Ep.4-1 特例試験・前編
年が明け、王都には新年らしい賑わいがまだ残っていた。
「お帰りなさい。三人とも、今日は支部長がまた話したいことがあるって」
簡単な依頼を終えてギルドに立ち寄ると、ミラがカウンターの向こうから声をかけてきた。
「また?」
エレナが首を傾げる。あの冬の日の報酬受け取り以来、支部長直々の呼び出しは久しぶりだった。
「今度も悪い話じゃないと思うけど……というか、多分いい話よ」
意味深に笑うミラに促され、三人は奥の部屋へと向かった。
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「おう、待たせたな」
支部長室に通されると、壮年の男はいつも通り書類の山の向こうから顔を上げた。
「今日呼んだのは他でもない。お前たちの、C級昇格の話だ」
「C級……」
思わず声を漏らしたローワンに、支部長は頷いた。
「本来、D級からC級への昇格には、指名依頼を含む討伐・救援系の依頼を、月に二回を超えるペースで、合計二年分以上こなすっていう活動実績が要る」
支部長が、ふとエレナの方を向いて尋ねた。
「――というのを、知ってたか?」
不意打ちの質問に、エレナの背筋が伸びる。(これ、絶対新人研修の座学でやったやつだ……)
「え、あ、聞いてたけど忘れてたというか、うん……」
しどろもどろに誤魔化そうとするエレナの隣で、ユリウスが淡々と口を挟んだ。
「初めて聞きました」
「えっ」
思わず振り返るエレナに、ユリウスは不思議そうな顔をした。ローワンは、必死に口元を押さえて笑いを堪えている。
「まあ、これは研修の座学の範囲外だ。ギルドもわざわざ聞かれるまで特に説明もしてないしな」
支部長の一言に、エレナはほっと胸を撫で下ろしたが、その顔はまだ赤いままだった。
「二年分……」
「ああ。だが、お前らはこの数ヶ月、北方関連の戦争クエストにばかり駆り出されてきた。実績としての中身は、とっくにその基準を超えてる。だが『合計二年分』という期間の要件だけは、どうやっても満たせねえ」
支部長は、机の上で指を組んだ。
「そこで、上と相談して特例を通した。期間の要件を免除する代わりに、B級パーティーとの模擬戦闘で実力を証明してもらう。これに合格すれば、即日C級認定だ」
「そんな特例、初めて聞きました」
ユリウスが目を細めると、支部長は小さく首を振った。
「今回初めて通した話じゃねえよ。実力に見合わない足踏みをしてる優れたパーティー向けの、昔からある救済措置だ。……ちなみに、ソロでこの特例を使ったのは、後にも先にもお前の父親くらいのもんだがな」
「――え」
エレナの声が、思わず詰まる。
支部長は、それ以上多くを語らなかった。
「その話は、そのうち、な。今はとりあえずお前たちの昇級の話だ」
「……はい」
まだ何か言いたそうな顔をしながらも、エレナは頷いた。
「模擬戦……相手は?」
ユリウスが尋ねると、支部長はわずかに口の端を上げた。
「紅蓮の牙の元メンター、リリーのパーティーだ。知ってるだろう」
「リリーさん……」
エレナが目を丸くする。ダードのパーティーほど直接の付き合いは多くないが、その名前と評判は、この一年半で十分すぎるほど耳にしてきた。
「あの人が率いてるパーティー、確か『白百合の誓い』でしたっけ」
ユリウスが尋ねると、支部長は頷いた。
「ああ。ここ最近、B級に昇格したばかりでな。勢いのある時期だ、いい相手だろう」
三人は顔を見合わせた。ダードの翡翠の剣と並ぶ、王都でも指折りの中堅パーティー。その相手に、模擬戦とはいえ正面から挑む。
「試験は三日後だ。場所はギルド訓練場。詳しい要項は、後で書面を渡す」
支部長は、そこで一度言葉を切った。
「言っとくが、模擬戦だからって手加減されると思うなよ。リリーは、そういう甘さとは無縁な女だ」
その言葉に、エレナはむしろ楽しそうな顔をした。
「望むところです」
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三日後、ギルド訓練場には、朝から張り詰めた空気が漂っていた。
広々とした敷地の周囲には、見学に来た冒険者たちがちらほらと集まっている。B級パーティーとD級パーティーの模擬戦という組み合わせが、それなりに話題を呼んでいるらしかった。
「よう、噂の月見草の灯火」
先に到着していたリリーが、軽く手を上げて迎えた。赤毛のベリーショートに、がっしりとした体格。柔和な笑みの奥に、有無を言わせぬ圧を感じさせる立ち姿だった。
「よろしくお願いします」
エレナが頭を下げると、リリーは意外そうに目を細めた。
「ずいぶん素直じゃないか。もっと威勢のいいのを想像してたけど」
「相手が本物のB級なので。生意気言ってる場合じゃないかなって」
「へえ。……その分別、悪くないね」
リリーの隣で、大盾を軽々と肩に担いだ大柄な男が、快活に笑った。
「リリーがそう言うのは珍しいっすね。俺はブルーノ、タンクやってます。よろしく」
朗らかな声に、緊張が少しだけ緩む。その隣、背の高い坊主頭の青年が、軽く会釈した。
「マルコです。弓を」
短い自己紹介だったが、纏う空気には無駄がなかった。
三人がそれぞれ得物を確かめる。渡されたのは、いつもの得物とほとんど同じ形に削られた木剣と、鏃を外して布を巻いた訓練用の矢だった。
「攻撃魔法の使用は禁止だ。視界や足場を操るような、直接殺傷力のない魔法までは許可する」
試験官役の職員が、両陣営を見渡しながら告げる。
「それと、模擬戦だというのを忘れるな。双方、大怪我をさせたらペナルティだからな」
念を押すような一言に、両陣営が頷く。準備が整ったのを確認すると、職員は片手を振り上げ、やがて開始の合図が響いた。
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「行くよ!」
エレナの号令とともに、両陣営が動き出す。
真っ先に前へ出たのはブルーノだった。大盾を構え、意外なほど機敏な足取りでエレナへと迫る。がっしりとした体格からは想像しにくい、俊敏な踏み込みだった。
「速い……!」
エレナは弓を捨て、腰に差した木剣を抜き放ちながら横に跳んだ。大盾の縁をかすめるように斬撃を放つが、ブルーノはそれをあっさりと受け流す。
「見た目通りに動くと思うなよ、嬢ちゃん!」
笑いながらの一言にも、隙はなかった。
一方、後方ではマルコの矢がローワンとユリウスを牽制していた。まともに飛ばない模擬戦用の矢にもかかわらず、正確無比な射線に、ローワンが舌打ちする。
「くっ……避けるだけで手一杯だ……!」
「私が抑えます」
ユリウスが即座に対応する。
「――視界を」
短い詠唱破棄とともに放たれた霧が、マルコの射線を薄く覆う。だが、次の瞬間には、リリーが二本の木剣を構えたまま、霧の中へと躊躇なく踏み込んできていた。
「隠れたつもりかい?」
「――っ!」
マルコの矢が止んだ以上、もう背後を気にする必要はない。ローワンはその判断を瞬時に下すと、木製のショートソードとダガーを両方構え、ユリウスの隣へと滑り込んだ。
「僕も出ます!」
二人がかりで迎え撃つ構えに、リリーの木剣がわずかに軌道を変える。ユリウスへの一撃を、ローワンが割り込んで受け止めた。木剣同士がぶつかる硬い音が響く。
「――へえ?」
リリーの声に、初めて驚きの色が滲んだ。
「思ったより、しっかり打ち合えるじゃないか」
「はいっ……!」
短く返しながらも、ローワンの足はまったく崩れていなかった。二刀を目まぐるしく使い分けるリリーの連撃を、押されつつも捌き続ける。
その間に、ユリウスは一歩下がって体勢を立て直し、改めて杖を構え直した。
「速い、けど……!」
ローワンに押さえ込まれたリリーの隙を突き、ユリウスが足元へ向けて拘束魔法を放つ。単体対象、殺傷力のない、リリーの動きだけを一瞬縛るための一手だった。
無詠唱で放たれたその一撃は、リリーの想定にない出来事だった。足首に絡みつく力に、一瞬、体勢が崩れる。
「――なっ……!?」
初めて聞く驚きの声だった。それでも、拘束の力に逆らうように木剣を振り下ろし、無理やり結び目を断ち切って体勢を立て直す。
「今の、何……詠唱もなしに、魔法を?」
戸惑いを隠せないまま、リリーが問う。
「私の得意技です」
素っ気なく返すユリウスに、リリーは一瞬言葉を失ったが、すぐに気を取り直したように木剣を構え直した。
「へえ。……なら、次は喰らわないよ」
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霧の中で射線を失ったマルコは、無理に弓を構え続けようとはしなかった。矢をその場に打ち捨て、腰のショートソードを抜きながら、迷いなくブルーノの援護へと走り込む。
「悪い、そっち行くぞ!」
「おう、助かる!」
二対一になった途端、エレナに掛かる圧が増した。ブルーノの大盾を凌ぎながら、横合いから繰り出されるマルコの剣も捌かなければならない。
だが、二人がかりの連携は、まだお互いの息が合いきっていなかった。ブルーノが盾で押し込もうとした瞬間、マルコの剣筋とわずかに軌道が重なる。
「――そこ!」
エレナはその一瞬の綻びを見逃さなかった。低く体を沈めて二人の間をすり抜けると、木剣の切っ先をブルーノの脇腹へと突き込む。
「うわ、やられた……!」
苦笑交じりの声とともに、ブルーノが両手を上げた。
一方、リリーは依然としてローワンとユリウスの連携に手を焼いていた。ローワンの二刀がリリーの剣筋を受け止めるたびに、彼女の足がわずかに乱れていく。
「もう一回、いくよ……!」
ユリウスが再び杖を構え直す。今度は同じ拘束魔法だと見せかけて、実際には足元ではなく得物へと狙いを変えた。
「――っ!」
リリーの木剣が、一瞬だけ動きを止める。その隙をローワンの一撃が正確に捉え、叩き飛ばした。
「そこまで!」
試験官の声が響き渡ったのは、その直後だった。
「ブルーノ選手、戦闘不能と判定。加えて、リリー選手の得物も弾き飛ばされ、これも決着とみなす。――勝者、月見草の灯火!」
一瞬の静寂の後、見学していた冒険者たちからどよめきが上がった。
「今の、あいつの詠唱聞こえたか……?」
「聞こえなかった……まさか、詠唱破棄……?」
「いや、そんなまさかな……D級だろ……」
「だとしても……閃光の魔術師って二つ名、伊達じゃなかったってことか……」
口々に囁かれる噂話に、当のユリウスは気づいているのかいないのか、涼しい顔で杖を下ろしていた。
「……悪くない」
得物を失ったリリーが、乱れた息を整えながら呟いた。想定以上の連携に、その顔には悔しさよりも、むしろ愉快そうな色が滲んでいた。
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その光景を、少し離れた木陰から眺めている男がいた。
ちょうど前線から王都へ帰還したばかりのその男は、支部長に声をかけられ、成り行きでここへ足を運んでいた。
「このあと、ベルナルド殿の娘のパーティーが臨時の昇格試験をやるが、見ていくか?」
ベルナルドの娘。その一言だけで、断る理由はなかった。かつて戦場でその武勇を耳にして以来、密かに憧れ続けてきた男の血を引く者を、一目見てみたい――そんな単純な好奇心だった。
もっとも、正直に言えば、過度な期待はしていなかった。
(女で、しかも亜人となれば……まあ、色物程度だろうな)
特別な差別意識があるわけではない。ただ、漠然とそう思っていた。世間によくある、無自覚の物差しだった。
だが、今、目の前で繰り広げられている光景は、その物差しを静かに揺さぶっていた。
拙い。粗い。それでも、確かな連携と、諦めない粘り強さがある。何より、前衛の少女の剣筋には、単なる才能だけでは片付けられない、見覚えのある何かが宿っていた。
男は、木陰から一歩、前へと歩み出た。
「――面白い」
その低い声は、戦いの喧騒の中でも、なぜかはっきりと響いた。
「私とも、手合わせしてみよう。こうも簡単に勝っては、気も緩みかねんしな」
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