Ep.3-8 拠点確保作戦・前編
戦場に程近い野営地で、冒険者たちを集めて行われた最終ブリーフィングは、短く要点を絞ったものだった。
「諸君らの役割は、隠れた助攻の発見と撃破だ」
説明にあたった士官の声は、これまでと変わらず淡々としていた。
「魔族側は、正面から当たる主力とは別に、側面か背後を突くための別動隊――助攻を必ず用意してくる。これを見つけ出し、本隊に取り付く前に潰す。それが諸君らの任務だ」
士官は、簡素な地図の上に指を滑らせた。
「戦場周辺の森は広い。国軍も傭兵団も、正面の敵にかかりきりで、そちらまで手を回す余裕がない。だからこそ、少人数で機動力のある冒険者に任される」
「編成は、十名程度を一隊とする。周辺の森を分担して捜索し、発見次第、狼煙を上げて位置を示しつつ、角笛で近隣の隊を呼び集めること。狼煙だけでは正確な位置までは伝わらないが、角笛の音を頼りに駆けつけてもらう手筈だ」
淡々とした説明に、その場にいた誰もが、これがどれほど危険な役目であるかを理解していた。少数で敵の本隊を探し当て、しかも見つけた瞬間から、こちらが袋叩きにされる危険と隣り合わせになる。
「質問がある」
手を挙げたのは、ダードだった。
「発見した隊が、狼煙を上げる前に相手に気取られちまったらどうする。角笛を鳴らして応援を待つ間に、持ち堪えられなかった場合は?」
士官は、一瞬の間を置いてから答えた。
「――保証はできん。持ち堪えられなければ、退くなり、最悪の事態になるなりだ。近隣の隊が優先的に駆けつける手筈だが、地形と距離次第で、間に合うとは限らない」
正直すぎる返答に、その場の空気が一段と引き締まった。
「つまり、見つかっちまったら、最後は自分たちの判断でどうにかしろってことか」
「その通りだ。だからこそ、実力と判断力のある者を選んでいる」
ダードは小さく舌打ちしたが、それ以上は何も言わなかった。
「各隊の編成は、そちらに任せる。一人一人の顔と実力まで、こちらでは把握しきれん。ダード、お前が仕切ってくれ。約束通り、若い連中の面倒はお前が見ろ」
士官の言葉に、ダードは短く頷いた。冒険者たちの中でも、各パーティーの実力を実際に把握しているのは、士官よりよほどダードの方だった。
集められた面々をしばし見渡してから、ダードが口を開いた。
「月見草の灯火、紅蓮の牙、お前らは俺たちと組め。翡翠の剣と合わせて一隊とする」
名指しされた月見草の灯火と紅蓮の牙、合わせて六名が顔を見合わせた。案の定というべきか、経験の浅い若手二パーティーを、自分の目の届く場所に置くつもりらしい。
「――フィン、実質的な指揮はお前が執れ」
指名されたフィンが、一瞬だけ目を見開く。
「俺は前衛に専念したい。ユリウスも、数を捌くのに専念させたい。となると、全体を見て指示を出す役は、お前が一番向いてる」
「……承知しました」
フィンが表情を引き締めて頷くのを見て、ダードはにやりと笑った。
「大丈夫だ。お前の指揮で、ここ数ヶ月負けなしだからな」
その一言に、フィンの拳が、密かに固く握られていた。
————————
森の中は、思いのほか静かだった。
木々の合間を縫うように進みながら、フィンが小声で指示を飛ばす。
「ローワン、索敵を頼む。エレナは右翼、ガレットは左翼の警戒。ダードさん、後方の押さえをお願いします」
「了解だ」
ダードが短く答える。かつて新人だった三人に指示を出される立場になっても、その声に不満の色はなかった。
森は深く、木漏れ日の下でも、どこか肌寒い空気が漂っていた。時折、遠くから伝わってくる正面戦線の喊声が、この森の静けさをかえって不気味なものにしている。
「……嫌な感じだね」
小声で呟いたエレナに、隣を歩くガレットが頷く。
「ああ。柄にもなく、緊張してる」
一度、ローワンが「――止まって」と鋭く声を上げ、全員が息を潜めたことがあった。だが、それは風に揺れた木の葉の音を、警戒していたローワンの索敵が過敏に拾っただけのことだった。
「……すみません、勘違いでした」
「いや、その慎重さは正しい。空振りを恐れるな」
フィンの言葉に、ローワンは小さく頷き、索敵を続けた。そうして張り詰めた空気のまま、さらに半刻ほど進んだところで、ローワンがふと足を止めた。
「――何か、いる」
低い声に、全員の緊張が一気に高まる。木立の奥、注意深く目を凝らせば、統率の取れた足音と、金属の擦れる音がかすかに響いていた。
「……数が多い」
物陰から様子を窺っていたヴィートが、押し殺した声で呟いた。
「魔族の別動隊で間違いない。……フィン、どうする」
木の陰から窺うその先には、統率の取れた足並みで進軍する一団の姿があった。人と見紛うほど整った顔立ちの者もいれば、肩から不自然な瘤のような肉塊が盛り上がった者、関節の曲がり方そのものが人とは違って見える者まで、その姿形には幅があった。とはいえ、体格そのものは、鍛え抜かれた人間の戦士と大差ない。ただ、揃いも揃って顔立ちには険があり、目が合うだけで背筋が冷えるような迫力を放っていた。
身にまとうのは、粗く鞣した革を無造作に継ぎ接ぎしたような衣。人里の仕立てとはまるで違う、質素を通り越して荒々しいものだった。それでいて、手にした剣や槍、身につけた防具の扱いだけは、堂に入っている。素人の寄せ集めではない、実戦慣れした部隊であることが、その足取りだけで分かった。
正面の主戦線からは大きく外れた位置取り。狙いは明白だった。本隊の側面か背後に食らいつくつもりだ。
フィンは、しばし森の奥を睨みつけていたが、やがて短く指示を出した。
「狼煙を上げろ。角笛も吹け。応援が来るまで、位置を保って様子を見る」
だが、その判断は、わずかに遅かった。
木立の奥から、こちらに気づいた気配が伝わってくる。魔族の別動隊は、発見されたと悟るや否や、迷いなくこちらへと殺到する構えを見せた。
「バレたか……! 数は?」
ダードの問いに、ローワンが緊張した声で答える。
「見える範囲だけで、四十は……! こっちの倍以上です!」
「くそっ、間の悪い時に見つけちまった!」
狼煙が上がり、けたたましい角笛の音が森に響き渡る。だが、その音を聞きつけて駆けつけてきたのは、わずか二隊――合わせて二十名足らずだった。主力の傭兵団は、思いのほか離れた位置に展開しており、音が届いていても、すぐには動けなかったのだ。
「――こちらが手薄と見て、押し切るつもりか」
フィンが低く呟いた。数に勝ると悟った魔族の別動隊が、統率の取れた動きで一気に間合いを詰めてくる。
「隊列を組め! 崩されるな!」
フィンの号令に、三十名足らずの混成部隊が、慌ただしく陣形を組み直す。
————————
戦闘は、すぐに激しさを増した。
エレナの矢が正面の一体を射抜き、ダードとマルタが前衛で押し留める。ガレットの大盾が敵の突撃を受け止め、ドニーの槍が隙間を縫う。レンゾとユリウスの魔法が交差し、辛うじて数の不利を埋め合わせていた。
「押されるな! ここで崩れたら終わりだ!」
フィンの声が、絶えず戦場に飛ぶ。的確な指示は、混成部隊の連携を最後まで支え続けた。
「エレナ、右手前の三体、まとめて牽制を!」
「了解!」
フィンの指示に応じ、エレナが矢継ぎ早に矢を放つ。動きの止まった敵の隙を、すかさずダードの大剣が刈り取った。
「ローワン、後方に回り込もうとしてる奴がいる、潰せ!」
「はい!」
索敵の目を絶やさぬまま、ローワンが的確に危険な芽を摘んでいく。半年前とは比べ物にならない、危なげのない立ち回りだった。
「ユリウス、レンゾさん、左翼の圧を削いでくれ。無理はするな」
「承知しました」
「了解だ」
魔法使い二人の連携も、初めて共に戦った頃とは見違えるほど洗練されていた。ユリウスの詠唱破棄による氷槍と、レンゾの短縮された詠唱による礫が、交互に左翼の敵を打ち据える。
数の上では圧倒的に不利だったが、統率の取れた三十名は、じりじりと押し込まれながらも、決定的な崩壊だけは免れていた。フィンの指示は、まるで戦場全体を俯瞰しているかのように的確で、綻びが生まれかけるたびに、それを即座に塞いでいく。拮抗した戦況が、しばらく続いた。
「――このまま押し切れるかもしれない」
ガレットが、荒い息の合間にそう漏らした。増援こそ少なかったものの、統率された三十名の連携は、数の不利を補って余りあるものになっていた。ドニーも、槍を構えたまま、微かな安堵を滲ませていた。
「まだだ、油断するな」
フィンの声には、しかし油断の色がなかった。むしろ、その声には、拮抗があまりに続きすぎていることへの、言い知れない違和感が滲んでいた。
言われてみれば、妙だった。数で優る敵は、本来であればもっと強引に押し込んでくるはずだ。それなのに、この均衡は、まるで誰かが意図的に保っているかのように、絶妙な線で保たれ続けている。
(……何か、引っかかる)
フィンは戦況を睨みながら、その違和感の正体を掴もうとした。だが、次々と飛び込んでくる報告と指示の応酬が、その思考をゆっくりと辿る余裕を与えてくれなかった。
正面で押し合っていた敵の隊列が、示し合わせたように、一瞬だけ緩んだ。まるで、こちらの視線を誘うように。
その変化に気づいた時にはもう、敵の一角は、堰を切ったように動きを変えていた。数体が横合いから割り込み、別の数体が地を這うように低く姿勢を落とし、陣形の薄くなった一点へと、迷いのない足取りで滑り込んでいく。
(――何を)
フィンが疑問を言葉にするより早く、事態は動いていた。
「――フィン! 右だ!」
ヴィートの鋭い声に、フィンは初めて、その群れの矛先が自分自身に向いていることを悟った。だが、悟った時には、もう遅かった。指揮官である以上、全体の戦況から目を離せない。だが、その職責こそが、今、致命的な隙になっていた。
「フィン、伏せろ――!」
ダードの怒声が届くよりも早く、陣形の綻びを縫うようにして、複数の魔族がフィンへと殺到する。統率の取れた動きだった。まるで、最初からこの瞬間だけを狙って、これまでの均衡を演じ続けていたかのように。
咄嗟に弓を構え直した時には、既に間合いを詰められていた。矢を放つ暇すらない。せめてもの防御にと、弓を盾のように掲げる。
「くっ――!」
一体の得物が、弓ごとその体を弾き飛ばした。
「フィン!」
エレナの悲鳴じみた声が、戦場に響き渡った。
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