Ep.3-11 冬の便り
葬儀から十日ほどが経ち、王都には、ようやくいつも通りの喧騒が戻りつつあった。
とはいえ、月見草の灯火の三人が受ける依頼は、まだ近場の軽いものばかりだった。誰からともなく、無理に元気を出そうとするのではなく、ただ淡々と日常をこなす日々が続いている。宿の食堂でも、以前のような他愛のない軽口は減り、代わりに黙々と食事を口に運ぶ時間が増えた。それでも、少しずつ、笑う回数は戻りつつあった。
その日も、簡単な採取依頼を終えてギルドに立ち寄ると、カウンターの向こうからミラが手招きした。
「お帰りなさい。……三人とも、ちょっといいかしら」
いつもの明るさは変わらないが、声にはどこか改まった響きがあった。
「報告なら、もう書類出しましたけど」
「そっちじゃないの。支部長が、直接話したいことがあるって」
三人は顔を見合わせた。今回の作戦の報告は、既に士官から受けている。それとは別に、支部長が直々に、という話は初めてだった。
「珍しいですね。何かあったんでしょうか」
「さあ。……悪い話じゃないと思うけど」
言葉を濁すミラの表情には、どこか含みがあった。三人はミラに案内されるまま、奥の部屋へと向かった。
————————
支部長室に通されると、壮年の男は書類の山の向こうから、心なしかほっとしたような顔を上げた。
「おう、待たせたな。座ってくれ」
促されるまま椅子に腰掛けると、支部長は一つ、咳払いをしてから話し始めた。
「まず結論から言おう。今回の拠点確保作戦、目標だった砦の確保に成功した。防衛線はかなり北へ押し上がって、途切れていた補給線も繋ぎ直せた。……お前たちの働きも含めての結果だ」
淡々とした言葉の奥に、確かな重みがあった。エレナは、思わず拳を握った。あの日の犠牲が、少なくとも無駄ではなかったという事実に、わずかながら救われる思いがする。
「補給線が繋がったというのは、具体的には」
ユリウスが、いつもの調子で尋ねた。
「砦一つ落とすより、そっちの方が意味は大きい。冬の間、物資が滞りなく前線まで届くようになった。これで、少なくとも今の防衛線が丸ごと崩れる心配は、当分なくなったってことだ」
「それは……確かに、大きな成果ですね」
「ああ。お前らが思ってる以上にな」
支部長は、一度言葉を切ってから続けた。
「それと、現地はもう雪が降り始めてる。この分だと、間もなく停戦になるだろうって話だ」
「雪で……止まるんですね、また」
ローワンがぽつりと呟いた。去年のこの時期と同じだ。自然の厳しさが、皮肉にも戦いに区切りをつける。
「毎年のことだ。魔族側も、雪の中で無理に攻め込む気はねえらしい。……とはいえ、油断はできねえ話だがな」
支部長は、机の上に革袋をいくつか並べながら続けた。
「それでだ」
「今回の報酬なんだが……当初の想定より、だいぶ色をつけさせてもらった。ダードのところ、お前らのところ、紅蓮の牙。この三パーティーの働きは、上からも特別に評価されてる」
「想定より、というと」
「当初の約束は、一人あたり金貨五枚。日当にして金貨一枚てとこだったが……蓋を開けりゃ、十枚だ」
「十枚……」
エレナが思わず声を漏らした。約束の倍という数字に、まだ実感が追いついていない様子だった。
「戦地の混成遊軍としての働きが、特に高く評価された、ということでしょうか」
「そういうこった。士官殿から見ても、お前らの連携は、数字以上のもんだったらしい」
革袋を持ち上げたエレナの手には、いつもの依頼とは明らかに違う重みがあった。それでも、その顔には素直な喜びよりも、どこか複雑な色が滲んでいる。
「……なんか、これだけの額もらっても、あんまり嬉しくないかも」
小さく呟いたエレナに、支部長は静かに頷いた。
「素直に喜べる話じゃねえのは、分かってる」
支部長は、そこで一度、言葉を選ぶように間を置いた。
「それとな……もし可能なら、来年の作戦にもまた参加してほしい、と上から言われてる。お前らの働きは、それだけ買われてるってことだ」
「支部長さんは、どう思ってるんですか」
エレナが、ふと尋ねた。支部長は、しばらく黙り込んでから、絞り出すように答えた。
「……正直、あまり良いとは思ってねえよ。ギルドは本来、こういう戦争に首を突っ込むための組織じゃねえ。冒険者は、魔物を狩って人を助けるのが本分だ。だが、頼まれちまえば、無下にもできねえのが現実だ。……お前らの意思は、お前らのものだ。無理強いする気はない」
その言葉には、上の指示と自分の本音との間で板挟みになっている者の、苦しさが滲んでいた。三人は、しばらく何も言えずにいた。
「……考えておきます」
代表して答えたユリウスの言葉に、支部長は静かに頷いた。それ以上、何も言わなかった。
革袋を受け取り、部屋を出ようとしたところで、エレナがふと足を止めた。
「あの、紅蓮の牙って、今どうしてるんですか。最近、全然見かけなくて」
支部長は、一瞬だけ言葉に詰まったような顔をしたが、やがて小さく首を振った。
「……それは、俺の口から言うことじゃねえな。本人たちに聞いてくれ」
その言い方には、何か含みがあった。三人は顔を見合わせたまま、それ以上追及することなく、部屋を後にした。
————————
ギルドを出て、夕暮れの通りを歩いていた三人の前に、見覚えのある背中があった。
「――ドニー?」
声をかけると、ドニーは振り返り、いつもの軽い調子で片手を上げた。だが、その笑顔はどこか、無理をしているようにも見えた。
「よお。ちょうどいいところで会ったな」
「一人で歩いてるの、珍しいね。ガレットは?」
「あいつなら、宿で寝てるよ。今日は俺一人で、ちょっと野暮用があってな」
軽い口調のまま、ドニーは三人を近くの路地裏へと促した。人通りの少ない場所まで来ると、ようやく本題を切り出した。
「実はさ……俺、冒険者やめることにしたんだ」
思いがけない告白に、三人は言葉を失った。
「紅蓮の牙も、もう解散だ。ガレットはソロでやるつもりみたいだけど」
「そんな、急に……」
ローワンが、戸惑ったように口を開いた。ドニーは、力なく笑った。
「急でもねえよ。あいつがいなくなってから、なんとなく分かってたんだ。俺一人じゃ、槍一本じゃ、これ以上は無理だって」
自嘲めいた響きの中に、隠しきれない本音が滲んでいた。
「フィンがいたから、俺とガレットは、あれで回ってたんだよ。前に出るだけの奴と、勢い任せの奴。指図してくれる頭がなくなったら、途端にこの体たらくさ」
「そんなこと……」
「いや、事実だよ。それに、正直言うと……あの時、俺は動けなかった。ガレットは別の敵を食い止めてたし、俺もそっちに手一杯だった。分かってても、フィンが死んだって聞いた瞬間、頭のどこかで、逃げたんじゃねえかって、自分を疑っちまってて」
一息にそこまで言うと、ドニーは自分を落ち着かせるように、一拍置いた。
「それでさ、お前らに頼みがあって」
続けて口を開いたドニーは、少しだけ、真剣な顔になった。
「ガレットを、よろしく頼むよ」
「え……」
「リリーさんの扱きで、俺がずっと逃げ回ってた時も、あいつは逃げなかったんだ。あいつは凄い奴なんだよ。しばらくはソロでやるって言ってるけど……気にかけてやってくれよ。何なら、拾ってやってくれると嬉しいんだけど……それはねえか」
最後の一言だけ、いつもの軽さが戻っていた。だが、その裏にある想いの重さは、三人にも確かに伝わっていた。
「もちろん、気にかけるよ。約束する」
エレナが即座に答えると、ドニーは少しだけ、驚いたような顔をした。
「……ありがとな。んじゃ、俺はこれで」
「ドニーは、これからどうするの」
エレナの問いに、ドニーは少し考えてから、いつもの軽さで肩をすくめた。
「実家の方に戻って、親父の店でも手伝うよ。槍持って前線に立つよりは、俺には性に合ってるかもしれねえな」
それだけ言うと、ドニーは軽く手を振って、雑踏の中へと歩き去っていった。その背中を、三人はしばらく黙って見送っていた。
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十二月に入り、王都には、ちらほらと雪が舞う日が増えてきた。宿の食堂には、今年もまた、簡素な飾り付けが施されていた。
「はい、ローワン、十七歳おめでとう!」
「あ、ありがとう……」
昨年と同じ、少し照れくさそうな顔で、ローワンが杯を掲げる。あれから一年、体格も表情も、あの頃より随分と大人びていた。
「早いもんだね、もう十七か」
エレナがしみじみと呟くと、ユリウスも静かに頷いた。
「あっという間でしたね。……色々なことがありましたが」
その一言に、三人の間に、束の間の沈黙が落ちた。フィンのこと、ドニーのこと。まだ、完全に消化しきれたわけではない。それでも、と誰からともなく思う。立ち止まってばかりはいられない。
「ガレット、元気にしてるかな」
ローワンがぽつりと呟いた。あの日以来、街で何度か遠目に姿を見かけたが、まだ声をかけられずにいる。
「今度、うちに顔出すよう誘ってみようよ」
エレナが、明るい声で提案した。
「ソロでずっと一人じゃ、しんどいだろうし」
「そうですね。……ドニーとの約束も、ありますし」
「そういえば」
沈黙を破ったのは、ユリウスだった。
「一つ、報告があります」
「なに、改まって」
「来年の秋、学園に入ろうと思います」
あっさりとした口調だったが、その一言に、エレナとローワンは目を丸くした。
「本当に? もう、そんなに貯まってるの?」
「ええ。想定より、随分と早く」
戦争関連の依頼が続いたことで、貯蓄のペースは大きく前倒しになっていた。まだそのことの意味を、ユリウス自身、深く考えてはいなかった。今はただ、目標に手が届く実感に、素直な喜びがあった。
「おめでとう、ユーリ!」
「まだ入学したわけではありませんが……ありがとうございます」
「入学したら、僕たちと会えなくなる時間、増えちゃうのかな」
ローワンが、少し寂しそうに呟いた。ユリウスは、それに小さく首を振って答えた。
「学園に通いながらでも、依頼は受けられます。休学制度もありますし……何より、パーティーを抜けるつもりは、初めからありません」
いつもより柔らかい声で答えるユリウスに、ローワンも笑いかけた。
「じゃあ、あと一年は三人で稼ぐってことだね」
「そういうことになりますね」
窓の外では、雪が静かに降り積もり始めていた。去年のこの時期と、同じ景色。それでも、この一年で失ったものも、得たものも、確かにあった。
「よし、乾杯し直そう! ローワンの誕生日と、ユーリの入学、両方まとめて!」
エレナの音頭に、二人が杯を合わせる。宿の食堂に響く笑い声は、悲しみを忘れたわけではなく、それを抱えたまま、それでも前を向こうとする三人の、確かな意志の表れだった。
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