Ep.3-3 王立学園
「王立学園が、一般公開日を設けるんですって」
ギルドの掲示板とは別に貼られた告知の紙を指さして、ミラが声を弾ませた。年に一度、学園の敷地を一般に開放し、研究発表や模擬授業を見学できる催しなのだという。
わざわざユリウスにそれを告げるということは、ミラはユリウスが冒険者をしている理由を知っているのだろう。
「王都の学園って、ユーリが目指してるとこだよね?」
エレナが目を輝かせて振り返ると、ユリウスは何でもないふうを装いながら、それでも耳の先をわずかに赤くしていた。
「……ええ。せっかくですし、依頼の合間に見学に行ってみますか」
「行く行く! ユーリの目指してる場所、見てみたい!」
「僕も、興味があるな。普段は学生じゃないと入れないところだし」
こうして三人は、休日を使って王立学園の一般公開日に足を運ぶことになった。
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学園の正門をくぐった瞬間、エレナとローワンは揃って立ち止まった。
石造りの校舎が幾つも連なり、中央には塔のように高くそびえる時計台が空を突いている。敷地の広さだけでも、王都の広場が幾つも入りそうだった。
「す、すごいね……なんかもう、街みたい」
「実際、学生と教員だけで小さな街ほどの人数がいるそうですよ」
事もなげに説明するユリウスの声には、隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
敷地内のあちこちで、模擬授業や研究発表が行われていた。錬金術の実演コーナーでは、色とりどりの薬品が煙を上げ、見学の子供たちが歓声を上げている。別の一角では、学生たちが基礎魔法の制御実演を披露しており、小さな火球や水球が的確に的へと吸い込まれていく様子に、ローワンが感心したように唸った。
「ここにいる人たち、みんな身なりがいいね」
ローワンがふと呟いた一言に、エレナも周囲を見渡す。行き交う学生たちの制服は仕立てが良く、装飾品も上品なものが多い。
「学費が高いですからね。貴族や裕福な商家の子弟が中心です。……もっとも、成績優秀者向けの特待制度もあるので、私のような人間にも道はありますが」
事も無げに言うユリウスの声に、少しの緊張が滲んでいるのを、ローワンは見逃さなかった。だが、それを指摘するようなことはせず、黙って隣を歩き続けた。
「みんな、詠唱がすごく丁寧だね」
「基礎を叩き込まれているでしょうから。ここで学ぶ人たちの多くは、正規の魔法教育を受けてきた人たちです」
その言葉に、少しだけ影が差す。ユリウス自身は、正規の教育を受けずにここまで来た身だった。
「お嬢さんも、良かったら体験コーナーで一度やってみる?」
近くにいた学生の呼び込みに、エレナは軽い調子で乗ってみることにした。渡された的当て用の的に向かって、教わったばかりの初級の光弾を放つと、危なげなく的の中心を撃ち抜く。
「わ、一発で当たった!」
「筋がいい! 初めてなのに詠唱も澱みないし、出力もかなりのものだね」
学生が驚いた顔をする横で、ローワンも挑戦してみるが、詠唱の途中で言葉に詰まり、光弾は弱々しく地面に落ちてしまった。
「あー……やっぱり僕、こういうのは向いてないなぁ」
「ローワンは剣の方が様になるから、いいんだよ! うちにはユリウスもいるし」
からりと笑うエレナに、ローワンも苦笑いで頷く。相変わらずの光景に、ユリウスは小さく肩をすくめた。
「私はやはり、エレナは魔法にも才能があると思いますね」
「うーん、そうかなぁ。あんまり興味が湧かないんだよね。ユリウスみたいに細かいこと考えるの苦手だし」
そういってエレナは笑ってみせた。
「本当に食わず嫌いなだけだと思うんですけどね」
「そう? でもやっぱり剣の方が楽しいもん」
あっけらかんと言い切るエレナに、ユリウスはそれ以上何も言わず、歩きながら掲示板に貼られた催し一覧を流し見していたが、ふと足を止めた。
「――これです」
指し示された一枚には、こう書かれていた。
〈公開講義:魔術における詠唱の役割と実態/講師:オーレリオ・ヴァレンス〉
「なんか難しそうな講義だね?」
エレナは首を傾げていたが、ローワンがはっとした顔をした。
「あ、これ、エレナが誕生日にユリウスへ贈った本を書いた人だよね」
「はい。『魔力制御の理論体系』の共著者です。……まさか、講義を直接聞ける機会があるとは思いませんでした」
ユリウスの声が、珍しく上擦っていた。
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講義室は、思いのほか多くの見学者で埋まっていた。壇上に立ったオーレリオは、白髪交じりの髪を後ろで結んだ、痩身の壮年の男だった。眼光は鋭いが、口調には気さくさがある。
「――さて、魔術における詠唱というものを、皆さんはどのようなものと捉えていますか? そこのあなた、どうですか?」
急に指名された前方に座っていた学生らしき風貌の男性が、しどろもどろに答えた。
「ええと……、魔力を導く内なる力を呼び起こすもの、でしょうか……」
うんうん、と頷きながら聴いていたオーレリオは、教卓の中央で一呼吸を置いてから話し始めた。
「ありがとう。多くの方は、同じようなイメージで捉えているのではないかと思います。私は、それは半分正しく、半分間違っていると考えています」
理路整然とした語り口に、講義室全体が静まり返る。エレナは半分ほどで早くも意識を漂わせ始めていたが、隣のユリウスは食い入るように聴き入っていた。
「実は詠唱とは、魔力が現実に作用するための道具を作り上げる設計図のようなものです」
一言も聞き逃すまいと前のめりになったユリウスの手が、ぴくりと動いた。
「詠唱を設計図として、それを口にすることで、意識が魔力に影響を与え、形を作り、現実に影響を及ぼす。それが魔法である、と私は考えています」
そのイメージは、ユリウスの考えとかなり近く、そして決定的に違う部分も含まれていた。
ユリウスは、詠唱は設計図というよりも、本来あるべき姿を「語呂合わせ」で唱えているようなものなのだと思っている。
ユリウスが朧げに見えているイメージでは、詠唱を唱えていくと、魔力が通る道のようなものが作り出されていた。その道にあたるものをエレナははっきりと見ていた。そしてその道そのものを意識の中で描ききることで、詠唱は口に出さなくても魔法は発動する。そのようにしてユリウスは詠唱を省略していた。
「本当なら、魔力が見えればいいのですがね。魔力というのは、魔法として出力されるまで目に見えないという性質を持っています。そのため、誰も確かめようがないのです。もし見えたら、その人は大魔法使いになれるでしょう」
どこか軽い口調でそう付け加えると、講義室のあちこちから小さなどよめきが起きた。ユリウスの拳が、膝の上でそっと握られる。
「だが、目で見えずとも、実験結果から逆算して構造を予測することはできるのです。……この仮説と検証の積み重ねこそが、私の研究の全てです」
淡々とした語りの中に、長年の探求者だけが持つ静かな熱があった。ユリウスは、その一言一句を聞き漏らすまいと、手元の紙に忙しくメモを取り続けていた。
講義が終わり、質疑応答の時間になった。何人かの学生が手を挙げ、専門的な用語を交えた質問をぶつける。オーレリオはそのひとつひとつに、丁寧に、時に厳しく答えていった。その様子に飲まれるように、ユリウスは長い逡巡の末、ようやく手を挙げた。
「質問、よろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「詠唱そのものを、口にせず意識の中だけで処理することで、発動までの時間を短縮できると考えているのですが、この解釈は正しいでしょうか」
一瞬、講義室が静まり返った。オーレリオの目が、初めてまじまじとユリウスを見た。
「……ほう。それはつまり、詠唱破棄ですね? 独学で辿り着いた考えかな?」
「……はい」
「面白い。実際、一部の熟練の魔法使いはそのように詠唱を必要としない域まで辿り着くことがあります」
ユリウスは、私はできます、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「理屈としては正しい。ただし、それを実現するには並外れた意思の力と魔力を制御する力がいるでしょうね……君、名前は?」
「ユリウスと申します」
「ユリウス君、か。覚えておこう」
その一言だけで、講義室全体の視線がユリウスに集まった。居たたまれなさそうに縮こまるユリウスの隣で、エレナが誇らしげに胸を張っていた。
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講義が終わった後、出口に向かうオーレリオを、ユリウスは思い切って呼び止めた。
「あの、先生の著書、『魔力制御の理論体系』を読ませていただきました。実家の没落で正規の教育は受けられなかったのですが、独学で……」
「ほう」
オーレリオは足を止め、興味深そうにユリウスを見つめた。
「さっきの質問の内容からして、内容もしっかり理解できているということでしょうね。しかも、その様子では実戦の中で応用まで試みている……。さっきの質問、伊達ではなかったわけだ」
「私は、いずれこの学園で学びたいと考えています。実家の再興のため、学費を自分で稼ぎながら……。今の実力が、通用するものなのか、正直、不安もあります」
思わずこぼれた本音に、ユリウス自身が驚いたような顔をした。だがオーレリオは、笑い飛ばすでもなく、ただ静かに頷いた。
「不安なのは結構。慢心した者から、伸びなくなります。……ですが、少なくとも私は、独学であの本に書いた内容を誰に解説されるでもなく理解できる領域まで達した者を、才能がないとは思いませんよ」
そういうと、右手を差し出した。ユリウスは慌ててその右手をとって握手した。
「いつかあなたのような優秀な学生が入学してくる日を、待っています」
短い言葉を残し、オーレリオは去っていった。
その背中を見送りながら、ユリウスはしばらく動けずにいた。誰かにこれほどまっすぐ実力を認められたのは、いつ以来だろうか。冒険者としての実績なら、ダードやミラから褒められることはあった。だが、魔術師としての自分自身を、憧れの人物から正面から評価された経験は、これが初めてだった。
「よかったね、ユーリ」
エレナが横から覗き込む。ユリウスは、いつもよりずっと素直な声で答えた。
「……ええ。私は、あの場所で学びたいと、改めて思いました」
「私たちも、応援するよ」
「僕も。……ユリウスがここで学んでる姿、なんとなく想像つくよ。すごく似合ってる気がする」
ローワンの言葉に、ユリウスは驚いたように目を瞬かせた。
「そう、ですか」
「うん。だから、心配しないで頑張って」
飾り気のないその一言に、ユリウスは何か言い返そうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。
「――ありがとうございます、二人とも」
三人並んで学園の門を出る頃には、夕日が時計台の影を長く伸ばしていた。振り返ったユリウスの横顔に、迷いはもうなかった。
「さて。この日を目標にできたことで、より一層気合が入りました。明日からの依頼も、気を引き締めて臨みましょう」
「えー、私より気合入ってるじゃん! いつもは私が止められる側なのに……」
「エレナ、こういう時こそ切り替えが大事なんですよ」
いつも通りのやり取りに、三人は顔を見合わせて笑った。夕暮れの街道を、それぞれの思いを抱えながら、三人は宿への帰路についた。
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