↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/51

Ep.2-12 誕生日

十二月になり、冬の冷たい空気が宿の食堂にまで忍び込んでくる季節になった。


朝早くから厨房でパンを仕込んでいたローワンが、粗熱を取ったパンを棚に並べ終えた頃、ようやく食堂に欠伸をしながら降りてきたのはエレナだった。


「ローワン、今日で十六だっけ?」


寝癖のついた頭のまま、焼きたてのパンをかじりながらエレナが尋ねる。ローワンはエプロンを外しながら頷いた。


「うん、そう。……なんかこの一年、あっという間に過ぎた気がするなあ」


「誕生日なんだから、今日くらい休み貰ったらいいのに」


「これ日課だからさ、休むほうが落ち着かないよ」


生真面目にそう言うローワンに、エレナは仕方なさそうに笑った。


「でもさ」


椅子に腰掛けたローワンは、少し得意げに続けた。


「これで僕、三人の中で一番乗りで十六歳になったってことだよね。エレナはまだ十五だし」


「あ、それはちょっと悔しいかも」


「ふふん」


得意げに鼻を鳴らすローワンの後ろから、ちょうど食堂に顔を出したユリウスが、いつもの調子で口を挟んだ。


「いえ、私が先日十六歳になっていますが」


「――は?」


ローワンの手が、パンを持ったまま宙で止まった。


「九月の終り、収穫祭の少し前に。特に何も変わったことはなかったので、報告するまでもないかと」


「言ってよ!」


思わず声を裏返らせるローワンに、ユリウスは心底不思議そうな顔をした。


「言うようなことでしょうか。誕生日を迎えたというだけで、特に生活に変化があるわけでもありませんし」


「いや、そういう話じゃなくて……」


がっくりと肩を落とすローワンの隣で、エレナが盛大に噴き出した。


「あはは! ユーリらしいと言えばらしいけど! それじゃローワンの『一番乗り』、台無しじゃん!」


「な、なんでエレナはそっちで笑うの!?」


「だって面白いもん」


からからと笑うエレナに、ローワンはなおも納得のいかない顔をしていたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「……まあ、いいけどさ。それより、ユーリの誕生日、ちゃんとお祝いできてなかったってことだよね。せっかくだからお祝いしたいよね」


「別に、祝われるようなことでは」


エレナが食い気味に反論した。


「するの!」


「今日は僕の誕生日だし、ついでにユーリの分もやっちゃおう!」


有無を言わさぬ二人の勢いに、ユリウスは毎度のことながら苦笑しつつ頷くだけだった。


「じゃあ、私とユーリで買い出し行ってくるから、ローワンは大人しく仕事しといて!」


「え、僕もついてっちゃダメ?」


「ダメ! 誕生日の主役が準備手伝ったら意味ないでしょ」


きっぱりと言い切られては、ローワンとしても引き下がるしかなかった。


昼過ぎ、エレナとユリウスは連れ立って市場へと繰り出した。


「で、何を買うつもりなんですか」


「うーん、まだ決めてない! とりあえず、ローワンが喜びそうなものを探そうかなって」


行き当たりばったりな計画に、ユリウスは呆れたように息を吐いたが、それでも黙って付き合うことにしたらしい。露店を一つずつ覗いて回りながら、二人はああでもないこうでもないと言葉を交わした。


「これなんてどうですか。研ぎ石です。彼の包丁の手入れに使えるかと」


「実用的すぎない? もっと、こう、楽しい感じの!」


「誕生日の贈り物に、実用性以外の基準があるとは知りませんでした」


「誕生日だからこそ、実用性よりも面白さで選んで贈るんだって」


結局、二人はローワンへの贈り物として、小さな菓子と、彼が前々から気になっていると言っていた地図帳を見繕った。会計を待つ間、ユリウスがふと店の奥の棚へと視線をやった。


「どうかした?」


「……いえ」


そう言いながらも、ユリウスの目は棚の一角に釘付けになっていた。エレナがつられて覗き込むと、古びた革表紙の専門書が一冊、他の本より一段高い場所に置かれている。『魔力制御の理論体系』と、掠れた金の箔押しで題名が刻まれていた。


「これ、気になるの?」


「王都の学者が編纂した、詠唱理論の専門書です。実家にいた頃、一度だけ街の図書館で読んだことがあります。……もっとも、今の私には過ぎた品ですね」


値札をちらりと見て、ユリウスはあっさりと視線を外した。学費のために一枚でも多くの銀貨を積み上げようとしている今の彼にとって、趣味の書物に大金を投じる余裕などないのだろう。それ以上未練を見せることもなく、さっさと会計へと向かってしまう。


その背中を見送りながら、エレナは店主にそっと耳打ちした。


「あの本、別で包んでおいてもらえますか。この人に見つからないように」


店主は心得たように頷き、会計とは別に、こっそりとその一冊を紙に包んで奥に仕舞い込んだ。


荷物を抱えて宿へ戻る道すがら、エレナがふと呟いた。


「なんか、こういうのも悪くないね」


「こういうの、とは」


「誰かのために、内緒でこそこそ準備するの。楽しいじゃん」


屈託なく笑うエレナの横顔に、ユリウスは何も言わず、小さく笑みを返した。


――――――――


その夜、食堂の一角に、ささやかな飾り付けがされていた。ロゼッタが厨房の隅に隠していたらしい色紙を引っ張り出し、ローワンには内緒で用意していたようだった。


『誕生日おめでとうローワン』と書かれた飾りつけを見たエレナが部屋に駆けあがったかと思うと、「とユリウス」と書かれた紙を持ってきて、飾りの下に貼り付けて満足そうに頷いていた。


「よっしゃ、今日は特別だよ! 好きなだけお食べ!」


ロゼッタの号令とともに、いつもより少し豪華な食卓が並ぶ。焼きたてのパンには、ローワン自身が普段仕込んでいるものとは違う、甘い蜂蜜とナッツを練り込んだ特別な一品も交じっていた。


「これ、母さんが焼いたの?」


「アルドと二人でね。たまにはあんたも、焼く側じゃなくて食う側に回りな」


「珍しく昼の仕込みの後に何か焼いてると思ったら、そういうことか……」


厨房から顔を出したアルドが、無言でローワンの肩を軽く叩いた。それだけで、いつも通り多くを語らない。だが、その一言に込められた気持ちは、十分に伝わってきた。


「じゃ、乾杯といこうか!」


エレナの音頭で、果実水の入った杯が軽く打ち鳴らされる。


「ローワン、十六歳おめでとう!」


「おめでとうございます」


「あ、ありがとう……」


照れくさそうに頭を掻くローワンに、エレナが悪戯っぽく笑いかけた。


「で、ついでにユーリの誕生日も」


「二ヶ月遅れの、おめでとうございます」


「……ありがとうございます」


素っ気なく返しながらも、ユリウスの口元は隠しきれずに緩んでいた。


「じゃあはい、これ誕生日プレゼント!」


差し出された包みを開けたローワンが、目を輝かせた。


「あ、これ、この前市場で見て気になってたやつ……! ありがとう、エレナ!」


「気に入ってくれてよかった!」


得意げな顔のエレナの隣で、ユリウスも小さな包みを差し出した。


「私からは、これを」


「わっ、お菓子まで……! 二人とも、ありがとう」


すっかり嬉しそうなローワンを眺めていたエレナが、ふと思い出したように立ち上がった。


「あ、そうだ。ユーリにも、渡すもの忘れてた」


「私にも、ですか?」


きょとんとするユリウスに、エレナは先ほど宿の自室に隠していたらしい包みを取り出した。


「はい、どうぞ」


包みを開いたユリウスの手が、途中でぴたりと止まった。


「……これは」


「昼間、市場で見てたでしょ? 欲しそうな顔してたから」


「……見ていましたが、これは、確か……」


値札の記憶を辿るように、ユリウスの顔が強張った。


「エレナ、これは決して安いものではなかったはずですが」


「細かいことは気にしない気にしない! せっかくの誕生日だし、いいでしょ」


あっけらかんと笑うエレナに、ユリウスはなおも何か言いたげな顔をしていたが、やがて観念したように表情を緩めた。


「……ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


「しっかし、ユーリは九月から今まで誰にも誕生日言わなかったの?」


「言う機会がなかっただけです」


「絶対違うでしょ、それ」


エレナに即座に突っ込まれ、ユリウスは小さく咳払いをした。


「……その、特に誰かに祝ってもらう、という発想自体が、あまりありませんでしたので」


その一言に、エレナとローワンは顔を見合わせた。実家では、誕生日を大々的に祝うような習慣はなかったのかもしれない。あるいは、実家が傾いてからの数年、そういう余裕自体がなかったのかもしれない。


詮索するのも野暮だと思ったのか、エレナはことさら明るく声を上げた。


「じゃ、来年からは絶対言うこと! 九月になったら、私たちから聞きに行くからね」


「……分かりました。それは、その、ありがたく思います」


いつになく素直な返事に、ローワンがくすりと笑った。


「ユーリ、今日は結構、感情出てるね」


「気のせいです」


そっけない返事の裏で、隠しきれない照れくさそうな気配が滲んでいた。


窓の外では、いつの間にか小さな雪がちらつき始めていた。三人分の笑い声が、暖かな食堂の中に、いつまでも響いていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!


更新を見逃さないよう、ブックマーク登録や応援の★評価をいただけると執筆の大きな励みになります。気長にお付き合いいただけますと幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。