Ep.3-4 フィンの采配
「〈街道沿い、オークの群れ討伐・C級指定/合同受注に限りD級可〉……また、こういう依頼か」
ギルドの掲示板の前で、ユリウスが依頼票を見つめながら呟いた。
「C級指定なのに、D級でも受けられるってこと?」
「はい。……最近、増えてきましたね、この手の依頼」
エレナの問いに答えたのは、隣に立っていたフィンだった。眼鏡の奥の目を細め、依頼票の文面を追っている。
「C級のパーティーが、軒並み北方の依頼で出払ってる。残った連中だけじゃ、後方のこういう仕事まで手が回らねえってわけだ」
腕を組んだガレットが、うんざりしたように付け加える。その隣で、ドニーが軽く肩をすくめた。
「まあ、俺たちにとっちゃ、稼ぎ時ってことっすけどね」
依頼票には、詳細がこう記されていた。
〈街道近郊の森に、オークの群れ(推定十四体)。うち一体、統率個体の可能性あり。目撃情報多数、対応急務〉
「十四体プラス統率個体、か。数だけなら、前にオークの群れを七人がかりで討伐した時と同じくらいですけど……」
ローワンが記憶をたどるように言う。あの時は七人がかりで危なげなく片付けた相手だった。
「そりゃお前らの経験談だろ。俺たちはこの規模を相手にするのは初めてだ。統率個体持ちなら、なおさら油断はできねえ」
フィンの言葉に、その場の空気がわずかに引き締まった。
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現場となる森へ向かう道中、街道の様子はどこか落ち着かなかった。
すれ違う荷馬車の数がいつもより多く、その多くが南へ向かっている。道端には、身を寄せ合うようにして休む旅装の家族連れの姿もあった。
「あれ、避難民かな……」
エレナが小声で呟くと、ユリウスが小さく頷いた。
「おそらく。北方に近い村から、こちらへ移ってきているのでしょう。……先日、乾パンの値段が上がっていたのも、この流れと無関係ではなさそうです」
普段なら聞き流していたであろう街の変化に、六人はそれぞれ思うところを抱えながら、黙って歩みを進めた。
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森の手前で、フィンが足を止め、地面に木の枝で簡単な図を描き始めた。
「敵の想定数は十四前後。統率個体は、恐らく群れの中心付近にいる。数で負けてるうえに統率個体がいるとなると、包囲されるとまずい。……何か、数を抑えられる手は……」
フィンの問いに、ユリウスはしばし考え込んだ。
「足止め程度なら、私の魔法でいけるかもしれません。単体用の氷槍を、複数の脚を狙う散布型に組み替えれば、群れ全体の動きを鈍らせられるはずです」
「本当か。……それができるなら、大分楽になる」
「ただし、効果を発揮させるには、前に出てある程度近い距離で発動する必要があります。後方から全体を見て指示を出す余裕は、今回はなさそうです」
フィンは小さく頷いたが、そこで言葉を切った。眼鏡の奥の目が、わずかに泳ぐ。
「……だったら、俺が指揮を執ることになるが……本当に、いいのか? お前を差し置いて」
思いのほか率直な問いに、その場に小さな沈黙が落ちた。ガレットとドニーも、意外そうにフィンを見る。
「何を今更」
そう言ったのは、他でもないユリウスだった。
「この場に、あなたの実力を疑う人はいませんよ。むしろ、後方から全体を見て的確に指示を出せる人間が必要な状況で、それができるのはあなたです。私は今回、前に出て手を汚す役ですから」
淡々とした、しかし迷いのない言葉だった。フィンは一瞬、面食らったように口を噤み、それから小さく息を吐いた。
「……分かった。じゃあ、言う通りにやる」
「頼りにしてるよ、フィン」
エレナの気安い一言に、フィンは照れ隠しのように眼鏡を押し上げた。
「うるさい。……いいか、配置はこうだ」
木の枝の先が、地面の図をなぞる。
「統率個体は、恐らく一番厄介だ。ガレット、お前が盾で受けろ。エレナはガレットと組んで、統率個体を集中して落とす。ドニーは遊撃、こぼれた個体を槍で押し留めろ。ローワンは側面警戒と索敵、隙を見てスリングで援護しろ。ユリウスは正面、群れの足元に例のやつをばら撒け。その後、魔力が持つようなら側面に牽制。俺は後方から全体を見て、必要な奴に指示を飛ばす」
短く、しかし過不足のない指示だった。六人は無言のまま頷き合い、それぞれの持ち場へと散っていく。
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森の奥、開けた空き地に、群れは確かにいた。
十五体の巨躯が、鈍い唸り声を上げながら蠢いている。その中心に一体、他よりも二回りは大きい、統率個体の姿があった。
統率個体が唸り声を上げ、群れ全体が一斉に動き出した瞬間、フィンが鋭く目を細めた。
「思ったより統率が取れてる。……舐めてかかるな」
その一言に、六人の間に緊張が走る。
「――ユリウス、今だ」
フィンの短い声と同時に、ユリウスが片手を掲げる。
「――貫け、散れ」
短い一言と共に放たれた氷の穂先が、地を這うように群れの足元へと広がった。悲鳴じみた唸り声が上がり、何体かのオークがよろめきながら膝をつく。
「畳みかけろ!」
フィンの号令で、六人が一斉に動き出す。
「うおおおおッ!」
雄叫びと共に飛び出したガレットが、真新しい大盾を構えて統率個体の一撃を真正面から受け止めた。鈍い衝撃音が響く。
「ガレット、その盾めっちゃいいね……!」
「新調したんだよ! バスタードソードとセットでな!」
にやりと笑うガレットの得物は、以前の小ぶりなメイスとは比べ物にならない、重厚な大盾と長剣だった。タンクとしての立ち回りが、名実ともに板についている。
「めちゃくちゃ高くてよ、ちょっと借金してんだ。……だから、今日はしっかり稼がせてもらうぜ!」
叫びながら、ガレットは怯まず統率個体との間合いを詰めていく。その隙を突き、エレナの矢が的確に統率個体の脇腹を射抜いた。
「エレナ、そのまま押していけ!」
フィンの声に応じ、エレナが弓を手放し、腰の得物を抜いて距離を詰める。
一方、脚を負傷した個体たちが、それでも数の勢いで押し寄せてくる。
「ドニー、右の三体、任せた!」
「了解っ!」
槍を構えたドニーが軽やかに割り込み、足の鈍った個体を次々と押し留めていく。その隙間から漏れた一体が、ローワンの側面へと回り込もうとした。
「――させない」
短く呟くと、ローワンは腰のスリングを構え、素早く石を放った。石は正確に個体の側頭部を捉え、体勢を崩させる。すかさず駆け寄ったローワンが、剣でとどめを刺した。
「……あ、当たった」
「今の、完璧なタイミングでしたよ」
ユリウスの声に、ローワンは自分でも驚いたような顔をした。
「僕って、意外とスリングの才能あるんじゃない……!?」
「浮かれてないで、まだ残ってますよ」
苦笑するユリウスの声に、ローワンは慌てて次の的へと向き直った。
戦況は、フィンの読み通りに進んでいた。回り込まれないよう少しずつ戦略的に位置を下げながら、統率個体はガレットとエレナが着実に削り、こぼれた雑兵はドニーとローワンが処理し、ユリウスの牽制が群れ全体の勢いを殺し続ける。フィンは後方から全体を俯瞰し、綻びが生まれかけるたびに、的確な一言でそれを塞いだ。
「エレナ、下がれ! ガレット、代わって止めろ!」
「了解!」
指示に迷いなく従うエレナの動きに、フィンは小さく息をついた。かつて、自分の指示など誰も聞いてくれないのではないかと思っていた頃が、遠い昔のように感じられた。
だが、統率個体は最後の抵抗とばかりに、大きく体を跳ねさせ、ガレットの盾ごと弾き飛ばそうとした。
「くっ……!」
大盾を構えたまま踏みとどまるガレットの足が、じりじりと後退する。
「ドニー、援護!」
フィンの声に応じ、ドニーの槍が横合いから統率個体の脇腹を突く。わずかに怯んだその隙を、エレナの刃が見逃さなかった。
「――終わり!」
一閃。統率個体が、最後の雄叫びと共に崩れ落ちるまで、そう長くはかからなかった。
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戦闘後、死体の処理を終えた六人は、揃って森を後にした。
「フィン、指揮、めちゃくちゃ良かったよ!」
「……別に、当然のことをしただけだ」
素っ気なく答えながらも、フィンの口元はどこか緩んでいた。
「いや、ほんとすごかったって。俺、指示された通りに動くだけで精一杯だったっすもん」
「私も、同感です。的確な差配でした」
ユリウスの率直な評価に、フィンは眼鏡を押し上げ、それ以上何も言わなかった。
「ガレットも、あの大盾さまさまだね。統率個体の一撃、真正面から受け切ってたし」
エレナの言葉に、ガレットは満足げに新しい大楯を掲げてみせた。
「だろ? 鍛冶屋のおっさんに無理言って急いで打ってもらったんだ。……まあ、そのぶん懐は寒いけどな」
「でも大活躍だったね」
「まぁな。でも借金返し終わるまで、しばらく贅沢はお預けだよ」
からりと笑うガレットに、エレナは何かを思い出したように目を細めた。
(私の借金とは、桁が違うよね、多分……)
内心でそう呟きつつも、エレナはそれ以上何も言わなかった。
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依頼を終え、ギルドで報酬を受け取った帰り道、ユリウスは懐の革袋の重みを確かめながら、内心でそっと計算を巡らせていた。
(C級指定の分だけ、報酬もいつもよりかなり多い。……思ったより、貯まるのが早いですね。目標額が現実的になってきましたが……)
その考えは、ふと浮かんでは、すぐに意識の隅へと追いやられた。今はまだ、深く考えるようなことでもない。ただの、小さな違和感だった。
「ユーリ、どうしたの? 難しい顔して」
「……いえ、何でもありません。今日の稼ぎを計算していただけです」
「そんな真剣な顔で金勘定してるとこ見ると、やっぱり商人の血なんすねぇ」
「否定はしません。将来、実家を立て直すための元手ですから」
飄々と返すユリウスに、ドニーは毒気を抜かれたように肩をすくめた。
軽口が飛び交う声を背に、六人は夕暮れの街道を、それぞれの足取りで歩いていった。北の空は、今日もまだ、薄墨色の雲に覆われたままだった。
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