっていた。
「……もういい、消していいぞ」
「はーい」
軽い返事とともに、エレナは詠唱の一言もなく、あっさりと火を消してみせた。
(……当たり前のように消火の詠唱を破棄したな。どうなってるんだ、このパーティーは)
内心で苦笑するロレンツォだったが、その顔にはおくびにも出さなかった。それどころではない事実の方が、今は重かった。
しばらく黙り込んだ後、ロレンツォは絞り出すように呟く。
「測定不能、か」
「え?」
「大した意味はない。……ただ、お前の底が見えなかった、というだけの話だ」
それ以上、多くは語らなかった。だが、その横顔には、隠しきれない驚きが残っていた。
ユリウスが、そっとエレナの方を見る。何かを言いかけて、結局は口を噤んだ。今この場で、深く追及すべき話ではないと、判断したらしかった。
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その日の夕方、支部長室で正式にC級認定の書類が交付された。
「模擬戦、見事な勝利だった。それに、まさかロレンツォ殿まで巻き込むとはな」
苦笑する支部長に、エレナは照れくさそうに頭を掻いた。
「巻き込んだというか、向こうから……」
「まあいい。結果は結果だ。今日から、お前たちはC級だ」
三人は顔を見合わせ、ようやく実感の湧いた笑みを浮かべた。それでも、その笑顔の奥には、今日の完敗の記憶が確かに残っていた。
「2年未満でのC級到達は、この支部での最短記録だ。誇っていい記録だが、あまり周りに自慢して回らないでもらいたい」
「そんなつもりはないけど……なんで?」
エレナが素朴な疑問を尋ねた。
「そういう記録や賞を公にするとな、功を焦って命を落とすやつが出る」
「なるほど……」
「ロレンツォが模擬戦を申し出てくれたのも、お前たちがあっさり勝ちすぎて増長しかねないと思ったからだろう。圧倒されたそうだな」
ユリウスは、開始と同時にあっという間に木剣を突きつけられたのを思い出しながら答えた。
「全く手も足も出ず、完敗でした」
「俺たちは冒険者は兵士じゃない。自分の命以上に守るべきものはない。これからも、必ず生きて帰ってこい」
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「……手も足も出なかった……。強かったなぁ、ロレンツォさん」
宿への帰り道、ローワンがぽつりと漏らす。
「私たちも、まだまだですね」
ユリウスも、珍しく素直にそう認めた。これまで決定的な敗北を知らずにここまで来た三人にとって、今日の一戦は、初めての完敗だった。
「悔しいけど……もっと強くなりたいって、素直に思えたよ」
エレナの一言に、二人も静かに頷いた。北方の情勢が、確実に近づいてきている。今日の敗北は、その足音の重さを、三人に改めて教えてくれたのかもしれなかった。
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