Ep.1-3 耳目聡明
翌朝、宿の食堂に集まった三人は、昨日の研修クエストについて話し合っていた。とはいえ、まだ日も高くない時間帯で、テーブルには三人分の紅茶と、食べかけのパンが並んでいるだけの、ごくのんびりした空気だった。
「じゃあ、まずは反省会ね!」
エレナの号令で始まった話し合いは、しかし最初の一言から早くも脱線しかけていた。
「次はもっと強い敵のところに行きたいな。ゴブリンより稼ぎのいい依頼、絶対あるでしょ」
「え、ちょっと待って、まだ二回目も残ってるのに気が早いよ!」
ローワンが慌てて口を挟む。だがエレナは意に介さず続けた。
「稼ぎがいいほうが、借金も早く返せるじゃん。効率の問題だよ、効率の」
「それ、絶対それだけが理由じゃないでしょ」
ローワンがじとっとした目でエレナを見た。
「昨日だってさ、五匹倒しただけなのに、ギルドのみんなに囲まれて、めちゃくちゃ嬉しそうにしてたし。……そんなこと言って、もっと強い敵倒して目立ってやろうって思ってるんでしょ」
図星を突かれたエレナは、一瞬だけ言葉に詰まり、それから唇を尖らせた。
「……そ、そんなことないもーん……!」
「絶対嘘だ」
「うるさいなー! 別にいいでしょ、ちょっとくらい!」
案の定、あっさり白状する形になったエレナに、ローワンは呆れたようにため息をついた。
そこへ、意外な方向から助け船――いや、援護射撃が入った。
「稼ぎの効率という点では、エレナの意見にも一理あります」
ユリウスだった。ローワンが驚いて振り返る。
「え、ユーリまで!?」
「討伐依頼は、対象の危険度に応じて報酬単価が跳ね上がります。同じ時間と労力をかけるなら、我々の実力に見合った、より高難度の依頼を受けたほうが、時間あたりの収益効率は明らかに良くなります」
「ほら見て、ユーリもこう言ってる!」
得意げに胸を張るエレナに、ローワンは頭を抱えた。
「い、いや、でも……危ないよ。まだ僕ら、正式に冒険者として認められたわけでもないのに」
「危険度と収益のバランスは、確かに検討の余地がありますね」
ユリウスは顎に手を当てて考え込んだ。ローワンはここぞとばかりに続けた。
「それに、ダードさんも言ってたじゃないか。『しっかり怖がれ』って。『慣れた頃が一番死にやすい』って。……まだ僕らは、正式に一回研修終えただけなんだ。焦る理由、ないと思う」
エレナとユリウスは、顔を見合わせた。
「……まあ、確かに」
ユリウスが先に折れた。
「規定回数の研修を待たずに無理をして、万が一のことがあれば、それこそ本末転倒です。ここは、ローワンの意見を採用しましょう」
「えー」
エレナは分かりやすく不満そうな顔をしたが、二対一では分が悪いと悟ったのか、それ以上は食い下がらなかった。
「まあまあ、そうむくれないで。次の研修まで、まだ半月あるんだから」
ローワンにそう宥められ、エレナはしぶしぶ頷いた。
「じゃあ、次は連携の話ね」
気を取り直したように、エレナが話を進める。
「私とユーリは、昨日それなりに息合ってたと思うんだけど。ローワンは、実際何ができるの?」
改めて聞かれ、ローワンは一瞬言葉に詰まった。
「え、えっと……剣は、一応使えるけど、正直そんなに強くない。魔法は使えないし……。でも、地図読みとか、荷物の管理とか、野営の準備とか、そういうのは得意なほうだと思う」
「索敵は?」
ユリウスが尋ねた。ローワンは昨日の一件を思い出したのか、少し照れくさそうに頷いた。
「あ、それは……多分、得意なほう、かも。小さい頃から、父さんによく言われてたんだ。『よく見て、よく聞け』って」
「お父さん譲り、というわけですね」
「まあ、アルド父さんはそういうの得意だから」
そう言われて、ユリウスがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、こちらにお世話になってから、ご主人にはまだお会いしていませんね」
「あ、確かに」
エレナも頷いた。
「アルドさん、今日はこっちいるの?」
「多分、いると思うけど……」
ローワンが首を傾げる。宿の主人であるアルドは、宿の切り盛りや修繕の傍ら、街の住宅設備の修理屋のような仕事も請け負っている。ローワンが厨房を任せられるようになってからは、その分外の仕事を増やしているらしく、日中は宿にいないことも多いのだった。
そんな話をしていると、玄関の方から重い足音がした。
「……ただいま」
低く落ち着いた声とともに姿を現したのは、日に焼けた大柄な男だった。無骨な作業着姿だが、手には道具箱がない。寡黙そうな顔立ちの中で、目元だけがローワンとよく似ている。
「あ、父さん、おかえり。忘れ物?」
「……ああ。いくつか道具が足りなくてな」
答えながら、アルドは壁際の棚から予備の工具袋を取り上げた。手早く中身を確認し、肩に掛け直す。
「アルドさーん! お久しぶりです!」
エレナが椅子から立ち上がって手を振ると、アルドは一瞬だけ表情を緩めた。
「……エレナ。大きくなったな」
「毎回それ言うよね、前に会った時と変わってないよ」
くすくす笑うエレナに、アルドは道具袋を担ぎ直しながら、テーブルの三人を順に見た。視線がユリウスのところで止まる。
「……きみが、噂の」
「ユリウスと申します。お世話になっております」
丁寧に頭を下げるユリウスを、アルドはしばらく無言で観察していた。長い沈黙に、ユリウスがわずかに居心地悪そうな顔をした頃、アルドはようやく口を開いた。
「……荷物、少ないな」
「は?」
「冒険者にしちゃ、持ち物が少なすぎる。無駄を削ってるのか、単に足りてないのか……多分、前者だろうな。お前さん、無駄は嫌いだろう」
ユリウスは目を丸くした。初対面で、しかも一言二言交わしただけの相手に、そこまで見抜かれるとは思っていなかったらしい。
「……よく、お分かりになりましたね」
「まあ、な」
アルドはそれだけ言うと、ローワンの方に向き直った。
「厨房、頼んだぞ」
「うん、任せて」
短いやり取りだけを残し、アルドはまた道具袋を担いで、玄関の方へと戻っていく。すれ違いざま、エレナの頭に、ぽんと大きな手のひらが乗った。
「……無理は、するなよ」
それだけ言って、アルドは宿を出て行った。
「……相変わらず、忙しない人だなぁ」
エレナが苦笑しながら、乱れた前髪を直す。ローワンは、少し誇らしげな顔をしていた。
「父さん、ああ見えて、色々よく見てるんだ。人のこと」
「うん、なんかユーリのこと一瞬で言い当ててたもんね」
「……観察眼は、遺伝するものなのですね」
ユリウスが感心したように呟いた。ローワンは照れくさそうに頭を掻いた。
――――――――
「はい、じゃあ次、依頼確認するよー」
昼過ぎ、ギルドの掲示板の前で、エレナは腕を組んで貼り紙を睨んでいた。討伐依頼はまだ受けられない身分だが、採集や雑用の依頼であれば新人でも自由に受注できる。
「薬草採取、街道の側溝掃除、荷運びの手伝い……」
「あ、この薬草採取のやつ、いいんじゃないかな。西の丘、そんなに危なくないし」
ローワンが指差した依頼票を、エレナが覗き込む。
「〈月見草を三十本〉……月見草って、どんな見た目だっけ」
「白くて小さい花で、夜にならないと開かないやつだよ。夕方に行けば、開きかけのが見つかると思う」
「へー、詳しいね」
「宿の裏にも生えてるから、見慣れてるだけ」
そんな会話をしながら三人が西の丘へ向かうと、案の定、日が傾く頃合いに、あちこちで白い花がちらほらと開き始めていた。
「あ、あった! これでしょ!」
エレナが真っ先に駆け寄り、目についた白い花を片っ端から摘み取っていく。
「ちょ、ちょっと待って、それ月見草じゃない!」
ローワンの声に、エレナの手が止まった。
「え、違うの? 白くて小さいし、夜っぽいのに開いてるし」
「それ、似てるけど毒草のほうだよ。月見草は花びらが五枚、そっちのは六枚。……あと、微妙に匂いが違う」
「うわ、危なっ! 教えてよ先に!」
「言おうとしたら、もう摘んでたんだもん!」
言い合う二人の隣で、ユリウスは黙々と正しい月見草を摘み集めていた。手際は良いが、こちらは植物図鑑で予習してきた付け焼き刃の知識らしく、時折ローワンに「これで合っていますか」と小声で確認している。
「……ローワン、野草採集依頼では頼りになりますね」
「え、そ、そう?」
「野草の見分けなんて、私はさっぱりです。効率的な判断には、正確な知識が不可欠ですから」
素直な評価に、ローワンは照れくさそうに、しかし嬉しそうに頬を掻いた。
「植物とか虫とか食べ物とか、ローワンに聞けばだいたい分かるもんね!」
エレナが自分のことのように嬉しそうな声を上げた。毒草を間違えて摘んだことなど、もうすっかり頭から抜けているらしい。
「な、なんでエレナが得意げなの……」
「いいじゃない、幼馴染なんだから!」
その屈託のなさに、ローワンは毒気を抜かれたように苦笑いした。
「三十本かぁ……ちょっと時間かかりそうだね。手分けして集めよっか」
三人でバラバラに探しはじめたが、エレナとユリウスはローワンが「これは月見草、これは違う」としっかり選り分けるのを見て、自分たちは探すだけにして、見つけてはローワンを呼んで確認と採取まで任せるようになっていた。
「ローワンが太鼓判押したやつだけ集めれば、間違いないもんね」
「ええ。彼の観察眼は、既に実証済みですから」
ちょうど三十本目を摘み終えたところで、ローワンが顔を上げた。
「よし、これでぴったり三十本」
「さすが、無駄がないね」
三人は特に多く採ろうとも思わず、依頼数ぴったりの月見草を籠に収めて、丘を後にした。
丘の向こうに夕日が沈みかける頃、三人はギルドへと引き返した。
――――――――
ギルドに着くなり真っすぐに納品受付窓口に向かったエレナは、はじめての納品に挑む。
「これお願いします!」
「はい、月見草ね。確認するから少しまっててね」
窓口カウンターに繋がる作業テーブルに受け取った月見草を広げ数えていた受付嬢が、ふと手を止めた。
「あら、ぴったり三十本ね。……こういう採取クエストは、鑑定で萎れてたり傷んでたりするものが弾かれることがあるから、みんな保険で少し多めに持ってくるものなんだけど」
「え、そうなんですか?」
エレナがきょとんとした顔で尋ねる。三人とも、そんな慣習は知らなかった。
「知らなかったのね。まあ、大抵の新人はそれで一度、痛い目を見るのよ」
そう言いながら、受付嬢は月見草を一本一本詳しく確認していく。やがて、その手が止まった。
「……ちょっと待って。全部ちゃんと月見草じゃない。萎れも傷みも、混ざりものも一本もないわ。……あんたたち、良い目してるわね」
「あ、それはローワンのおかげです」
エレナが即座に指をさすと、ローワンは照れくさそうに首の後ろを掻いた。
「宿の裏にも生えてるので、見慣れてて……」
「見慣れてるだけで、これだけ完璧に見分けられるもんじゃないわよ。混同しやすい毒草もあるのに。……きみ、採取クエスト向いてるわね」
思いがけない褒め言葉に、ローワンは目を丸くしてから、じわじわと嬉しそうな顔になった。
「次からは、私たちも念のため多めに採るようにします」
「そうしてちょうだい。まあ、今回は結果オーライだけどね」
受付嬢は苦笑しながら、規定通りの報酬を三人分、手渡した。
――――――――
報酬を受け取り、ギルドを出ようとしたところで、隣の受付台の会話が耳に入った。
「――だから言ってるだろ、北の交易路が閉じたのは確定情報だ。エルフの隊商だって、もう半月以上こっちに来てないぜ」
「魔族の侵攻のせいか?」
「詳しいことは分からねえが、少なくとも安全に通れる道じゃなくなったのは確からしい。北方の依頼、しばらく貼り出されないんじゃないか」
「魔力ポーションの値が上がりそうだな、クソッ……」
冒険者らしき二人組が、深刻な顔でそんな話をしていた。
エレナの足が、ふと止まった。
「……北のエルフの、交易路」
小さく呟いたその声に、ローワンが振り返る。
「エレナ?」
「あ、ううん、なんでもない」
エレナはすぐにいつもの調子で笑ってみせたが、その横顔をユリウスは一瞬だけ、注意深く見つめていた。
「エルフの隊商、心当たりでも?」
「そういうわけじゃないんだけどね。……ただ、お母さんの故郷も、確か北の方だったから」
それだけ言うと、エレナはさっさとギルドの扉へと歩き出した。
「さ、帰ろっか。今日はいっぱい稼いだし、ロゼさんに何か美味しいものねだろう!」
いつも通りの明るい声に、ローワンとユリウスは顔を見合わせてから、その背中を追った。
夕闇の迫る王都の空に、一番星が瞬き始めていた。
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次回は明日18:30に更新予定です。
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