Ep.2-10 昇級試験
街の門をくぐると、警備隊の面々が血相を変えて駆け寄ってきた。
「倒した!? あんたら七人で!? とんでもないな!?」
隊長格らしき男が、信じられないという顔で何度も聞き返す。防壁の外に転がっていたはずの二十体分の死骸は、既に警備隊自身の目で確認済みらしい。それでもなお、にわかには信じがたいという表情を隠せずにいた。
「緊急とはいえ、敵のおおよその規模くらいは書いてくれよ。こっちは鉢合わせしてから手探りで見積もる羽目になったんだぞ」
ダードがぼやくように言うと、隊長は恐縮したように頭を下げた。
「そ、それは申し訳ない……何しろ、急いでいたもので……。しかし、まさかこの人数で、しかも半日と経たずに片付けてしまうとは」
「まあいい。……ただし、あれが敵の本体かどうかは、俺たちには分からん。ある程度まとまった数がいたから、斥候の一団とは思えねえが、断言はできねえ。念のため森を洗ったほうがいいが、そいつは救援隊の本隊に頼んでくれ。俺たちの仕事は、ひとまずここまでだ」
淡々と告げるダードの隣で、マルタが両手を上げて大きく伸びをした。
「あー、疲れた疲れた! ま、美味いもの食って帰ろうぜ! こっちの名物、確かエイソイワシだっけ?」
「それは南の港町の話です。ここでは川魚しか採れないはずです」
ユリウスが律儀に訂正すると、マルタは気にした様子もなく笑い飛ばした。
「なんでもいいって、美味けりゃ!」
その明るい調子に、緊張の抜けきらなかった空気が、いくらか和らいだ。街の人々からは、行く先々で感謝と称賛の言葉を投げかけられ、七人はそのたびに軽く手を振って応じた。
翌日、遅れて到着した二十人規模の救援隊本体と入れ替わる形で、七人は帰路についた。馬車に揺られる帰り道、前日の疲労からか、誰の口数も少なかった。
――――――――
数日後、王都のギルド。
ダードたちと共に呼び出された三人は、救援隊からの報告を聞くこととなった。
「例の一件、森の巣を洗いましたが……あの日、街道で仕留めた群れが、丸ごと本体だったようです」
ギルド職員の説明によれば、巣に残っていたのは、怯えきった統率個体とその番と見られる数体のみ。既に戦意を失っており、ろくな抵抗もせず、拍子抜けするほどあっさりと投降させられたという。周辺の探索でも、それ以上の敵影は見つからなかった。
「つまり、あの遭遇戦で、実質全部片付けちまってたってことか」
ダードが呆れたように笑うと、ユリウスが小さく頷いた。
「結果的には、最も効率の良い対応だったということですね。もっとも、事前にそこまで見越せていたわけではありませんが」
「にしても、あそこまで綺麗に決まるとはな。……お前ら、また合同でやれそうな依頼があったら声かけるぞ」
ダードの一言に、エレナが目を輝かせた。
「ほんとに!? 嬉しい!」
「悪い話じゃねえだろ。マルタもヴィートも、お前らとならやりやすいって、帰りの道中ずっと言ってたしな」
そう言って、ダードはくしゃりと笑った。信頼という言葉には出さないまま、確かな手応えが、両者の間に静かに積み重なっていた。
――――――――
一方その頃、紅蓮の牙の三人は、別の場所で試練の最中にあった。
「合同で受けるって話じゃなかったんすか……」
集合場所に現れたのは、赤毛を短く刈り込んだ、背は高くないががっしりとした女性――リリー一人だけだった。そのことに、ドニーが恐る恐る尋ねる。リリーはそれに答えず、ただ小さく笑った。
「依頼そのものは合同でうけているさ。ただ、私は手を出さない。あんたたちだけでやりな」
「……は?」
「統率個体持ちのコボルトの巣、規模は小さいけど、油断は禁物だよ。……見てるだけだからね」
言い終えると、リリーは広場の端に生えた木の幹に寄りかかり、それきり動く気配を見せなかった。監督者というより、値踏みする観客のような佇まいだった。有無を言わせぬその調子に、ガレットとドニーは顔を見合わせるしかなかった。フィンだけが、眼鏡の奥で静かに目を細めていた。
「……つまり、これは実質的な試験、ということですね」
「察しがいいじゃない」
にこりと笑うリリーに、三人は覚悟を決めるしかなかった。
――――――――
巣に足を踏み入れた直後から、戦いは思うようにいかなかった。
森の中でも開けた広場に、統率個体を含む八体のコボルトが潜んでいた。地の利を生かし、茂みや倒木の陰に紛れ、姿を隠しながら回り込んでくる。視界は良好だが、それは互いに丸見えということでもある。
「くそ、どこにどれだけいるのか、全体の数が見えねえ……!」
大剣を構えたガレットが、目の前の一体を斬り伏せたところで、横合いから別の一体に飛びかかられた。とっさに剣で受け止めたものの、体勢を崩され、後方によろめく。
「ガレット、右!」
ドニーの声に振り返った時には、既に一体が肉薄していた。ドニーが横から慌てて槍を突き出し追い払うが、ガレットがしっかり体勢を立て直す間もなく、また新たな一体が茂みから躍り出てくる。
「くそ、囲まれる……!」
もつれ合うような乱戦の中、二人の連携は完全に噛み合っていなかった。ガレットが前に出れば、ドニーが後手に回り、ドニーが仕留めに動けば、ガレットの守りに穴が空く。それぞれが目の前の敵を捌くことに手一杯で、互いの動きを見る余裕がない。
コボルトの爪が、ガレットの肩口をかすめた。浅い傷だが、血が滲む。
「っ……!」
「ガレット!」
「平気だ、こんなもん……!」
強がって剣を振るうものの、息は既に上がり始めていた。統率個体と思しき一回り大きな個体が、茂みの奥から低く唸り、味方に何事か合図するような仕草を見せる。それに応じて、コボルトたちの動きが、じわじわと二人を追い詰める形に変わっていった。
「――二人とも、一度引け!」
フィンの声が飛んだ。有無を言わさぬ響きに、二人が反射的に距離を取る。その一瞬の隙を、フィンは見逃さなかった。短い時間で戦況を見極める目は、これまでの実戦の積み重ねに裏打ちされたものだった。
「……このままじゃジリ貧だ。ガレット、お前は前に出て敵の攻撃を全部受け止めろ。無理に倒そうとしなくていい、防御に徹しろ」
「は? それじゃ埒が明かねえだろ」
「お前が壁になっている間に、ドニーが仕留める。役割を分ければ、囲まれても崩れにくくなる」
「……今更、役割分担かよ」
「今更でも、やらないよりマシだ。……このままじゃ、お前が倒れる」
普段の軽口とは違う、フィンの真剣な声音に、ガレットは一瞬言葉を詰まらせた。
「……分かった、やってみる」
言われた通り、ガレットが正面から敵の攻撃を真っ向から受け止め、視線と得物を一手に引きつける。守りに徹すると腹を括った途端、これまで空回りしていた動きに、初めて芯が通った。大剣を盾のように構え、押し寄せる爪と牙を、一つずつ確実に受け流していく。回り込もうとする敵は弓で牽制する。
相手の攻撃が大剣に受け止められたその隙を狙って、ドニーがガレットの脇から槍を繰り出した。間合いの外から突き出される穂先は、ガレットが受け止めている間、確実に一体ずつ敵を仕留めていく。
「――これ、いけるぞ!」
「調子乗んな、まだ半分も残ってる!」
フィンは弓を構え、開けた地形を活かして矢を放ち続けた。物陰から回り込もうとする個体を狙い撃ち、時に鋭く指示を飛ばす。
「右、来る!」
「合点!」
「ドニー、そっちは深追いするな、戻れ!」
「へいへい!」
噛み合い始めた連携は、驚くほどの速さで戦況を変えていった。守り一辺倒だったはずのガレットも、次第に敵の攻撃の呼吸を読めるようになり、時折反撃を織り交ぜるようになっていく。統率個体が最後まで粘ったが、フィンの矢がその片目を射抜いたところをガレットが押さえ込み、ドニーの一突きが喉元を貫いた。
統率個体を含め、八体のコボルトは、大きな怪我を負うこともないまま、次々と沈黙していった。
最後の一体が倒れたところで、ガレットがその場にへたり込んだ。
「……もう限界、無理……」
大剣を支えに、荒い息を吐きながら地面に座り込む。汗だくの顔には、疲労と、それでも何かをやり遂げたという表情が入り混じっていた。
「俺も……」
ドニーもまた、へろへろと座り込む。二人分の得物が、力なく地面に投げ出された。フィンだけが、肩で息をしながらも、どうにか立ったままだった。
フィンが周りを見回し、もう不審な気配がなくなったことを確認し、ようやく深いため息をついた。
物陰から様子を見ていたリリーが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……本当に、手を出さないで終わるとは思わなかったよ」
腕を組み、三人を見下ろすリリーの声には、隠しきれない満足げな響きがあった。
「よくやった。推薦してやる」
「マジっすか……!」
疲労も忘れたように顔を上げたドニーに、リリーは小さく笑って頷いた。
「途中までは、正直ハラハラしたけどね。……役割を分ける指示、悪くはないけど、あまりその場で賭けのようにやるのは関心しないね」
視線を向けられたフィンは、眼鏡を押し上げた。
「このような乱戦では、個々の力よりも連携がものを言うと判断しました。準備不足だったことは認めます」
「その判断と反省を両方できるのが、あんたの強みさ」
その傍らで、フィンは荒い息を整えながら、静かに考えを巡らせていた。
(今回の作戦で、連携の精度は格段に上がった。推薦の約束も取り付けた。……これは、大きな収穫だ)
疲れきった仲間二人をよそに、フィンの頭の中では、既に次の一手が組み立てられ始めていた。
――――――――
夕暮れ、報告を終えたギルドの帰り道、ガレットが上機嫌に提案した。
「なあ、今日のこの死闘、酒の肴に自慢してやろうぜ! 統率個体の目を射抜いたの、お前だろフィン。あれ痺れたわ」
「褒めても何も出ないぞ」
そう言いつつも、フィンの口元はわずかに緩んでいた。
「賛成っす! 俺の見せ場もちゃんと語ってくれよな!」
すっかり気を取り直した二人に連れられ、フィンもギルド付属の酒場へと足を向けた。ランク上の依頼でパーティーの倍を上回る数を相手にした死闘、語るには十分すぎる武勇伝だった。杯を片手に、今日の戦いを一から語って聞かせる自分たちの姿を、フィンも半ば楽しみにしていた。
扉をくぐったところで、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「ユリウス……あいつは、すごい……閃光の魔術師という名は、伊達じゃないんだ……」
見れば、すっかり出来上がったレンゾが、カウンターで管を巻いている。翡翠の剣の面々と月見草の灯火が、先日の緊急依頼で共闘したという話は、フィンも既に耳にしていた。二十対七の遭遇戦を、たった一撃で崩した規格外の魔法使い。噂には尾ひれがついているだろうと高を括っていたが、レンゾのあの様子を見る限り、誇張だけではないらしい。
「ほら、あそこにいるの、翡翠の剣の魔法使いじゃねえか。景気良さそうだな」
事情を知らないガレットが、面白がるように顔を近づける。フィンはそれに答える気力を失っていた。
自分たちが誇らしげに語ろうとしていた「死闘」が、急に色褪せて見えた。八体のコボルト相手に、三人がかりでようやく掴んだ連携。それは確かに前進だったが、月見草の灯火が積み重ねている歩幅とは、明らかに速度が違う。今日の勝利で確かに得たものはあったはずなのに、隣の卓から聞こえてくる称賛の声だけが、やけに大きく耳に残った。
(……あいつらに追いつくには、こんなことで浮かれている場合じゃなかったな)
隣で「本当にコボルトとは思えねえ腕っぷしの強さでよ! しかし俺がそこを大剣でこう、抑えこんだわけよ」と得意げに語り出すガレットの声を聞き流しながら、フィンは杯に口をつけることもなく、一人、静かに気を引き締め直していた。
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